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「A・B・C・Dの関係」(元にした作品:百人一首 清少納言 夜をこめて 鳥のそら音ははかるとも 世に逢坂の 関はゆるさじ)

 スマホから呼び出し音が虚しく鳴り続ける。
 A 子が諦めかけた頃、相手が通話に出た。
「B奈!良かった、出てくれて」
『あんまり何回もメッセージが来るから・・何?』
「会って話したいの」
『今言って』
「その・・メッセージとか電話だと、うまく言えない。お願い、一度会って」
『あのね。電話に出たのは、連絡はもうやめてって言うつもりだったの。この通話が終わったら着拒するつもりよ』
「B奈・・」
『D男さんのことでしょ?今更何。A子がプロポーズを断ったんじゃない。取り返そうなんて遅いわ』
「そんな事考えてないわ。私はB奈と話したいの」
『もう諦めて。私D男さんと結婚するの』
「だめ!」
『ほらやっぱり・・反対するってことは未練がある証拠よ。あなたが去った後のD男さんはすごく落ち込んでた。その彼を支えたのは私。あんなに良い人を傷つけて・・あなたを許さない。絶対に会わないわ。じゃ、切るわよ』
「待って、B」
 通話は切れた。何度掛け直しても繋がることは無かった。
 
 B奈は拒否設定を終えたスマホをテーブルに置いた。ため息をついてソファにもたれる。少し考えた後、再びスマホを手に取る。
 
「C美?ごめん、今いい?・・・やっぱり連絡が来たわ、A子から。会いたいって」
『まさかOKしてないよね?』
「勿論断ったわよ。色々C美に聞いてたから」
『それでいいと思う。ほら、B奈はどっか情に脆いとこあるから。会ったらA子のこと許しちゃいそう』
「自分でもそう思う・・・昔はA子のこと良い人って思ってたから。シングルマザーで仕事も育児も頑張って。だからD男さんとのことも始めは応援してた。それなのに彼を裏切るなんて」
『B奈が心配・・基本お人好しだからさ。いい?絶対に会っちゃだめ。今は自分の幸せを優先するんだよ?』
「わかった。うん、ありがとC美・・」
 B奈が電話を切る。
 
 C美が通話の切れたスマホを充電器に置こうとすると、また着信音が鳴った。
「はい。どうしたの、A子」
『ごめん。あのね、少し前にB奈と電話で話してたの。でも切られちゃって、ブロックもされたみたい。どうしよう・・・C美にしか相談出来なくて』
「詳しく話して」
『あ、あのね。C美には言ってたじゃない。D男さんが、その・・うちの娘に・・・そういう性癖の人なんじゃないかって・・・』
「ああ・・悪いけど、聞いてた話だと、多分・・」
『スカート履いている娘を肩車したがるとか、やっぱり変よね?ほっぺにキスしたり、やたらとハグしたり。C美に相談するうちに段々怖くなって』
「心配して当然だよ、A子は母親なんだもの」
『過剰反応かな、相手に失礼かなって我慢してた。でも将来娘を傷つけると思ったら結婚は。そういうタイプは執着するかもってC美に言われて、転職と引越しして』
「うん、泣かないで。A子は正しい判断をしたよ。で、B奈には何話したの」
『何も話せなかった。でも噂でD男さんと付き合ってるって聞いたから、忠告しておきたかったの。会って話したかったけど拒否されて。ね、二人が付き合ってるのC美も知ってたんじゃない?D男さんと同じ部署でしょう?』
「知ってたけど、A子の耳には入れたくなかったの。傷つけるかもって」
『ありがとう。あの、B奈に伝えてくれない?気をつけてって。私じゃ聞いてくれないから』
「・・わかった。でもタイミングは私が決めるから。A子はもう関わらない方がいいよ。自分と娘さんを守る為に」
『ありがとう。本当に、色々相談に乗ってくれて』
「お礼なんていいよ。あの、真剣な話の時に悪いけど、私今から出かける所で」
『あ、ごめんなさい。じゃあ』
「うん、じゃあね」
 
 通話を終えたC美が外出する。小洒落たバーで待っていた相手はD男だ。
「待たせてすみません。出がけに電話が入ってしまって」
「全然待ってないよ。呼び出して悪かったね」
「いいんですよ」
「A子のことで親身になって相談に乗ってくれたのに、お礼もしなくて。その上B奈のことでも相談しようなんて図々しいけれど」
「二人とは友人だし・・私、みんなに幸せになって欲しいから」
 バーの奥の席に座る二人を、店に入ってきた女性客がチラリと見る。
 なんでこの組み合わせ?と値踏みするような視線だ。D男は三十代だが既に落ち着いた男性の魅力があり、外見も整っている。C美も同じ位の年代だが、身なりは地味で容姿も平凡だ。
 D男はC美に甘いカクテルをオーダーし、自分はウイスキーの入ったグラスを傾ける。
「どうしてA子さんに嫌われたか、いまだに分からない。まずは子どもに好かれると良いってアドバイスしてもらったから、遊園地へ連れて行って肩車をするとか、スキンシップを図ってみたんだけど」
「やり方は間違ってないと思うんです。もしかしたら娘さんは戸惑ったのかも。A子が離婚したのは娘さんが赤ちゃんの時で、父親の記憶がないから」
「そうかな・・次第にA子の態度もよそよそしくなって、終いには何も言わずに姿を消されちゃって・・・まぁ今更遅いか・・・」
「恋愛って理屈通りにいかないから・・元気出してくださいよ。今はB奈との将来を考えないと」
「うん・・・そのことなんだ。正直迷っていて。C美さん、社内で知っている人間は君を含めて数人しかいない。俺の素性をB奈に話した?」
 C美はハッとして俯く。
「あの、それは・・・」
「・・言ったんだね。いつ?」
「ご、ごめんなさい。まだD男さんがA子と付き合っている時に。B奈が『子持ちの女性と結婚かぁ。教育費もかかるし大変だねぇ』って言って。つい『大丈夫、D男さんは大会社の跡取りだから』って・・・」
 D男が苦笑いする。
「いいんだよ。実は、A子と別れてすぐにB奈が迫ってきて。強引だなとは思ってた。ブランド品もよく身につけているし、贅沢が好きな女性なんじゃないかってね」
 C美は小さな声を絞り出す。
「なんか・・・ごめんなさい・・・私は、D男さんと同じ大学だから知ってたけれど、言わない方がいいっていう配慮が足りなくて」
 D男は慌てて
「C美は悪くないよ。俺が人の本性を見抜けなかったのが悪い。今日はごめん。本当のことを知りたかっただけで責める気はないんだ」
 その後二人は世間話をして別れた。別れ際にD男は
「ありがとう。女性でこんなに信頼出来るのはC美が初めてだよ」
 少し照れながら言った。C美も頬を染める。
「そんな・・あの、御馳走様でした。気をつけて帰ってください」
 目が合い、二人は一瞬甘い雰囲気が漂うのを感じた。 
 
 夜遅く。C美のスマホにメッセージが届く。送信元はB奈だ。
<遅くにごめんね。次のデート服に迷ってて。どっちがD男さん好みかな?>
 画像も添えられている。C美の返信は
<D男さんは時計や靴もハイブランドだし、上質なものが好きだと思うよ。最初の画像の方が高級に見えてオシャレ>
<派手じゃない?>
<それ位がいいよ。A子はシンプルめだったから、B奈はB奈の魅力を出した方がいいと思う>
<そう?ありがとう。あとね、まだ迷ってるんだ。一度、A子ときちんと話した方がいいのかな>
<B奈ってば、親切にも程があるよ。D男さんをひどく振った女だよ?私は反対。会ったら絶対にほだされちゃうよ。だめだよ、会ったら>
<そうかな・・C美に聞いてよかった。やっぱり頼りになるね>
<もぉ、人をガードマンみたいに(笑)デート頑張ってね>
<うん♡また報告するね。じゃ、おやすみー!>

 最後にはスタンプを送り合ってメッセージは終わった。 
 静かになったスマホを、C美はそっとテーブルに置く。 
 
 テーブルの隅には写真立てが置いてある。中に入っているのは大学の頃の集合写真。サークルの花形だったD男は中心に、C美は写真から見切れる位端に写っている。
「あなたは私の憧れ。私はあなたを守りたかった」
 偽計、策略。あらゆる手段を駆使しても。
 C美は写真を見て穏やかに微笑む。
「あなたの幸せを願ってる。でも・・・」
 もう一度微笑む。
「わたしの幸せも願っているの。ごめんね」

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