『メタル・マクベス』観劇録

 マクベスが舞台の真ん中でロン毛を振り回しながらシャウトしている。はるか後方ではギターやドラムやベースの演奏者達が、檻のようにも見えるブースで目立たないながらもこれまたヘドバンしている。流れる音楽はいわゆるメタル音楽。演目はかのシェイクスピアの『マクベス』である。

 豊洲の辺鄙な場所に位置する劇場の客席に一歩足を踏み入れると、そこはさながらロックバンドのライブ会場だった。
 わたしは『マクベス』を観に来たはずなのだが、と思わないでもなかったが、これは『メタル・マクベス』、ただの『マクベス』ではない。
 もらったチラシでキャストを確認すると、主役は「ランダムスター」とある。

 一体誰なのだそれは。わたしは一応『マクベス』を観に来たのではなかったのか。

 横には思い出したように「マクベス」の文字が見えたが、その後ろには「浦井」とついていた。「マクベス浦井」。

 誰なのだ。

 この舞台の主演は浦井健治。バンクォーと思われる「エクスプローラー」なる人物の兼役は「バンクォー橋本」で、演じる俳優は橋本じゅん。明らかに役者の本名から取っている。一体なんなのだこれは。

 慣れ親しんだ物語のはずなのに、全くどうなるか想像がつかない未体験の心の不安定さを味わいながら幕が上がった。待ちに待ったランダムスター(便宜上これ以降マクベスと呼ばせてもらう)がバイクにまたがって敵をなぎ倒しながら、仮面らしきものに隠されたマイクを手にとって一曲。

 「きれいは汚い、ただしオレ以外」。

 もうここでわたしはこの劇が大好きになってしまった。マクベスが超のつくナルシスト。素晴らしい解釈ではないか。ビジュアル系の見た目もダンカン王殺害後にウジウジと悩む姿も、自分が可愛いからと思えばすっかり納得がいく。そもそも『マクベス』はマクベスと夫人が尽きぬ己の傲慢さと強欲さゆえに身を滅ぼす話だから、非常に物語に忠実な歌詞だと言えるのだ。

 本作の舞台は二百年後の荒廃した世界で、印象的な三人の魔女による予言は1980年代に活躍したバンド“メタルマクベス”のCDの歌詞に基づいているという斬新な設定だが、鑑賞後は何かすっかり別のものを観たとは微塵も思わず、ただ『マクベス』を観たなと感じさせる。過去のバンドと自らを重ね合わせてランダムスターとマクベス浦井の境を無くしていく主人公も、魔女の予言を盲信するあまり自我を失っていくオリジナルの展開と同じだ。

 マクベスの抱える鬱屈とした感情とシャウトに代表されるメタル音楽の親和性に目をつけた点は奇才としか言いようがないが、宮藤官九郎はこれを完成させるまでに、それこそ擦り切れるほど原作を読んだのだろう。創作にかけられる想いや熱は本来そうあるべきだ。日本の演劇も捨てたものではないなと久しぶりに思えたのだった。

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