【おっさんずラブ】もう夏は終わっているけれど

それはまさに九月の終わり、夏の香りがまだ色濃く残っているよく晴れた日のこと。わたしは日本中を虜にした一組のカップルに1年と少し遅れて恋に落ちた。

「おっさんずラブ」の主人公、春田創一とその同僚、牧凌太のカップルである……


ほんの一ヵ月前まで春田の喜びに満ちた笑顔も、勝手に決めんなと怒る姿も、牧の哀しげな笑顔も、楽しそうにじゃれあう姿も知らなかったはずなのに、もうおっさんずラブを、そして牧と春田を知らなかった頃には戻れない。


OA当時にはハマるどころか見向きもしなかったこの作品の、この2人に、出会い、泣き、笑い、一緒にときめいたり、一緒に涙を流したり、時には怒ったりしながら過ごしたほんの少しの時間を忘れたくなくてここに記すことにした。(以下、解釈違い他、シナリオブックやフォトブックのネタバレを含む可能性のある、感情的な文章を備忘録のように連ねていくので予め注意してください。)



元々オタク兼腐女子のため、OA当時からおっさんずラブというドラマの存在と、「牧春」と呼ばれるカップルの話はTwitterで身内のフォロワーが呟いているのを目にしたことがあた。しかしトレンドに乗り遅れたことや(周りより出遅れたら一気に冷めるタイプ)放送当時TLがほとんど埋まっててつまんなかった(私怨)ことなど、天邪鬼な性格が災いして当時ドラマを見ることはとうとうなかった。

そんなめんどくさいオタクだったけれど、「なんかめっちゃ友達から勧められるしダイジェストちょろっと観た感じでは嫌いなタイプの話じゃないな」と判断し、劇場版を観て興味が沸き、その日のうちにGYAOで配信されていた連ドラを観終えた。行動力のあるオタクと言われることはよくあったが流石に自分でもちょっと引いた。


全話の感想を書くと流石にとんでもない分量になってしまいそうなので厳選。ネタバレ解釈違い注意。

「Open the Door!」


……いや1話から話す気マンマンやないかワレェ!じゃなくて、1話がまさに「原点にして頂点」なんです。

1話ラストの風呂場キスのシーン、ドラマ公式本では「勢いよくドアを開ける」と書いてあるが実際の映像では牧がドアを開けるまで若干の間がある。この7秒の間(数えた)で躊躇、葛藤、不安など色んなものが牧の胸中を掻き乱したんだろうな……けれど牧は結局全てを振り切って風呂場のドアを開ける。「Open the Door!」っててっきり「(男同士の)扉開けちゃいなよ!」的な意味かと思っていたけれど、周回して真意に気付いたときは情緒がどうにかなるかと思った。1話では牧が扉を開けて春田に自分の想いを伝えた。「そっち側」から春田のいる場所へと来たのだ。


しかし翌日には告白を取り消す。二人の間の微妙な空気も、目に見えて動揺していた春田も冗談だと言われて安心したんだろう、いつものうるさい春田に戻った。「気付かなかった俺も悪いな」と呟く春田だが本当の意味でも牧の真意に気付いていないのである。男子校のノリでキスすることが果たして本当にあるのかは知らんが牧はそんなことするタイプじゃないじゃん。


バカ正直に自分の気持ちを伝える春田には牧の本心を読むのは難しかったんだろう。ただ、ただね春田、

牧の「大丈夫です」は大丈夫じゃないし、「いいですよ」は全然よくないし

「春田さんなんか好きじゃない」は「愛してる」なんだよ。

牧はへたくそな笑顔で冗談だと言って告白を取り消して、春田から酷い言葉を投げられても何も言わずに背を向けて耐えて、付き合うようになってからも「本当に付き合っていいのか」という不安と一人で戦っていた。ちずから春田に告白していいかと聞かれたときだって本当はそんなの嫌に決まってる。でもちずの春田への気持ちに気付いていたから、自分の気持ちを押し殺していいですよと笑った。へたくそな笑顔で。

わんだほうで武川の手を振りほどけなかったのも、実家へ挨拶に行った帰り道で零した「自分が安心したかっただけですね」も、不安の中で、誰かに認めて欲しかったのだ。

「結局、俺……自分が安心したかっただけですね」

「別にいいよ、俺も牧の家族ともっと仲良くなりたいし」

(#6 息子さんを僕に下さい!)

「じゃあなんで別れた?」

「(中略)自分が傷つく前に逃げただけです。」

(#7 HAPPY HAPPY WEDDING⁉)

もしこのまま自分と春田が付き合って、年を重ねて、同僚が結婚したり子供が出来たりして「男同士」という壁にぶつかったとき、ごく普通の「幸せ」を奪ってしまう。春田に我慢をさせてしまうかもしれない。いつかそれに耐えられなくなって自分の隣から去ってしまうかもしれない。そんな不安に牧はずっと耐えていた。

春田が一言、たった一言「俺も牧が好きだよ」とさえ言っていればそれだけで牧は安心できだのだ。ちず相手には言えたのに。あんなにも優しい顔で。牧が欲しかったのは我慢しないで好きを言える場所だった。

4話で武川から俺ならあいつ(春田)と違ってお前を傷つけたりしない、と言われて牧も ですね、と答えている。そう、一度別れたとはいえ武川なら牧を不安にさせることはないだろう。ちゃんと好きだと言ってくれるし全力で甘えられるだろう。でも牧は春田を諦めることはしないのである。嫌になるのは「止められない自分」であって「春田を好きになった」ことではないのだから。



春田と離れた一年間も、部長と同棲して生き生きしている春田を見ていてきっと「春田さんが幸せなら」といって自分の気持ちを押し殺してきたのだろう。

「家族のこととか、世間の目とか、いろんなことを考えたら、巻き込むのが怖くなったんです。

自分が男だから春田にフラれたのだと思っていた部長は、相手が牧だと知って、春田に再びアプローチを始めた。

自分は男だから春田を幸せにできないと思い身を引いた牧は、相手が部長だと知ってなお春田に何も言わなかった。

部長も牧も最初から全力で牧のことを好きだった。与えすぎて溢れさせて零してしまったり、与えることができなくて倒して零してしまったり。

きっと部長も同棲していた一年の中で牧と同じように耐えていたのかもしれない。あの残酷な式もわかっていたんだろう、楽しみにしていた式のためにしつらえたタキシードも春田が着ているものは真っ白じゃない。部長は永遠の愛を神さまの前で誓ったけれど春田の「誓います」をかき消してしまった。もうとっくに披露宴はキャンセルしてあるなんて嘘だったけれど、きっとその嘘も笑顔で恋を終わらせたかった部長なりのプライドだった。

部長はきっと「自分を好きでいてくれるはるたん」よりも「自分が好きになった春田創一」を守ろうとしたのだ。

フラれちゃったと笑う部長はカッコよかった。


部長に背中を押され式場から走り出す春田は、空港に向かう牧を見つけて牧のいる歩道に渡ってから「牧じゃなきゃ嫌だ」と伝える。春田のいる場所から牧のいる場所に渡ってきた瞬間、1話との対比が清く描かれている。


春田創一を愛しきった牧凌太に、背中を押した黒澤武蔵に、フラれた相手の元恋人の背中を押したちずに、ずっと牧を想い続けた主任に、夫の恋を応援した蝶子さんに、蝶子さんに寄り添ったマロに、牧にアドバイスをくれたマイマイに、心からありがとうを言いたい。人間臭い嫉妬や間違いはあっても、悪い人が一人もいないおっさんずラブ、心に沁みる……



牧春に1年と少しだけ遅れて恋をした、ひとりの人間として。最後にちゃんと伝えるのなら、今でも、そしてこれからもおっさんずラブが、牧春が好きだ。


「おっさんずラブのおかげで、牧春のおかげで、とても充実した一ヵ月になりました。おっさんずラブが大好きです。ずっとずっと大好きです。

そして最後に——————あなたたちに会えて、良かった」


                            おしまい








































《以下蛇足》

season2が始まって、これまでとはまったく違う、新しい物語が紡がれていく。

もしかしたらだ。全く違った世界に住む春田が、

「忘れること」を「望んじゃいない」春田が、

「いつの間にか記憶も存在も手が届かないとこに隠すようにして、はぐらかしてた」相手に

「忘れたくない」と、

「君に会いたいなぁ、」と思うことがあるかもしれない。


世界線が違う、牧のことを知らない春田が別の誰かを好きになったとしても。逆にわたしが牧春を好きだという気持ちを失っても。今牧春を好きな気持ちが嘘になるわけでも間違ったものになるわけでもないから。

これで本当におしまい。牧春がほんとうに大好きです。

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