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映画『ジョゼと虎と魚たち』レビュー

【ハンディの有無を感じず感じさせない世界にきらめく愛の物語】

 『ジョゼと虎と魚たち』というアニメーション映画が2020年12月25日に公開された。原作は芥川賞作家の田辺聖子による短編小説で、以前に犬童一心監督が妻夫木聡と池脇千鶴を起用し、実写映画も撮っているものを、『ノラガミ』のタムラコータロー監督が、『交響詩篇エウレカセブン』や『僕のヒーローアカデミア』などを手がけるボンズの制作で、アニメ映画にした。

 このアニメ版『ジョゼと虎と魚たち』は、池脇千鶴のヌードもあったという実写版とは違って、エロティックな方面の描写がほとんどない。鈴川恒夫という大学生と、車いすで暮らすジョゼという名の女子が出会ってだんだんと近づいていく中で、それぞれが挫折をしたり諦めそうになったりするものの、お互いに感じ合うことで進み始めようとする青春ストーリーになっている。

 人にぶつかられ、押されるようにして坂道を車いすで転がり落ちてきたジョゼを、すくい上げるようにして助けた恒夫は、ジョゼの祖母に誘われるように彼女の家に上がって夕食を食べ、そしてジョゼの話し相手として来て欲しいと頼まれ通い始める。祖母はジョゼをあまり家から出したがらず、家にずっと閉じこもっていた苛立ちもあってか、ジョゼは恒夫に畳の目を数えろ、四つ葉のクローバーを集めてこいといった無理難題を押しつけるなど、ツンケンとしたところを見せていた。

 事故があってから、夜すら外に出そうとしない祖母に耐えきれず、ジョゼは家を飛び出してしまう。探しに行ってジョゼを見つけた恒夫は、そのまま2人で電車を乗り継ぎ、海岸へと行ってジョゼに海を見る。それで打ち解けたのか、2人でいっしょに出歩く日々が始まる。動物園へとジョゼを連れて行って、彼女が一番怖いものとして見たかったという虎も見せる。

 深まっていく仲。けれども恒夫には、大学を出たらメキシコに行って海洋生物を研究しつつ夢だった熱帯魚を海に潜って見るという夢があった。そのことを、恒夫がアルバイトしているダイビングショップの同僚で、恒夫に気持ちを向けている二ノ宮舞から聞かされたジョゼは、嫉妬にも似た感情から恒夫を遠ざけようとする。気まずい気分を抱えながらまた2人で海へといった帰りに事件が起こる。

 ふわふわとした時間がぐっと現実に近づいていく。ジョゼの祖母が亡くなり、すぐではなくても働く必要も出てくるジョゼ。一方で恒夫は、事件の結果として停滞を余儀なくされて心を荒らす。離れていきそうな関係。離れていって当然の関係がどうなってしまうのか、というのは映画を見てのお楽しみといったところだろう。

 ハンディキャップを負い祖母に庇護されるような場所で暮らしていたジョゼは自分を確立し、夢に向かって順風満帆だったところから座礁しかけた恒夫は、懸命なジョゼに刺激されて文字通りに再び歩き出そうとする。見れば頑張ろうという気にさせられるストーリーだ。

 果たしてジョゼがハンディキャップである意味があったのだろうか。病弱だったり難病だったりしても成り立ちそうという気もしないでもない。原作にもあった、ハンディキャップを持った女性に向けられる性的な欲求といった部分も削られている。その分、ティーンからさらに下の世代も含めて、見てさわやかな気持ちになれる映画になっている。

 想像するなら、2003年の実写映画から20年近くが経って、身動きがとれず他人が頼りだったハンディキャップを持った人たちの生き方に、他人の同情なり欲情が入り込んでいた状況が変化し、そうした事態への視線がすっきりとしたからかもしれない。バリアフリー化も進み、ハンディキャップを持った人が多少なりとも生きやすくなった中で、健常者もハンディを持った人も、共に等価の生を送っているという雰囲気を、ストーリーの上に見せようとしたのかもしれない。

 ボンズが手がけた映像は、得意とするアクションを抑えた代わりに、ジョゼの表情からしぐさから、実に豊かに表現されて見ている人を飽きさず、むしろ画面へと引き付ける。大阪の各所が繊細な線と色でリアルに表現されていて、どぎつさが先立つ大阪という街のイメージを、スタイリッシュでファッショナブルな場所に見せている。

 アメリカ村にしても天王寺動物園にしても、通天閣の下あたりにしても梅田あたりにしても、原宿だとか新宿だとかと変わりがない感じだ。実際に、梅田や中之島あたりは東京よりも洗練されたオフィス街なり官庁街といった雰囲気だけれど、大阪というイメージに乗りたがる傾向がある中で、固定観念をすっぱり断ち切っているところが好ましい。

 映画館やビルの上の観覧車や水族館や海岸など、出てくる場所に映画を見たら絶対に行ってみたくなる。海岸は電車の進行方向と山の見え方から兵庫方面だろうとと調べたら須磨海岸だった。関西の人にはおなじみの風景らしいが、他の場所に暮らす人ならあれほど綺麗な場所があるなら、いつか行ってみたいと思うだろう。そして海を舐めて塩っぱさを感じるのだ。(タニグチリウイチ)

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