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ちょっとお醤油もらえます?

前職はショッピングセンターのデベロッパーだった。

テナントの売り上げを伸ばす販促のアイデアを提供するのが仕事。

そんな中でリピーターがないお店っていうのは、ほとんどが東京発の鳴り物入りで入ったテナントだった。

開店当日からビラをまき、派手にオープニングフェアを催し店の前には長く続く行列ができるのが決まりであった。

それはカレーパンの店だったり、イタリアンのお店だったり。

しかし一か月もすれば客足が遠のき始める。

「なんでやろ。毎回人気店を誘致してきてもひとっつもあかん!」

営業はいつもそんなふうに頭を抱えていた。

そんなある日、東京への出張が決まった。目ぼしい店舗を視察しに行くのが目的だった。

営業の先輩と一緒に渋谷、丸の内、錦糸町、代官山など順番に視察して回った。

「お腹すいたなぁ。なんか食べよう!」

私たちがいいなと視察していた「炊きたてのご飯と焼き魚」をウリにしたお店でお昼ご飯を食べることにした。

お店は長い行列ができていたが頑張って並んで入った。

入ってみると店内には人がたくさんいたが、今一つ活気がない。

「何食べる?uniさん。」

「塩サバ定食にします!」

「そしたら私もそうするわ!」

二人で塩サバ定食を注文したのだった。

炊きたてのご飯と焼きたての塩サバなんて絶対間違いない!だからこんなに人気あるんやねぇなどと先輩とワクワクしながら塩サバ定食を待つ。

ようやく目の前に置かれた塩サバ定食をいただくことにしたのである。

「いただきまーす!!」

うん?あれっ??なんか…味がない!!

塩サバと書いているのに塩味がない焼きサバである。

「先輩、これ味ないですよね?」

「うん、私もさっきからお醤油を探してるんやけど置いてないんやね~。」

「みんな私らと同じ塩サバ食べてますけど黙って食べてはりますよね?」

カウンターに並んで座るサラリーマンやOLさんたち。どなたも黙って食べておられるのである。

ここはひとつダメもとで頼んでみようではないか!

先輩といっしょに「すいませーん!!」とカウンターの中で忙しくしているお店の方に向かって声をかけてみた。

「はい。」

「あの、ちょっとお醤油もらえます?」

私たちがそう言うと「えっ?」という表情をされたのであるが、ひるまず「すいません、ちょっとお醤油が欲しいんです!」もう一度お願いしてみたのである。

面倒くさそうな顔をされたが、小さな醤油刺しをカウンター越しに渡してもらえたので、ありがとうございます!と言い、塩サバに醤油をかけて食べてみた。

「おいしい!やっぱり塩味が薄かったんですよ!」

「ほんまやね!おいしくなったわ!!」

そう言いながらマシマシ塩サバと炊きたてご飯を食べる私たちに、おそるおそるという感じで今まで黙って塩サバ定食を食べていた方々が声をかけてきたのである。

「あのーお醤油、僕にも回していただけますか?」

「あ、私たちもお醤油欲しいです。」

「あ、こちらにもお願いします!」

なんとカウンターに座っていた人たち全員に醤油の小瓶がまわされたのであった。

ごはん、塩サバ、お味噌汁、漬物で1200円なのだから結構高めのランチである。

美味しく食べなければもったいないではないか。

なんかわかってしまった。
人気店、行列の出来る店と評判になってもリピーターがないお店の理由が。

一見さんは文句を言わない。

文句を言われないから店側は努力せず、ダメなところに気づかない。

しかし東京から別の場所に出店してみると、客は正直に言うのだ。

「ちょっと味が薄いね。お醤油もらえます?」

そこで一見さんだけで成り立つ商売に慣れきったお店の対応というと。

「うちの店は人気店なんだよ!なんだ、この田舎者たちは!!」

そんな態度を言外に出してしまうので客はすぐにピンとくる。

「なんか感じ悪いわ!もう来ないよ!」

それじゃダメだと店長にアドバイスするが、全く聞く耳を持たない。
「こちらが入ってあげている」という姿勢を貫こうとするからお手上げというケースが多かった。

結果的に客足は遠のき、短ければ3か月、長くて1年足らずで撤退することになる。

対照的に長年人々に愛され続ける美味しいお店は特にオシャレでもなく、特別なことはしていなくても客足は途絶えない。

たぶんお客の好みをくみ取るアンテナを隠し持っている。

「ちょっとお醤油もらえます?」

言わずに済む店は居心地がいいのだ。

#エッセイ

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