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花が嫌いだった

どうして踏ん張って光浴びて花びらパチパチ
拓かせてかわいらしく、きれいで柔らかなこのこたちは、枯れるのだろうと嫌いだった。
花は枯れるから好きじゃなかった。
今でもドライフラワーはとても好きでは無い笑
なんというか、ミイラみたいな感じかな?
ミイラそのものには興味津々なんだけど。

毎日通勤で去年の梅雨に咲いた紫陽花の乾いたカタチと色合いを見ていたら、あぁ落ち葉なのかと思った。落ちない花弁がそのまま。空き家みたいなのかな。触ればすぐサクっと、ザクザクと朽ちていきそうなの。

私の中でドライフラワーと空き家と落ち葉と枯葉とミイラが繋がってて、なんとなく空虚なカタチの意味合いが強い。
そのカタチもなんとなく残ってしまったとか、残さざるを得ず?とか。
本人の意思は無視な感じで。

それが印象深く、花の枯れたカタチが
色が味わいに取れなかった。

花は必ず咲くのかな?咲くから美しいのかな。だったら閉じたままの、不憫なコもいるのかな。
私もおつか咲くのかな。不適合な歪さと自我で、夢だけしっかり持って進んで、開くだろうか。
そうならば、花は咲くから好きなんだけどな。

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