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台湾の特急列車脱線事故を現役運転士が解説

 2021年4月2日台湾東部・花蓮県のトンネル内で特急列車「タロコ号」(8両編成)が脱線し、運転士ら2人を含む50人が死亡、202人が負傷しました。

 事故の原因はトンネル入口付近の線路に転落していた工事車両に列車が衝突したことでした。列車の運転士は前のトンネルを抜けて工事車両を確認してから急ブレーキを使用し列車を止めようとしていましたが、間に合わなかったのです。
 またこの日は台湾のお盆に当たる「清明節」の連休初日で、列車は混雑していました。

 なんとも悲しい事故です。……遠い海外の話? いえ、今回の台湾の脱線事故と同様に、工事車両と列車が衝突・脱線する事故は日本でも起きています。

平成26年2月23日JR京浜東北線川崎駅構内の列車脱線事故。

 桜木町駅発蒲田駅行き回送列車(10両編成)が通過駅である川崎駅で速度約65km/hで蛇行運転中、線路上前方に工事車両を認め非常汽笛と非常ブレーキを使用するも、工事車両と衝突。列車の1両目が横転し2両目が全軸脱線となり、乗っていた運転士と便乗車掌が軽傷を負いました。
 この事故は、線路閉鎖後に始めるべき工事において、作業の指揮命令や作業手順の順守が徹底されていなかったために線路閉鎖前に工事車両が入線していたことが原因でした。
 回送列車だったため乗客がいなかったことが不幸中の幸いでした。もしも多くの乗客で混雑した列車だったらと考えると、本当に恐ろしいです。

 また令和元年6月6日には横浜市営地下鉄ブルーライン下飯田駅~立場駅間で作業後に撤去し忘れた横取り装置に列車が乗り上げ、脱線する事故も発生しました。この事故も作業後の後始末が徹底されていなかったという点で、タロコ号の事故と共通しています。なので、日本でもタロコ号の脱線事故と同等の事故が起きてしまう可能性は十分にあるのです。

「どうして運転士は電車のブレーキをかけないの?」

 私が電車の運転士をしているので、列車の衝突事故が報道されると鉄道関係者ではない知り合いから毎回こう聞かれるのです。「なんで電車はぶつかる前に止まれないの?」と。

 私たち運転士が電車を運転している感覚を簡単に説明すると、アスファルトの上をゴム製のタイヤで走行する自動車を、アスファルトをスニーカーで歩いていることに例えるならば、ツルツルの鉄のレール上を鉄の車輪で走行している電車は、ツルツルの氷の上を細い金属の靴底のスケート靴で滑っている感覚なのです。
 そこへさっと何かが出てきたら、アスファルト上のスニーカーなら簡単に止まれるものを、氷の上のスケート靴じゃ一生懸命ブレーキをかけるけれど止まれません。

 殉職したタロコ号の運転士は1988年生まれ33歳で、結婚1年余りだったそうです。私と同年代です。
 タロコ号は事故当時約130km/hで走行。前のトンネルを抜けて転落した工事車両を確認できる位置から工事車両までの距離は約250m。列車を停車させるには16.62秒必要でした。彼は最後の4秒、必死に電車を止めようとしていたのです。

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