ふたりオムニバスシリーズ『雨降れば』短編小説

「ゆうちゃん、もう先帰っているかな」

帰り道で雨の降る中、コンビニに立ち寄った。
ドリアが2つあったのでそれを買って、温めは断って早々に出てきた。

雨の音と、道路の水溜りをはじく車の音。

不覚にも雨の予報を見逃していて、大きな傘を持ってきていなかったものの、常備しておいた折り畳み傘が役に立った。
傘を差して、歩道に出て歩き始める。

「(帰ったら、何を話そう)」

他愛も無い会話で日々を過ごしていて、ただご飯を一緒に食べて、一緒の部屋で寝て。
手をつないで寝るくらいか、近しい感じを持つのは。
数日家を空けても、真っ先に戻ってくるのはあの家、あの人の場所だ。
不要ではない、確かに必要なのだけど、お互いにあまり干渉し合わない。

街道と線路の間に挟まれたアパートにたどり着く。
時折、踏切のサイレンがうるさいけれど、ここですごして1年半。もう慣れた。

一応郵便ポストの中を確認してから、階段でアパートの2階へ上がる。
鍵でドアを開けようとしたら、閉まってしまった。
もうすでに、帰ってきているらしい。

もう一度、鍵で開けなおす。
今度はドアが開いて、中に入る。

「ただいまー」

間延びした声で奥のリビングにいるであろう『ゆうちゃん』に声をかける。

「おかえり」

短く、遠くから返事が聞こえた。
靴を脱いで、肩にかけていたカバンを下ろしてリビングへ向かう。

「……何やってるの」
「あったかいアイマスク。最近パソコンばかり見てるから目が疲れてさ」
「もうちょっとさ。背もたれによりかかったりとか、そのだらしない格好、なんとかしなよ」

姿勢を直した『ゆうちゃん』がアイマスクを外す。
短い黒髪。視力が悪くコンタクト。
少し目つきは鋭いけれど、あっさり目の性格なだけで、よっぽどのことが無い限り温厚。
これが、『ゆうちゃん』の大まかな人柄だ。

机の上に放置されたスマートフォンは、音楽を流すわけでもなく、ただただ放置されている。

「結局何してたの」
「ぼーっとしてた。帰ってきてばっかりだから疲れてて」
「SNSとか見ないの」
「この時間帯、最近タイムラインが過疎っててつまんない」

ところで、『ゆうちゃん』から「本音」を聞いたことがあまり無い。
特に、こちらに対して何か言いたげな雰囲気のときもあるものの、聞いてみれば、たいてい淡々と「なんでもない」とシャットアウト。
それほど、干渉してしまいそうな内容なのか、と怪しんではいるものの、余計な詮索はしないようにしている。

これが、『ゆうちゃん』との関係だ。
何となくお互いを必要としつつ、過去のことや本音は詮索しない。
これで出会ってからだいたい2年くらい、同じような関係が続いている。
発展しそうな気配すらなく。

「コンビニでドリアあったからふたり分買ってきた」
「あ、助かる」

反対側の席に荷物を置き、コンビニ袋からドリアを取り出す。
それぞれ2分半ずつ。片方は少し冷めてしまうけれど、お互い特に気にはしない。

「最近いいゲームない?」
「音ゲーやってるけど、イベントが多くて走りきれない」
「なんかそういうイベント系のゲームというか、ソシャゲ寄りになってきたよね」
「そうじゃないと飽きられるでしょ」

そんなレンジで温めている最中の会話。
その様子を友達に話したら、「盛り上がりに欠ける」と言われた。
でも、それでいいんだ。

「はい、こっちも温まった」
「ありがと」

『ふたりでいる必要ないんじゃない』と言われれば、『でも一緒にいないと落ち着かない』と答える。
『満足しているか』と聞かれれば、『不満は無い』と答える。
『幸せか』と問われれば『そこそこには』と答える。

食事風景は、お察しのとおり静かだ。
テレビで見るのはニュース程度。
最近のバラエティやワイドショーはなんかくどさを感じて、ふたりとも好きではない。

食事中に交わす会話といえば。

「明日何時に出るの」
「7時半」
「ん。食事の片付けとかはやっておくから、先出ていいよ」
「了解」

だいたいこの程度。
出会った時も、本当にこの程度の会話しかしていない。
たまたま混んでいるコーヒーショップで隣の席に座っているお互いを見て、なんとなく『波長が合った』という感じだろうか。
分かっている、お互いに共通することと言えば、『それまでの暮らしに不満があった』というくらいで。

たぶん、『ひとりぼっち』でいようとは思っていなかったし、かといって完全な『ふたり』であろうとも思っていなかった。
それは恐らく、『ゆうちゃん』もそうだろう。
言ってみれば、『ふたりぼっち』の関係、と言ったところだろうか。
明日のことも分からない世の中だからこそ、この関係が必要だったのかもしれない。

食事を終えてふたりで片付けた後、再び席に着くなり、同時に机に突っ伏した。

「「あいたっ!」」

こんな時くらいは息が合うもので、一旦体を起こして、ふたりしてぶつけた頭をなでてごまかす。

「「……ふふっ」」

そして、どちらからともなく笑い出す。
そう、ただ波長が合うだけ。この関係だから良いんだ。
この関係だからこそ、『そこそこに幸せ』でいられる。

外を眺めれば、まだしとしとと雨が降っている。
この部屋で、『ふたりぼっち』の部屋で、明日は何を描いていこう。

(終)

原作:(自作曲)『雨降れば』

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