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リア充に近づけるかな…パン作り

20代前半、ブラック企業勤めの私は極貧だった。

4月の北海道は雪はないものの、まだ草も花もない。
雪が降らない地域の冬と変わらない景色だけれど、カーテンの隙間から漏れる光にはちゃんと春っぽいきらめきがある。
もそもそとベッドから抜け出し、ぎゅーっと体を伸ばしてカーテンと窓を開ける。
朝の空気を吸い込みながら、十数年前、いよいよ社会人だと希望に胸を膨らませた春もこんな風だったかな、なんて思ったりして。

天気が良くても、今日は気温が低い。
もこもこの部屋着の上にさらに1枚羽織って、キッチンへ向かう。
暖かいお湯で手を洗ったら赤いケトルを火にかけて、急いでリビングのストーブをつける。
そしてまたキッチンに戻る。
毎朝やってることなのに、行ったり来たりしちゃうのは、やっぱり私が要領悪いからなのかな。
そんなことをうっすら考えながらキッチンスケールにボウルをのせて、ぱさぱさと強力粉を入れる。
今日は寒いから、使うお水の温度は30度がいいかな。
粉が250g、イーストは小さじ1/4だけ。
それにお水とはちみつ、そしてお塩を4g。
ボウルに入れてひとまとまりになるまで混ぜたら、台に出して5分捏ねる。
ベーグルは水分が少ないから捏ねるのが大変だけど、1次発酵がいらないのがいい。
3分割して丸めて濡れ布巾をかけたら、パン生地と一緒に私も一休みしよう。
そういえば、起きてからまだお水も飲んでいないし、座ってもいない。
ちょうどお湯が沸いたから、紅茶でも淹れようかな。

15分経ったら成形。
私は具材がたっぷりはさまったベーグルサンドが好きだから、真ん中に穴があいていない方が嬉しい。
ベーグルのアイデンティティって穴にあるのかしら…なんて思いつつも、細く伸ばして結んだ生地の両端を真ん中にぎゅっと押し込んで穴を塞ぐ。
天板にのせて、40度のオーブンで1時間の最終発酵。
夏になったら、室温に放置でいいのにな。
少しずつ大きくなっていくパンと同じ空間で過ごすのは、ペットを飼っているようで、なんだかちょっと楽しい気分になる。
お前、ずいぶん大きくなったんだねぇ!なんて話しかけたりしながら。
だけど今日は部屋の温度が全然上がらないから仕方がない。

最終発酵の間に身支度を整えちゃおう。
どこにも行く予定はないけれど、そんな時こそ雑誌で見たメイクやヘアアレンジを試してみるチャンスだと思う。
鏡を見ながらいろいろやっていたら、1時間なんてあっという間。
オーブンのお知らせ音を聞いて、あわててキッチンへ。

パン生地を取り出したら、オーブンを190度に余熱開始。
大きなお鍋にお湯をたっぷり沸かして、沸騰したらお砂糖を大さじ3杯。
オーブンの余熱完了のお知らせが聞こえたら、生地の両面を40秒ずつ茹でて、再びオーブンへ。
焼き時間は20分。
お鍋を片付けて、クリームチーズやハム、卵なんかを用意していたら、20分なんてあっという間。
焼きあがったパンは少し落ち着かせた方が美味しけれど、私はあっつあつを食べるのも好き。
1つだけお皿に取って、具材と一緒にリビングへ。
朝から焼きたてパンなんて、こういうのをリア充って言うのかな。


……………っていうリア充ごっこをしようかな、と思いまして。
冒頭に書いた通り、二十代前半の私は極貧でした。
1週間の食費を1,000円以内におさえなければならないため、お米は買えませんでした。
いや、お米だけなら買えるけれど、私はおかずがないと嫌で。
そんな訳で、私の主食の選択肢からお米は外されました。
そして色々考えた挙句、主食の座に着いたのはパンでした。

当時、業務用のスーパーでは様々な種類の道産の強力粉が売られていて、2kg(4週間分)入って300円くらいだったのです。安い。
しかし、イーストは高かったので、直属の上司におねだりしてドライイーストを1箱買ってもらいました。
そうして、強力粉250g+ドライイースト小さじ1/4で1週間分のパンを作る生活が始まったのです。

…と、私にとってパン作りは安くて美味しい食生活の為に始めたものだったんですよね。
なので、ブラック企業を辞めたと同時に、パンも作らなくなりました。
あれから十数年経った今、企業からはドロップアウトし、毎日食べたいものが食べられる生活になり、パンは買って食べるものに。
しかし昨日、棚の奥から古いドライイーストが出てきて。
お湯と砂糖を与えて数時間置くとぶくぶくと発酵を始め、生きているアピールをしてくれたので、今日は朝からベーグルを焼きました。

実際は、「くっそ眠てぇ…!」とか思いながらカーテンと窓を開けて、フリースのパジャマ(胸にナイトメアビフォアクリスマスのジャックが付いてるんだぜ!)の上から裏起毛パーカーを羽織って台所へ行き、「ゔーーーー…」とか言いながら計量して捏ねて、「野菜不足だからー」とか言いながらベンチタイムにホット青汁を飲み、適当に成形して最終発酵へ。
確定申告の仕上げやら先月の帳簿付けやらをしながら時間を過ごし、ケトリングしてオーブンに入れたら、また帳簿付け。
焼きあがったのを一口がぶっと噛んでみたものの、これはやっぱり冷ましてから焼き戻しだな!と台所に放置し、また帳簿付け。
粗熱が取れたらラップに包んで冷凍庫にぶち込み、またまた帳簿付け…そして、なう。
家から出ないと思って身支度何もしてねぇぜ。

私のパン作りはこんなだったけれど、きっとおしゃれな人々はおしゃれな感じにパン作りを生活に取り込めるのではないでしょうか。
イースト少なめのパンは発酵に時間がかかります。
今回は1次発酵なしのベーグルでしたが、テーブルロールなどを作る場合は1次発酵に8時間くらいかかります。
夜寝る前に捏ねて、朝起きてから続きをする感じ。
または、朝捏ねて、夜ごはん前に続きをする感じ。
ずっとおうちに居る時こそ、パン作りと普段の生活を行ったり来たりしながら楽しめるのが、少ないイーストで作るパン作りだと思うのです。
しかも、パン作りってなんかリア充っぽいし。

私は理科系ワークショプ屋さんなので、発酵の様子の観察や、条件が変わると結果がどう変わるかの検証をおすすめしたいところですが、レシピ通りに作って食べるだけでも十分楽しいと思います。
ついでに、リア充ごっこもすると楽しいと思います(しつこい)。

今晩、時間と気力があったら、長時間発酵の牛乳パンでも捏ねて寝ようかな。

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