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手本どおりはあかんのや。

昨年の秋までジプシー書道家だった私。

偶然か必然か。昔の師匠の門下生だった方と偶然再会したことをきっかけに、8歳から書道師範資格を取得する20歳まで所属していた書道会に出戻った。

亡き師匠の兄弟弟子だった方が新しい師匠になってくださり、そのまた上の大先生も一緒になって指導していただく機会に恵まれたのは幸運であった。

師につき、一からおさらいをするのは楽しく刺激になることがたくさんある。

しかしその反面、ものすごく苦しいことも増えた。

師範資格を持つ自分が字を美しく書くことは、出来て当然なわけで、そこからどのように学び、そして自分の書道をどこまで昇華させていけるかが課題になってくるのである。

師匠と大先生の書は醸し出すもの、書体、墨の濃淡の具合まで全てがまったく違うスタイルである。

毎月提出しなければならない競書の手本を師匠、大先生がそれぞれ書いたものを渡してくださるのであるが、持ち味が違う書を見比べ、そしてどちらが自分にとって書きやすい書体かを見極めて書き始めなければならない。

今回の手本は、大先生が草書、師匠が楷書と行書を混ぜたものであった。

草書は書き順、読み方をきっちり理解できなければ絶対に書けない。

現在では使われていない漢字も古典にはたくさんあるから本当に読み取るのも大変なのである。

誤魔化しが効かない草書よりも、今回は師匠の手本の楷書と行書を混ぜた書体を選ぶことに決めた。

ところがである。

『手本どおりに書いたらあかん!自分だけの字になるように意識して書いていかなあかんのや!』

大先生の叱責を受けることになった。

音楽の音符を拾うように、速いテンポ、ゆったりしたメロディーを筆にも乗せろ、そしてけして手本どおりの仕上がりにはしないようにしなければならない。

仰ることは頭では分かるが、手がなかなか言うことを聞いてくれない。

古典の臨書はたくさんの学びがあるが、個人が見て感じる形は人それぞれ違うわけで、それを自分独自の字に変換させなければ成長に繋がらないということを厳しく指導されるのである。

出来るはずのことが、ダメだ!と叱責される世界に足を踏み入れたのは自分の意思なのだ。

素直に指導を受ける気持ちだけは忘れないように、2時間の稽古中はひたすら『はい!はい!』と返事をし、分からないことは徹底的に質問し、帰宅してからもさらに2、3時間書く生活を送っている。

苦しいなぁ。
ほんま私これで更に上手くなっていけるんだろうか。

精神的に追い込まれてくるが、とにかく競書を提出しなければならない。課題は山積み。八方塞がりだ。

半紙と墨だらけの作業場でぼんやりしていると、ウォーキング帰りの母がやってきた。

『uniちゃん、仕事中?』

『ううん。今日は稽古中やねん。まったく上手くいかん!』

思わず投げやりに母に返事をしたのだ。

すると。

『なんで⁉︎ものすごく上達してるやないの‼︎』

『いやいや、あかんねん。もうまったくわからん。私って字上手かったはずやねんけどなぁ。』

ヤケクソ気味に笑いながら言うと、母は大真面目な顔で正座し、こう言った。

『いいえ。uniちゃんの字はさらに上手になってます!やっぱり師匠や大先生について稽古しだしてからの字は変わったし、味がある。厳しく言われるのは辛いんやろけど…期待してもらってるんやと思ってしっかり稽古しなさいね!』

何だか泣きそうになった。

『いいえ。あなたはさらに上手になってます!』

母からそんなふうに褒められると、子どもの頃に戻ったような気がしてくる。

『uniちゃん偉かったね!お母さん嬉しいわ!』

私が書道で賞をもらったり、準師範、師範の試験に合格するたびに、自分のことのように喜び、そして思いきり褒めてくれたのはいつも母だった。

そうだった。
私は母に褒めてもらいたくてずっと書道を続けてきた子どもだった。

JKドカ弁、JSちゃっかりのお母さんになり、夫スナフキンの奥さんになった。

しかし、私にとっての母親はやっぱりこの母しかいない。
そしてこの母がいるから子どもにも戻れるのだ。

そんな当たり前のことを近頃では忘れていたことに気がついた。

やはり私には驕りがあった。

認められない厳しい稽古の中で迷ってしまったのは、『なぜ私がダメなのですか!』という、自分の心が筆に出ていたのに違いない。

自分の字を書くこと。
私にしか書けないものに仕上げること。

驕っていては辿り着けない領域に少しずつでも近づくためのヒントをくれたのは、やはり他の誰でもない、私の母だった。

自分の野心を筆に乗せるのではなく、母に褒めてもらえる、母が好きだと言ってくれる私の、自分の字を取り戻すことからやり直してみよう。

母の『偉かったね!』が聞きたくて頑張っていた子どもの頃を振り返りながら。

#エッセイ


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