裏木戸 夕暮

「文豪作品をひとしずく」。文豪作品から着想した短編を作家別にマガジンにまとめています。…

裏木戸 夕暮

「文豪作品をひとしずく」。文豪作品から着想した短編を作家別にマガジンにまとめています。その他、コトバアソビ集など。画像の骨董や小物は私物。

マガジン

  • コトバアソビ集

    タイトルが同音異義または響きが似た言葉の繰り返しになっている短編集。随時追加。

  • 童話、童謡、伝説、海外小説等

    童話、童謡、伝説、海外小説等を元に創作の短編小説を書いています。

  • 作家名「あ行」

    文豪作品を元に創作の短編小説を書いています。

  • 作家名「か行」

    文豪作品を元に創作の短編小説を書いています。

  • 作家名「た行」

    文豪作品を元に創作の短編小説を書いています。

最近の記事

  • 固定された記事

「あなたが海をくれた」(原作:童謡『海』)

 ピロン、と着信音が鳴る。  里江のスマホに、祥子からのメッセージ。  次の日曜日にお茶をしない?というお誘いだった。  当日の朝。 「ねぇ。何処のお店?」  里江は訊く。 「うふふ、秘密」  車のハンドルを握りながら、祥子は茶目っ気たっぷりに笑う。  祥子はこういうタイプだ。イベントやサプライズが好き。  インドア派の里江を外へ連れ出してくれる。  車を走らせること小一時間。 「あら、まぁ」 「あらまじゃないわ、ほら、そっちの椅子を持って」  祥子はトランクを開けるとア

    • コトバアソビ集「せんせいの繊細な先妻」

      「前の妻は繊細な人でね」  私の好きな人はほろ苦く笑う。  私の好き、には一切気づかない。    カルチャーセンターの文学講座で知り合ったその人を、私は 「せんせい」 と呼ぶ。彼は大学の講師。私は、たまたま聴きに行っただけの会社員。つまらない毎日に彩りが欲しくて講座に参加した私は、内容よりも彼に惹かれてしまった。落ち着いた雰囲気と柔らかな物腰、シャイな笑顔。60代かなと見当をつけていたらまだ40代で驚いた。顔はよく見ると年相応だが、白髪が多く、何よりも雰囲気が老成していた。

      • 「継承」(元にした作品:サキ『スレドニ・ヴァシュター』)

        「かみさま、かみさま、どうか僕のお願いを・・」  祠の中で寝ていた楠雄は子どもの声を聞いて目覚めた。 (・・まだ、お参りする子どもなんているんだな)  楠雄の実家は田舎の地主で、山を幾つも持っている。裏山の祠は何代か前の先祖が建てたと父から聞いた。祠の奥にはひとが横になれる位の隠れ場所がある。  大学を卒業した楠雄は就職が決まらず実家へ帰ってきた。今は家業の林業と不動産経営を手伝っている。しかし田舎特有の閉塞感に息苦しさを感じることもあり、そんな時は祠に隠れて一服する。  

        • 「殻」(元にした作品:伊藤整 詩集『雪明りの路』より『私は甲虫』)

          (今更ふたりになったとてどうしたものか)  若い頃は並んで座るだけで嬉しかったものだが  そんな純情は枯れてしまった。    生活は必要事項の伝達で成り立つもので  私はお前の背中を労ったことがなかった  私たちはお互いの顔を、いつ向き合って見ただろう  若い頃は見つめ合うだけで幸せだった  お前の仮面は冷たくなっていった  人間は面の皮を厚くして  柔らかく弱い心を  大事に覆い隠して大人になっていくものだ  立派な鎧を着ている方が  立派な大人なんだと思っていた  私は

        • 固定された記事

        「あなたが海をくれた」(原作:童謡『海』)

        マガジン

        • コトバアソビ集
          42本
        • 童話、童謡、伝説、海外小説等
          46本
        • 作家名「あ行」
          29本
        • 作家名「か行」
          18本
        • 作家名「た行」
          14本
        • 作家名「や行」
          5本

        記事

          「夢」(元にした故事成語:『胡蝶の夢』)

           店主は掌に古びた本を持っていた。随分と日焼けしており、擦れて背文字は読めない。 「多分それじゃないかな。私が探している本は」  懇意にしている店主はいつもなら快くその本を譲ってくれる筈だった。 「いえ。これは私のです」 「きっとそれだ。見せてくれ」 「これは私のです」  伸ばした腕を蝿のように叩き落とされ、私は柄にもなく声を荒らげようとした。 「困りますなぁ」  まるで映画の特殊効果のように店主の姿はグゥんと店の奥へ吸い込まれていく。 (待てッ)  私の叫び声は喉の奥で消え

          「夢」(元にした故事成語:『胡蝶の夢』)

          「百分の壱物語」(元にした作品:百物語の伝承)#Book Shorts

          小夜子は枕元の電灯を消そうとしてやめた。 元々小夜子は、寝室を真っ暗にして眠るのが好きだった。 近頃は消せない日が続いている。 「おはよう」  飼い猫に声を掛けて朝のおやつをあげる。元保護猫で、団体の人に聞いた推定年齢と飼っている年数を足すとかなり高齢になる。 「そろそろ尻尾が割れてくるかねぇ」 「にゃあ」 「化け猫になっても長生きしてね」  ゴロゴロゴロ・・・  機嫌の良い音が静かな部屋に響く。  猫のご飯皿の前から立ち上がる時、キッチンのカレンダーが目に留まった。  母が

          「百分の壱物語」(元にした作品:百物語の伝承)#Book Shorts

          #家事分担の気づき〜50代主婦の呟き〜

           主婦歴20年以上、家事分担については反省しかございません。  当方50代兼業主婦、配偶者1名、子どもあり。子どもは成人済み。  夫は新婚当初から脱いだ靴下をリビングに置きっぱなしにするタイプ。 (疲れているんだなぁ) と、拾ってあげたのが間違いの始まり。    私が育った実家は母親の家事負担率100%、父親は 「おい、醤油」 と全く動かないタイプ。(ちなみに母は専業主婦)  夫の実家も似たような感じです。つまり私たち夫婦はお互いに “昔の日本の夫婦像“ を見て育ちました。

          #家事分担の気づき〜50代主婦の呟き〜

          「影」(元にした作品:川端康成『伊豆の踊子』)

           少年が蹲っている。 (どうしたの?)声が響く。 「お母さんが死んだの」  無表情で答える。 「でも、良かったかも」と続ける。 「もうお父さんに殴られなくて済むから」  白い世界の向こうで影が揺らめいた。 「あれは誰?」     世界が回転し、少年は青年になった。青年は父親を殴った。 「クソジジイ。俺はあんたみたいにはなんねーからな」  吹き飛ばされた老人が毒付く。 「ふん、ほざけ小僧。予言する。お前は、儂みたいになる」  老人の哄笑。青年は老いた父を施設に放り込み顧みもしな

          「影」(元にした作品:川端康成『伊豆の踊子』)

          「井茂田博士と100人の妻」(元にした作品:芥川龍之介『芋粥』)

          「『芋粥』って話があるじゃないか」 「昔授業で習ったな。芥川龍之介だっけ」 「そうそう。昔、美味しい芋粥を腹一杯食べたいなァと願っていた男が金持ちに招かれて。それで、好き放題芋粥を食わせてもらえることになったんだけど、いざそうなると左程は食えない上に、ああ、夢に見ていた頃が幸せだったなぁなんて思う話」 「それがどうした」 「井茂田博士が、それを実証する実験をするんだと」 「盛大な芋煮会でもするのか」 「いやいや。博士はな、どんなに理想的で憧れの美女であっても、100人居れば食

          「井茂田博士と100人の妻」(元にした作品:芥川龍之介『芋粥』)

          「100回生まれ変わっても君の奴隷」(元にした作品:谷崎潤一郎『痴人の愛』)

          「いらない」 「ごめん・・」  予約が出来ず、開店前から行列が出来る人気店で買ったスイーツは彼女に蹴られて床で潰れた。 「食べたいって言ってたのは先週じゃない。今は違う気分なの」  僕は言葉を飲み込む。 (でも、日曜定休の店だし。すぐには有給が取れなくて)  弁明の代わりに口からは謝罪が出る。 「そうだったんだ、ごめんね」  僕は彼女に一日何回謝るんだろう。  有給を取るために嫌な上司に頭を下げ、当日は行列の先頭に並べるように早起きをして。買ってすぐに渡そうと思ったら彼女から

          「100回生まれ変わっても君の奴隷」(元にした作品:谷崎潤一郎『痴人の愛』)

          「かのひとにこそ花を手向けめ」(元にした作品:吉屋信子『花物語』)

           私と姉は同じ日に生まれました。双子ではありません。父なる人は妻と愛人を持ち、奇しくも二人は同じ日に女児を産み落としたのです。姉は綺羅子、妹の私は志津香と申します。    広い屋敷の、姉は東の離れで、私は西の離れで育てられました。父は仕事に、母は社交に忙しい人でしたので、姉と私の世話は女中がしてくれました。とはいえ、我が家の女中たちは主人が居ないとサボりがちで、私たちは子どもながら自分のことは自分ですることを早くに覚えました。今振り返りましても手の掛からない、甘えることを知ら

          「かのひとにこそ花を手向けめ」(元にした作品:吉屋信子『花物語』)

          『私がお鍋さんを#買ったわけ』

           半年、もしかしたら1年以上前から購入を迷っていたものに「電気圧力鍋」があった。材料を刻んでスイッチオンで煮込み料理が出来るなんて、素敵・・  と思いつつ、 「そんなのを欲しがるなんて手抜きかしら」 「そんなお金があったら他のことに」 と、欲しい気持ちを抑えてきた。  ところが三日前の深夜、ついに通販でポチってしまった。  通販の買い物かごに入れて、削除し、また入れてを繰り返し、 (お、お、押しちゃう。押しちゃうぞっ・・) とポチリ。 (あ、あ、買っちゃった・・買っちゃった

          『私がお鍋さんを#買ったわけ』

          「百字物語」(元にした作品:百物語の伝承)

           役所から届いた封筒を面倒なので放っておいたら、会社帰りにワゴン車に押し込められて拉致された。 「な、な、なんですか」 「あなた、政府からの書類を放置されたでしょう。近頃こんな人が多くて困る」  スーツ姿の男は俺に目隠しをして車を走らせ、倉庫のような建物の狭い一室に押し込めた。 「文字を書いてください」 「は?」  殺風景なデスクと椅子が置かれた室内は刑事ドラマの取り調べ室のようだ。差し出されたのは、昔懐かしい文字の書き取り帳が一冊。 「ひらがな、カタカナ、漢字。日本の文字で

          「百字物語」(元にした作品:百物語の伝承)

          「夜」(元にした作品:百人一首 右大将道綱母 嘆きつつ 獨りぬる夜の明くるまは いかに久しき ものとかは知る)

          「ねぇ、今日も帰らないのかな。どう思う?」  涼子は寂しさをこらえながらスマホの向こうへ問いかける。返事はアッサリしたもので 『11時半だしねー。もう寝ちゃいなよ』 サバサバした明るい声。その明るさに涼子は救われる。 「でも、そういう時に限って寝入った途端に帰って来られてさ。気まずくなるの」  恥ずかしそうに笑う。相手も 『お人好しねー』 と笑う。  ドン、と部屋に鈍い音が響いた。涼子が身構える。気配を察した相手が尋ねる。 『どうかした?』 「あぁ、お隣か上か下か分からないけ

          「夜」(元にした作品:百人一首 右大将道綱母 嘆きつつ 獨りぬる夜の明くるまは いかに久しき ものとかは知る)

          「悪夢十夜」(元にした作品:夏目漱石『夢十夜』)

           浩輔は金になるバイトを探していた。しかし普通の求人に応募することは出来ない。勤めている会社が給料が低いくせに副業禁止なのだ。  そんな悩みを仲の良い先輩にこぼすと 「お前、口堅い?」 と意味深に囁かれた。 「え、何すか」  場所は会社の喫煙所。古いロッカールームを再利用しただけの狭くて汚い空間だが雨風が凌げるだけでも有り難い。それまでは吸いたかったら外へ行け、だった。  先輩は小声で 「俺、実は治験みたいなバイトを受けたんだけど都合が悪くなってさ。代わりに紹介してもいいぜ。

          「悪夢十夜」(元にした作品:夏目漱石『夢十夜』)

          「A・B・C・Dの関係」(元にした作品:百人一首 清少納言 夜をこめて 鳥のそら音ははかるとも 世に逢坂の 関はゆるさじ)

           スマホから呼び出し音が虚しく鳴り続ける。  A 子が諦めかけた頃、相手が通話に出た。 「B奈!良かった、出てくれて」 『あんまり何回もメッセージが来るから・・何?』 「会って話したいの」 『今言って』 「その・・メッセージとか電話だと、うまく言えない。お願い、一度会って」 『あのね。電話に出たのは、連絡はもうやめてって言うつもりだったの。この通話が終わったら着拒するつもりよ』 「B奈・・」 『D男さんのことでしょ?今更何。A子がプロポーズを断ったんじゃない。取り返そうなんて

          「A・B・C・Dの関係」(元にした作品:百人一首 清少納言 夜をこめて 鳥のそら音ははかるとも 世に逢坂の 関はゆるさじ)