頑張るじゃなくて、もっと真摯に

私は受験生として、物理選択者である。物理は、経験論によって成り立つ。F=maという、物理のほぼ全ての法則を裏付けるニュートンによる法則がある。この法則には、理由はない。経験的に、実験的にそうなってしまったものである。世の中は、常に経験則によって成り立っているのだと感じる。

去年の受験で、不合格が続いていた時、恩師は、「次は受かるよ」
と私に声をかけた。不合格が続いていた私、もうどうでも良くなっていた私は、あろうことか、
「今までひとつも合格をとっていないのになぜ受かると言えるんですか?」
と半ば責めるような口調で問うてしまった。
その時彼は、こう言った。
「人間は昔から、何でもかんでも経験則に則らせたがる。何でもかんでも、帰納的に考えたいのだ。楽しいことはもちろん、悪いことまで、そう思いたがる。そう思った方が楽だから。2度あることは3度あるというように、自分の予期しているように物事を進ませようとしたがる。そうすることで、予期せぬ感情、ストレスをなくしたいんだ。だが、千回目に振れなかったボールも、千一回目に振れることは、当然あるわけで、君も反省と改善を繰り返せば、不合格のボールではなく、合格のボールを返せる時が必ずくるのだ。」

不合格が続いていて、もうどうせ無理だと思うことで自己防衛に走っていたのだと気付かされた。その時はかなり限界だったということもあるが、そうやって逃げていては、ダメだなと感じる。経験的に考えることは愚かではないが、それは逃げる人を簡単に匿うという側面を持つ。

しっかりいま、ここの自分と向き合うことこそ、立ち向かうということではないのか。

今日は予備校の私にとって初登校日だった。みんなの入学式ストーリーをインスタで見て苦い気持ちになりつつ、今日は自分なりに戦ってみた。
明日も今日より少しだけ多く戦う。


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