映画『アルプススタンドのはしの方』レビュー

【もうしょうがないなんて言わないし言わせないと誓って帰路につく】

 元は高校演劇で第63回全国高等学校演劇大会・文部科学大臣賞も受賞したという『アルプススタンドのはしの方』が、商業演劇として舞台化されて上演され、そして映画になって登場した。評判になった浅草九劇での舞台版は見てないし、高校演劇の方もよくは知らないけれど、評価され絶賛される理由となっているだろう脚本の良さをしっかり受け継いだ映画になっている。そう感じた。

 75分という短い時間の中、アルプススタンドのはしの方をメインに据えたカメラの中で、主に3人の高校生女子と1人の高校生男子が売り広げる会話劇の面白さの中で、それぞれが抱える悩みだとか迷いといったものが、だんだんと露わになっていく。それらが関わり合い混ざり合うことによって、ひとりでも1対1でも届かなかった場所へとそれぞれが向かおうと思い始める。諦めていたり沈んでいたりした気持ちが奮い立ち、立ち上がって歩きだそうという気になる。そんな変化がワンシチュエーションに近いフレームの中で素敵に描き出されていた。

 埼玉県立東入間高校に通い、演劇部に所属する安田あすはと田宮ひかるが、甲子園に出場した野球部の全校一致の応援にかり出されたものの、積極的に最前列で応援する気などあまりなさそう。野球にも関心がないのかアルプススタンドの最上段、その隅の方に座って試合の行方をながめながら、珍妙な会話を繰り広げている。

 タッチアップを知らないのか、アウトになってもランナーが走る様子に、きっと知らないところで落としていたんじゃないのかと言ったりして、けれどもアウトカウントは増えている状況に迷宮入りだとつぶやく会話が面白い。それが後でまた意味を持ってくるところも最高だったりする。ともあれ、応援する気のなさ満載な女子高生2人の背景にある鬱屈と諦念が、いったい何なのかは話を見ていく過程で分かった方が圧倒的に面白いからここでは言わない。

 そんな2人のすぐ側に陣取ったのが藤野富士夫という男子。情報としては周知かもしれないけれど、知らない方が笑える場面があるからやはりここでは言わない。ただ、普通の男子だけあって野球にはそれなりに詳しく、グラウンド整備を知らず観客が休憩に出かける姿をファウルが飛んでくるから逃げているんだと勘違いして、立とうとするあすはとひかるに、そうじゃないからと告げて落ち着かせて会話に入っていく。

 そんな藤野がどうして遅れてスタンドに入ってきて、そしてたったひとり座っているのか。どうやら訳がありそう。そしてもうひとり、眼鏡をかけた宮下恵という少女もスタンドの最上段から立って試合を見ているけれど、どういう存在なのかも展開の中でだんだんと分かっていった方が良いからやっぱり言わない。

 とりあえず、やすはとひかるの2人以外はあまり関りのなかった4人が、会話の中で重なりを見つけ、それぞれが抱える鬱屈の原因を知っていく。その中で、それぞれが自分にしょうがないと諦めてしまっていたことが、他人から見るとどうして思うようなことだったりするのに気づかされ、刺激されていく。

 そんな4人の前にときどき現れては応援しろとうるさく言う、英語教師で茶道部顧問の厚木が最初はどうにもうざったくて、精神論を繰り広げては子供たちを縛り押さえ込もうとする大人の典型のように見えてしまう。それが、たとえ大人の教師だって諦めの気持ちを持っていて、それでも押さえ込まないで頑張ろうとしているのだと分かってくる。

 しょうがないと言ったり言われたりすることに馴れてしまい、埋もれてしまって沈んでしまった高校生たちがむしろ醒めすぎで、もうちょっと顔を上げれば良いのにと思えてくるから不思議だ。4人だけでは不可能だった再始動に、厚木という教師が小さくない推進力を与えたと言えるだろう。

 もうひとり、成績優秀な上にブラスバンド部の部長で、トランペットを吹く美少女の久住智香の存在も、4人の再始動に大きく関わってくる。すべてを持っているようでやっぱり抱える鬱屈を、4人に感じつつ自分が奮い立つことで乗り切ろうとするその凜々しさ。演じる黒木ひかりのただでさえ美しい表情がますます輝いて見えてくる。彼女もまたいなければならない重要な存在。その将来がどうなっていったのかを知りたい気がする。

 アルプススタンドのはしの方にいた4人についてはその後も描かれ、その会話から意外な人物の意外な進路が語られる。頑張り続けることの意味なんてものを強く知らされる展開。自分はもうとも思いつつ、自分だってまだと思いたくなる。そんな物語だ。見終わった時にもう誰にもしょうがないなんて言わせないと思うだろう。そして誰にもしょうがないなんて言わないと誓うだろう。

 アルプススタンドの上の方にスカート姿で座る女子高生を見上げるように眺める楽しさもあるかなあ。見えないけれど。何がとは言わない。(タニグチリウイチ)

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