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【怪談手帖】物怪録【禍話】

「有言実行っていうよりは、思い付いて喋りながらもう足が動いてる、みたいな人だったなあ」

Aさんは数年前に癌で亡くなったという、歳の離れた従兄弟のBさんをそのように称した。

「まどろっこしい事が嫌、ってのかなぁ…。まあその所為なのかなんなのか、病院も大っ嫌いでさあ。
 若かった頃は『医者要らずとはこの事だ』なんて、それでも良かったけど、歳取ったらねえ…。
 だめだよやっぱ。お医者さんの言う事聞かないとさ」

癌が見つかった時にもう手遅れとなっており、半年もしないうちに六十過ぎで鬼籍に入ってしまった。

「で、いよいよいけねえなって事になる少し前だったかなあ」


Bさんの病室。
寝たきりのBさんの側で番をしていた彼の母と姉。Aさんの伯母と従姉妹は夕暮れ時に異様な言葉を聞いた。

ひノヨぅうジン ひノヨぅうジン ———

確かにそう言った、と彼女達は言った。
Bさんは晩年やたらと独り言が多くなっていたそうだが、それでもその時は病状も末期で、ほとんど意識のない状態だったから従姉妹も伯母も驚き、混乱した。

「聴いたのがどっちか片方なら、幻聴とか疲れてたから夢だとかで決まりなんだけど、二人ともだからなあ。
 いやぁまあ、それでもやっぱり聞き間違いだってなったよ。疲れる事は疲れてた訳だし」

ところが。
妙な事は声はBさんが亡くなってからもう一度聞かれたのだという。
家族と一緒に故人が火葬場に運ばれ、いよいよ最後のお別れという時にそれは起きた。

カジだ カジだァ ———

「喚く声が、したんだよね…。それは俺も、聞いたよ」
それはAさんだけではなく、その場に居合わせていた全員が聞いていた。
斎場のスタッフすらもぽかんと口を開けて、サーッと青い顔になっていた。

「みんなギョッとしててさあ…。まあ、そうだよね、いくらなんでもさあ」

あまりにも不謹慎で、性質が悪い悪戯だった。
いや『悪戯』だという事になった。
声が棺の辺りから聞こえたという事はみんな務めて言わないようにしていたらしく、けれども互いの顔と咄嗟の目線を見ても明らかだった。

「斎場の人が気の毒でなあ。平謝りして。よくわかんないままあちこち原因探したり、色々やって…。もちろん俺らは文句付けたりしなかったけどさあ」

流石にお骨上げの時にはそんな事はなかったというが、何か酷く後味の悪いものが残り、嫌な葬儀になってしまったという。

「いくらか経ってからようやく、火葬が嫌だったのかねえなんてみんなで話せるようになったんだけどさ」

ただAさん一人にだけは、少年期のBさんとの思い出を辿るうちに、なんともぞっとしない気持ちになったという。

「大人になってから疎遠になっちまったんだけど、俺がガキの頃によく連んでたんだよ。
 面白れぇ事悪い事何でも知ってて、頼りになる親戚の兄ちゃんだったからな」


ある夏の夜の事。
当時中学生だったAさんは、大学生だったBさんに誘われ、『検証』に行く事になった。
近所にずっと前からお定まりのような廃墟となっている古い民家があり、これも在り来たりであるがお化けが出るという話があった。

「まあ他愛のないもんだったよ。何か聞こえるとか、聞いたとかそんなやつで」

夜になると誰もいないはずのその家の中から、音がするというのだ。
それは『狐が畳を叩く音』だとか『衣擦れの音』だとか、『幽霊の話し声』だとか表現が一定していなかった事もあって、実際の所あまり真面目に取り合われていなかった。
それを真剣に調べて正体を突き止めてやろう、というのが今回の検証だった。

「言ったろ。思い立ったらすぐやるから、あの人は」

Bさんは「録音して証拠にする」と言って、取手の付いたカセットテープレコーダーをわざわざ持参してきていた。
そうしてその夜、外れた縁側の戸から『お化け屋敷』へと首尾良く侵入した二人は、一部が腐ったような畳の間に頑張って一晩張り込んだのだという。

「まあ、なんて言うのかな。あんまり覚えてないんだよね、そん時の事は」

何か怖い事があったからというのではなく、主に眠気と蚊の所為だった。
興奮して前の晩に眠れなかったのが良くなかったようで、Aさんは夜通しをうとうとと過ごす事となり、そればかりかあまりにも蒸し暑かったうえ、竹藪が近くにあったからだろうか、飛び交う蚊が物凄くてあちこちを刺された。
眠気との戦い、痒みや羽音との戦いで不快感が凄かった事の方が印象が強いという。

「正直何度も帰りたいと思ったよ。でも度胸試しってわけだし」
負けず嫌いのAさんはそれが出来なかった。
「単に夜道を一人で帰るのが怖かったのかもしれないけどな」

翌朝、Bさんから頬を叩かれてAさんはハッと気がついた。結局どこかのタイミングで眠り込んでしまっていたらしい。
薄陽の差し込む縁側から外へ出て、彼らは家へ帰った。
家を抜け出した事は親にバレており、煙草か酒なんだろうと大目玉を食った。

「お化け屋敷に泊まったとも言えないから、適当に誤魔化すしかないよな」

けれど昼過ぎの事である。
Bさんが来て興奮した様子で「録れてる!録れてる!」とAさんへ耳打ちした。
「そうなったらもう叱られたのもどうでも良くなって、もう大変だよ」

早速二人で部屋へ行って、虫刺されを掻きむしりながら録音を聞いた。
ガサガサ、ズズズというテープの雑音や、自分達が時折話していた声。
それに混じって畳をずりずりと擦るような音と、男とも女ともつかない高い声が幾つか入り込んでいた。
声は調子を合わせて何事か歌ったり、ただ声を伸ばしたりしているようで、壊れたお琴のような音色まで微かに聞こえたという。

更には終わりがけの何枚目かのテープの、恐らく夜明け前頃と思われる辺りに、もっとはっきりした奇妙な音が入っていた。
ドタバタ、バタバタと歩き回るような音。慌ただしい話し声。急かすような声と怒るような声。
そして急に声が落ち着いて、ぼそぼそした話し合い。
そこでテープは終わっていた。意味は全くわからなかった。
わからなかったけどお化けの声を撮った、と興奮したAさんとBさんは一緒になって騒ぎ、周りにそれを聞かせて回った。

「ただなあ、物事そう上手くはいかねえんだよな」

それがお化けの声だと、作り事ではないのだと証明する手段がなかった。おまけに短気で説明が苦手なBさんと口下手なAさんでは、怪しい音声についてのプレゼン力は圧倒的に不足していた。
結局馬鹿にされるか、興味を持って面白がってもらえた相手にもすぐに飽きられてしまった。

Aさんはがっかりしてお化けの声への興味を失っていた。
Bさんはと言えば、未練がましくその後もずっとその録音を何度も何度も聞いていたようだという。
しばらくAさんにも続報を伝えてくれた。
「変なんだけど、録音された声が変わってるって」

何者かがBさんや、彼の家族の声真似をしていたり、大量の親戚が集まったような風景を口述しているような。
更に不可思議な事に、テープのノイズや雑音などはなくなって綺麗になっていたという。

「俺はその変わったってテープの方は聞いてないから、本当にそうなったのかはわからないけど。ああ、それと」
もう一つ特筆すべき事があった。

二人が忍び込んでお化けの声を録音したその辺りから、廃墟のお化けの噂が止んでいったのだと。

「気が付いたら綺麗さっぱりそういう話がなくなっちまったんだよ。まあ俺達が検証の事を触れ回った所為でみんなが馬鹿らしくなったのかなって思ったんだけど」

件の廃墟自体、どこか雰囲気のある少し近寄りがたい感じだったのが、すっかりそうでなくなって数年もしないうちに取り壊されてしまったのだという。
Aさんは一旦言葉を切ってから、ややあって言った。

「まあ…。あんた怪談集めてんだろ。だからもう予想ついてんだろうけどさ。
 俺わかったんだよ。あの声。あのお化け屋敷でした声とか音。
 あれ、消えたんじゃなくて、引っ越したんだよな」

そうだよな、とAさんは確認を求め、僕が答えないうちに
「そうだよ。古い家から新しい我が家へって。お引越しだよ、お引越し。
 あん時声が怒ってるなんて思ったけど、そりゃあさあ、どんだけボロ屋敷でも、テープの中よりは広かったろうしなあ!」
そう言って本当は可笑しくもないのを、無理矢理そうしているかのように引き攣った笑いを浮かべた。

「でだ。あのカセット。まだあれがBさんの家にあったとしてさ、今聞き直しても何にも残ってない気がすんだよ。
 そうだよなあ。テープの次に、どこに、越してったかって、考えると…そりゃなあ」

Aさんはしばらく黙った後、
「どのみち全部燃えちまったはずだから、もう関係ないけどな」と少し青みを増した顔で、自分に言い聞かせるように話し終えた。


出典

この記事は、猟奇ユニットFEAR飯による青空怪談ツイキャス『禍話』内の (禍話アンリミテッド 第一夜) 余寒の怪談手帖『物怪録もののけろく』(42:00~)を再構成し、文章化したものです。

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(この記事のお話は、「禍話叢書・弐 余寒の怪談帖 二」に収録されています)

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