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【怪談手帖】青虫様【禍話】

知人の叔母にあたるAさんの少女時代の体験談。

ある夏の事。両親の仕事の都合で、彼女は親戚筋の家へと暫くの間預けられる事となった。

その家というのは盆地にあって、農家というわけではないが大きめの畑で自家用の野菜を沢山作っていた。
実際に行くのは初めてだったが、普段からAさんの両親とは懇意にしており、胡瓜やトマト、茄子などをお裾分けしてもらったり、お菓子などを贈ってくれたりしてくれたそうだ。
そんな家だから彼女も抵抗もなく、自分の家より大きくて広いうえに自然も多い所で過ごせる事を嬉しく思い、お転婆に任せてその家の子供達と遊び回っていたそうだ。

ただ一つ気になった事。
その家の裏手に入ってすぐの所に、妙なものが祀られていた。
木製の祠に囲われ、格子の嵌められたそれは『青虫様』と呼ばれていた。
その名の通り、青虫供養の神様として祀っているのだという。

そういえばそこの畑には頻繁に青虫が湧いていて、家の人々は慣れた手付きでそれらを駆除していたし、この頃よくやって来る雀などの鳥達もそれらを盛んに食べていた。
Aさんは平気だったが、繁殖期の雀が連れ立って青虫を踊り食いしている様は、人によってはゾッとするものだろう。

そんな虫達の供養の像である『青虫様』。
あまり不躾に見たり覗いたりするものではないと言われていたものの、そこはやはり子供である。
その家の子に誘われ、Aさんはこっそり見に行ったのだった。

中には青黒い石の像のような物が安置されていた。
よく見かけるお地蔵様などよりも一回り大きく、形としては小学校にある校長先生の胸像を連想させたという。

ただ、それのポーズというのが体を捩ってむず痒がっているような格好だった。
顔の部分はすっかり摩滅して目鼻が曖昧になってはいるものの、彼女には何かを叫んでいるような表情に見えて仕方なく、なんとも気味が悪かった。

もう一つギョッとした事は、狭くて薄暗い祠の内側には擦り付けたような傷跡がいくつも付いていた。
まるで中から付けられたかのように。
これはあまり関わっちゃいけないものなんじゃないかと思い、得意気な他の子をよそに早々に祠から退散した。


日は沈み、夜が訪れた。
その家では普段は物置代わりという角の広い部屋を掃除して、他の子達と共同の寝床に当ててくれていた。
床に就くと窓の外、闇の向こう側で音がする。

ゴリゴリ… ズリズリ…

何あれと隣の子に問うたところ、「ああ、あれは青虫様がかんを起こしてるんだよ」と事もなげに言う。
夜になると偶にああなるそうだ。
Aさんはそれを聞いて、思わず祠の中のあの像が身を捩って壁に体を擦り付けている様を想像してしまった。

気持ち悪すぎる…と思っていたが、一方でその家の子達は、土の中で蚯蚓みみず螻蛄おけらが鳴くのと同じだ、とあくまで慣れた様子である。
負けず嫌いのAさんは、自分だけ怖いと言うわけにはいかず強がって「へえ、そうなんだ」と平静を装ったものの、なかなか寝付かれなかった。

それからは青虫様にはなるべく近付かず、話題にも出さないようにして過ごした。家の人はごく当たり前のものとして時折お供物をしたり拝んだりしていたが、彼女は徹底的に無視していたという。
その事を除けばその家での日々は実に充実しており、楽しいばかりであった。

その家へ来てから一週間ほどが経った頃。大きな嵐が近付いて来た。
予報を見て、備えをしなくてはと手慣れた様子の家の人を手伝ってシャッターに重しを乗せたり、土嚢を運んだりとAさんもあれこれと働いた。
青虫様の周りにも囲いを作ったりしていたのだが、そちらの方はなんやかんやと理由をつけて避けた。

そして嵐の当日の晩。
予報通りのコースであったが、家の人々は「家自体は頑丈であるし心配はない。やるだけやったら、後は寝てやり過ごすだけだ」と早くに寝入ってしまった。
Aさんはごうごうとなる風や轟く雷の音に慄きながら、一人布団の中で悶々としていた。

ようやく微睡みかけた頃。
不意に外で大きな音がして、続けて何かが倒れるような音が響いた。
直感的にAさんは悟った。

(あ、これ、青虫様の祠だ。祠が壊れちゃった。)
バキバキと何かが飛ばされていくのがわかる。そしてズリズリ、ゴリゴリと低い音が聞こえて、それは確信に変わった。

(這いずってる…。)
凄まじい雨風の音に掻き消される事なくゴッゴッ、ズリズリ、ゴリゴリとその音ははっきりと響いて来た。

(外へ出て来ちゃったんだ。)
しかもどうやらそれは少しずつ家へと近付いてきているようだった。

(どうしよう…。でも、どうしようもない…。)
金縛りに遭ったような極度の緊張状態の中Aさんは、ふっと意識が遠くなった。
夢現の中彼女は外の光景、嵐の中の様子を見ていた。
その中を這いずってくるものを。

手足のない人が這いつくばっているような格好のそれは、声も出ないのに叫ぶように口を大きく開けて、身を捩らせながら地面を這っていた。

(これは、これは…、青虫の神様なんかじゃない…!)
心臓がドクドクと激しく鳴る。
畑道を抉るようにしながら、四肢のない青黒いものがゆっくりと家へ近付いてくる。

(これはもっと別の、もっと恐ろしい何か…。)
我慢できず彼女が絶叫しようとした瞬間。
そのシルエットが家の入り口へ続く道に差し掛かろうとしたちょうどその時——— 這いずる音が止んだ。
辺りへ叩きつける風雨の音が急に弱まった、というより何かが遮っているとわかった。

とてつもなく大きな影が差していた。
ものすごく大きなものが、地面のそれに覆い被さったのだ。
やがてガリッガリッ、ゴッゴッと音が響いてきた。
ちらりと覗いた四肢のないそれが激しく身を捩るその様子に全身総毛立ちながら、何故かAさんは強烈なデジャヴを覚えた。

答え合わせに大した時間はかからなかった。
それは、繁殖期の雀の嘴からはみ出した青虫達の動きだった。

次の朝。嵐の後始末の為、Aさんも家の人と共に外に出た。
やはり祠は倒れて完全に壊れてしまっていて、そこから家へと続く道に何か重たいものを引き摺ったような不可解な跡が長々と残っていた。
その痕跡は夢で見たのと同じ場所で唐突に途切れており、青黒い石の欠片がその辺りに散らばっていた。

後年Aさんがふとした機会に思い返して、家の人に聞き出したところによると、なんでもあの青黒い像は曾お祖父さんの代に一家がそこに引っ越して来るよりも、ずっと前からその場所にあったそうだ。
謂れはよくわからなかったので、見た目の様子から『青虫様』と勝手に名付けて、虫を供養するものとして拝んでいたのだという。
その土地では以前に多くの人死があったとかで、もしかしたら本当はそれにまつわる何かだったのかもしれない、と教えてくれた。

だからね、とAさんは言った。
「そんな名前付けて、人が勝手に長年真剣に拝んじゃったから…。
 だから、本当は違うものだったのに、最後は青虫みたいに食べられちゃったんだよ」

あのものすごく大きなものに関しては、全く何もわからないという。


出典

この記事は、猟奇ユニットFEAR飯による青空怪談ツイキャス『禍話』内の (元祖!禍話 第十三夜) 余寒の怪談手帖『青虫様』(1:18:35~)を再構成し、文章化したものです。

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