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コトバアソビ集「ご大層な誤配送」(原作:作者不詳『とりかへばや物語』)

 山田真琴は自分のことが好きではない。
 地味な外見と地味な性格と、並程度の頭と不器用さ。
 短大を卒業して小さな会社の経理に勤めて五年目になる。
 単身者向けの集合住宅と会社を往復する生活。
 日常を彩る趣味もない。
 恋愛は最近破綻した。それを慰めてくれる友人も居ない。
「なんかもう、全部やだ・・・」
 部屋で一人呟く。
 
 真琴が仕事から帰るとフリマアプリで購入した品が届いていた。平日は忙しかったので放置して、週末に開封したのだが、中を見て唖然とする。
「え!?」
 箱の中身は中古のアダルトビデオのDVD。こんなものは注文していない。
「しまったな・・・」
 アプリからのメッセージで品物の評価を要求され、既に「良い」を押してしまっていた。販売側に早く利益が入るようにと余計な気を回したのだ。後悔しても遅い。
「・・・まー、いいか」
 返品出来たかも知れないが、真琴は諦めた。
 アプリ上では取引は普通に完了している。購入しようとした商品は数百円。それ以上が請求されることはないだろう。
 改めてDVDのケースを見てみる。扇情的な姿態をとる女の子は顔も可愛くスタイルも良い。
「こんなカラダだったら、人生変わったかなぁ」
 ため息が一つ。
「今度生まれ変わるなら、こんな風になりたいや」
 真琴は真っ平な自分の胸を見下ろして苦笑した。
  
 週末を苦笑いで過ごし、また平日が始まる。無難に仕事をこなして無難に帰る日々の繰り返し。ポストに入っていたチラシを眺めながら、低アルコールの酎ハイを飲む。
「エステのチラシに美容院。メンタルヘルスクリニック、旅行のパンフ。最近チラシ多いなぁ」
 美容院のチラシにはクーポンが付いていた。ふと自分の髪に触れる。手入れを怠っていたから荒れ気味だ。
「そうだ」
 真琴は思い立った。実は、計画中のプランがある。
 その前に身なりを整えるのも良いかも知れないと、エステも美容院も予約した。地味な日々を送る真琴にとっては思い切った出費だった。
 綺麗に整った髪を見ると少しばかり前向きになる。
 そんな時、異変が起きた。
 
「何これ」
 ポストに入っていた封筒を開けると
『元気になりましたか?』
と書かれた便箋が一枚。
 差出人不明。何とも反応しようがない。手紙は次の日も続いた。
『髪が綺麗になりましたね』
 これはちょっと気味が悪い。その次はラベンダーのポプリが同封してあり、
『リラックス効果があるそうです』と一筆。
 次の手紙は
『あの、ストーカーじゃないですから』
「・・・いやいやいや、どう考えても」
 警察に相談するべきか微妙だなと悩んでいると、
『ところで、最近変なDVDが届きませんでしたか』
「え?」
 この相手は何故そんな事を知っているのだろう。次に届いた手紙に解決のヒントがあった。 

『二○三号室の山田真琴様へ。 
 DVDの件についてご相談があります。日曜日の○時に近くの喫茶店○○にいらしてください。目印にボーダーのシャツを着て行きます。 
              三○二号室のヤマダマコトより』 
 
 日曜日、真琴は喫茶店を訪れる。
「ど、どうも。ヤマダです」
 相手はペコリと頭を下げた。伸びた髪を後ろで縛り、分厚いメガネをかけた小柄な男性だ。怪しい者じゃないですと運転免許証を差し出す。
 印刷された名前は山田萬古都。住所は真琴と同じ集合住宅。
「へ、変な名前ですよね。面倒だから、荷物の宛先とかはカタカナで登録するんです。実は僕、山田さんのことは知ってました。以前あなた宛の郵便物がうちのポストに入っていて」
 ヤマダは説明した。
 その郵便物については改めて真琴のポストに投函しておいたそうだ。字は違うものの同じ名前の真琴に興味を持った。
「あの。お宅の二○三号室ってエレベーターの隣でしょう。僕、階段で上っている時にあなたを見かけて、どんな人なのかも知ってました。あ、あの。今回の荷物については・・」
 真琴も見当がついた。
「多分配達員さんが、荷物を入れ違えたんですよね」
「そ、そう。です。きっと。荷物は二つともフリマサイトの匿名配送で、差出人は分からない。僕もてっきり自分の荷物だと思い込んで、よく見ずにあなたの荷物を開けてしまいました」
 真琴はぎくりとする。
 自分の頭は並程度だが、悪くはない。更に見当がついた。
「中を見て、それで・・メンタルクリニックのチラシを入れたんですか」
「余計な真似して、すみません」
 
 真琴は黙り込んでしまった。
 沈黙に困ったヤマダが一枚の写真を出した。
 写っているのは何処かで見たような女性だ。
「妹です」
「え?あっ、これ!あの」
 アダルトDVDの主演女優だ。
「高校の時に家出をして行方が分からなくて・・昔の知り合いが、似てるけどもしかしてって教えてくれたんです。それで確かめようと」
「あ、ああ・・そうだったんですか・・・」
 真琴の頬が赤らむ。ヤマダの性癖ではなかったのだ。
「あの。じゃあこれ、お返しします」
 真琴が紙袋を差し出す。中身は例のDVDだ。
 ヤマダは受け取り頭を下げた。
「でも僕は、あなたが買ったものをお渡し出来ません。絶対に」
 真剣に見つめる。

 真琴が目を逸らす。
「そんなの・・・あなたに決める権利、ありませんよね」
「ダメです」
 小柄で頼りなげに見える男だが、ヤマダは譲らなかった。
「何故ですか?」
と訊かれた。
 真琴は暫く黙った。
「・・・彼氏と切れたから、かな」とポツリ。
 
「学生時代の友人の友人だった人で。腐れ縁みたいに続いて・・居れば一応、私彼氏居ますって言えるし・・・最近別れて・・貸していたお金もそのまま・・・」
 ため息をつく。
「大したことじゃないって分かってます。でもなんか、どうでも良くなって」
「お金って。警察には」
「微妙な金額なんです。30万。グダグダ揉めるのも面倒くさいし」
 真琴は慣れた苦笑いをする。
「まぁ、でも、考えていたことはやめます。これで本当に私がプランを実行したらヤマダさんも気分悪いでしょう。ご心配かけてすみません」
 ヤマダは考えに沈む。何か気の利いた言葉を探しているのが分かる。
(他人のことなのにどうしてそんなに悩むのか)
と真琴は思う。眉を顰めて頭をボリボリ掻く仕草は滑稽な程だ。
 話を変えたくて真琴は訊いた。
「ところでヤマダさんって、何されてるんですか」
「あ、漫画家です」
「は!?」
「ああ、ハハ。そんな売れっ子じゃないですよ。僕は、普通の働き方が出来ない人間でして。山田さんは多分普通の会社員ですよね。羨ましいです」
「え?小さな会社の、本当に普通の会社員ですよ。経理の事務で」
「いやーハハ。僕も何度か就職しようとしたんですけどね。採用されないか、採ってもらっても馴染めなくて。漫画は元々好きでしたけど、結果として漫画家にしかなれなかったんです。山田さんみたいにちゃんとした仕事に就けていたら、親が喜んだだろうなぁ」
「はぁ・・・」
 職業を聞いて腑に落ちた。浮世離れした雰囲気と変わった行動はそういう訳か。何だか可笑しくなった。
「ふふっ、もしかして美容院とか旅行のチラシとかも、全部ヤマダさんですか」
「え、その。元気でるかなって」
「あはは・・」
 真琴が笑ったのを見てヤマダも安心したようだった。
「DVD、ありがとうございます。本当に妹だったら探して親んとこに連れて行きます。あなたが購入した本は僕が貰うことになっちゃうんで、今度ポストに本代を入れておきます」
 真琴は断ったが、そこはちゃんとしましょうとヤマダは譲らなかった。
 
 二人は軽く食事をして、帰りは一緒に歩いた。偶然同じ住宅に住んだだけ、同じ名前を持っただけの他人の世話を焼くヤマダマコト。
 地味な自分の人生の傍に、こんな変な人が住んでいるとは知らなかった。
 誤配送がなかったらずっと気づかなかっただろう。
 もしかしたら気づかないだけで、もっと色んなことが、実は身近にあるのかも知れないと真琴は思った。
 
 数日後、ポストに本の代金が投函された。
 手紙にはこう書かれている。
『DVDを見ました。本人と思われるので、制作会社に問い合わせてみます。本代は家族探しの協力への御礼も込みです。売れっ子じゃないと言いましたが、そこそこは稼いでいるのでそのまま受け取って下さい』
「って言われても・・」
 茶封筒に入った百万の束が三つ。300万。元彼に取られたお金が30万というのを聞いて、数字を合わせたのだろうか。桁は違うが。おまけに
『追伸。アシさんを呼べる場所に引っ越したので、返金しようとしても無駄ですからね。アハハ。ではお元気で』
とのこと。
 どんな漫画家だろうと思って名前で検索したがヒットしなかった。本名は公開していないのだろう。
 ついでにヤマダに没収された本も検索したが、もう出品されていなかった。
「ま、いいか」
 スマホをベッドに放り投げる。
 画面に残っている検索履歴は『自殺マニュアル』。
 尤も、真琴には既にその気は無かった。

「こんな地味な人間に、こんな変なことが起こるなんてね。人生って分かんないモンだわ。ははっ」
  
 久しぶりに明るい声で笑った。

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