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映画『ブルーサーマル』レビュー

【行けそうで行けない「空」への行き方を教えます】

 すぐそこに広がっていていつだって行けそうなのになかなか行けない「空」。そこに届かせてくれるグライダーという乗り物に、だったらどうすれば届くのかを教えてくれる漫画が、小沢かなによる『ブルーサーマル―青凪大学体育会航空部―』という作品だった。2022年3月4日に公開となったアニメ映画『ブルーサーマル』も原作漫画と同様に、「空」へと気持ちを向けさせて、そして「空」へと誘ってくれる作品になっていた。

 主人公の“つるたま”こと都留たまきは、バレーボール部で大声を出していた体育会系女子だったが、男子にあまりもてないと知って絶望し、変わろうと思い大学に張ってテニスサークルに入ろうとする。可愛らしくみせようと弱めにボールを打ち返していたものの、目の前を大きな羽根を広げたグライダーが横切り、その美しさに見ほれつい手に力が入って、ボールをフェンスを越えて打ち込んでしまった。それがグライダーを運んでいた人に当たってしまう。

 運んでいた人が手を離したことでグライダーの羽根が破損。つるたまは弁償しろといわれてしまう。わざとではない行為で、そしてボールが当たったくらいで手を離した人が悪いとも言えるだけに、よくもボールを打ち込んだな、お前がすべて悪いんだといった言いがかりに近い横柄さがちょっと苦手に感じたけれど、アニメはそのあたりに改変があって、非はボールが当たってよろけグライダーにぶつかった航空部員にもあることが指摘されていて、理不尽にも責任を押しつけられる厄介さが薄れて、物語にすんなり入り込めた。

 そうした原作部分の補足めいた修正がうまく行われていた一方で、時間が足りないこともあって漫画が全5巻で描いてきたことを大きくはしょったところも結構あった。航空部に引きずり込まれたヒロインのつるたまは、意外にもグライダーを操り雲などを伴わない蒸気流、すなわち“ブルーサーマル”を見出す才能があって、雑用係ではなく選手として航空部の中で自分の居場所を得ていく。そして関西にある阪南館大学と合宿しながら合同訓練を行うことになった時、そこで出会った年上らしい矢野ちづるという名の女子から厳しい言葉を投げかけられる。

 ちづるからつるたまが疎まれているか理由が、映画ではライバル校の主将を務めるグライダー界のヒーロー、倉持潤に才能を認められたことに嫉妬しているように感じられてしまう。これが漫画を読むと、もう少し深い部分、ちづるとつるたまには前段となる関係があって、そしてちづるはつるたまに対してある種の負い目のようなものを覚えていて、それを知らず天真爛漫に育ったつるたまが、同じグライダーでも才能を認められる存在になていることへの苛立ちが、ちずるの邪険な態度となって現れたものだと分かる。そのことを知ると、最初はぎくしゃくしていた2人が、だんだんと歩み寄っていく素晴らしさにより深く気づける。ぜひ原作漫画を読んで補完してほしいところだ。

 ラストのエピソードは漫画の方がシリアスでショッキングさに勝るところがある。それだけに、とてつもない喪失からどれだけの苦闘を経て立ち直り、世界の舞台に立つところまでつるたまがたどり着いたのか、といった部分が描かれていないことが気になってしまう。そうはならずにもう少しマイルドでハッピーなエンディングとなっていた映画版ならあるいは、つるたまと倉持潤共同で世界を目指すようなアフターストーリーを作れるかもしれない。是非にアニメをと期待してみたくなる。

 それくらいに『ブルーサーマル』というアニメは、空を飛ぶことの楽しさを感じさせ、いっしょにまた飛んでみたいと思わせる映画になっていた。『東京マグニチュード8.0』で大地震に襲われた首都圏の状況を精緻に、そしてドラマチックに描いた橘正紀監督の下、エフェクト作画が得意な橋本敬史が参加したり、ベテランの友永秀和が作画に名を連ねていたりと名前で期待させるスタッフがそろってる。

 そうした名前への期待に違わず、グライダーが「空」へと舞い上がっては風を受けて飛ぶ様子を、自分もコックピットに座っているような感覚で体験できる。見下ろす地面から遠景の山々の感じが、今まさに「空」にいるのではと思わせてくれる。実際にはなかなかたどりつけない「空」へとVRでもないのに誘ってくれる作品だ。そして同時に、グライダーを操る航空部に入れば、そんな「空」へと飛行機の操縦免許など不要で近づけるのだということも教えられる。

 読めばグライダーへの興味が湧く漫画であり、観れば空を飛んでみたくなるアニメ。それが『ブルーサーマル』という作品だ。もしも選手にはなれなくても、周囲で応援することでも良いし、写真を撮ってファインダー越しにグライダーの美しさを感じることでも良い。ウインチを引く、整備する等々の役割がそろってこそグライダーは「空」に上がれるのだと知ることで、そうした行為の一部となって「空」に近づくことができる。そんな作品だ。

 でもやはり、本当に「空」へと上がりたいもの。そのためにはバレーボール部でも何でも体力を整え、航空部がある大学への進学を目指そう。それで体育会だからともてなくても、「空」にもてればそれで良いのだから。(タニグチリウイチ)

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