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モスクワの「原爆バー」

 ようやく気持ちの整理、というか頭の整理ができたので。

 私はテレグラム(ロシア版ラインのようなアプリ)で、日本人とロシア人が交流するグループに参加させていただいている。モスクワで開催される日本関連のイベントや日本料理のお店を紹介したり、オフ会をして互いに言語・文化交流をしたり、モスクワにいる間は大変お世話になっていた。

 先日、最近、モスクワに「Hiroshima, mon amour」というバーができた、行ってきた、という投稿をしたロシア人の女の子がいた。写真付きの投稿で、料理や店内の様子のレビューを述べていた。私が驚いたのは、その店が「原爆投下直後の広島をモチーフにしている」と書かれていた点だった。彼女は「ジャパニーズホラーのような雰囲気で、音楽もホラーっぽかった!」と無邪気に感想を話していた。私は、あまりのショックに言葉を失った。

 正直なところ、私はアメリカ人よりもロシア人の方が、「原爆」に対して真摯に向き合っていると思っていた。ソ連ではチェルノブイリ原発事故が起こって多くの人がその被害に遭ったわけだし、反米の意図があるにせよ、アメリカ批判をするときに引き合いに出されるのが原爆だったから。「原爆があったから戦争が早く終わった」と宣うアメリカ人よりもよほどロシア人の方が客観的にその非人道性を見つめてくれている、理解してくれていると勝手に思い込んでいた。でも、そうじゃなかった。

 もちろん、一部の人だと思う。テレグラムのグループでも、「アウシュヴィッツのカフェを作るようなものだ」と反応してくれたロシア人がいてくれた。この店のことについて、VK(ロシア版Facebook)で投稿したところ、大半の人は「同胞が申し訳ない」「非常に恥ずかしく思う」という反応を示してくれた。そのお店に関する批判的な記事を紹介してくれた人もいた。

 けれど、お店のレビューは☆5だった。

 とても怖い、と思う。だって、誰が、誰か大切な人が、人間ではない姿になって死んでいる街をモチーフにしたバーで、飲み食いしたいと思うのだろうか?そんな飲食店を作ろうという発想をできるだろうか?通常の感覚ではないと思うし、私は最初、今まで交流してきて、自分となんら変わらない人間であると思っていたロシア人が突然人の気持ちがわからない別の何かに変わったのかと思うほど恐ろしかったし、気持ちが悪かった。この人たちは自分がいったい何をやっているのか理解しているのだろうか?

 原爆は、ファンタジーでも映画でもない。このバーの名前の「Hiroshima, mon amour(邦題・二十四時間の情事)」は確かに映画だ。でも、原爆は現実に起こったことで、いまも苦しんでいる人がいる。私の祖父は入市被爆者で、祖父はいまだにあの時の話をしたがらない。思い出したくないと拒否をする。熱心に勉強したわけではないけれど、広島で生まれ育ったから、被爆者の方の話を聞いたこともあるし、映像や写真をたくさん見た。広島だけでなく、長崎にも行った。私にとって原爆は、自分の経験ではないにせよ生々しく感じられたし、当時の人たちの苦しみを、地獄を想像することができた。

 飲み食いできるのか?こんな場所で?

 原爆がただのエンターテイメント、飾りとして使われていることに、怒りではなく恐怖を感じる。他人の痛みを想像できない人間は、簡単に残酷なことをするだろう。この人たちは、レニングラード包囲戦をモチーフにしたレストランが日本にできたらどう思うだろうか?スターリングラード戦線はどうだろうか?そんなことも考えられないのだろうか。このお店は、明らかになにか明確な一線を越えていると強く思った。そして、このお店に行く人たちも。

 私にできることはほとんどない。こうして、noteに書いたり、テレグラムで話したりすることしかできない。それが悔しい。お店にはせめて、「ひろしま」という言葉を使うのをやめてほしい。本当はお店を畳んでほしい。冒涜以外の何物でもないし、原爆を軽んじているとも強く思う。ジャパニーズホラーテイストのお店を作りたいなら、ホラー映画を基にしたらいい。広島をこんなことに使うことは、どうしても、許せない。どうしても。

 もしかしたら、「この程度でそんなに怒る?」という人もいるかもしれない。別にいても構わない。でも、どうか想像してほしい。自分の大切な人が死んだ出来事をモチーフにしたバーがどこかの国にできることを。そんなことが許される世界のことを。

 私は今回のこのお店にかかわったすべての人たちがもっと他人に優しくなれることを、誰かの痛みを想像できるようになれることを、どの国に住んでいる人たちも自分たちと同じ心を持った人間なのだと理解できることを、心から祈る。いまは、祈ることしかできない。

 正直あまり検索してほしくもないし、これで店が有名になって繁盛したら嫌すぎるけれど、最後にお店のリンクを貼っておきます。行ったことはないけど、いつかレビューを投稿すると思う。読んでくださっている方たちに勘違いしてほしくないのは、おそらく、このバーを開いた人に悪意はないだろう、ということ。そして、私が日本や広島と同じくらいモスクワを愛していて、そこに住んでいる人を大切に思っているということ。

 私は、モスクワの人たちの良心を信じ、委ねます。
О, если б совесть уберечь,
Как небо утреннее, ясной,
Чтоб непорочностью бесстрастной
Дышали дело, мысль и речь!

https://yandex.ru/maps/org/khirosima_moya_lyubov/57155085792/?ll=37.679637%2C55.776259&z=16

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