漆木七

ウルシギシチ、といいます/反応いただけると励みになります/ご連絡は▶urushigi.…

漆木七

ウルシギシチ、といいます/反応いただけると励みになります/ご連絡は▶urushigi.shichi@gmail.com まで

最近の記事

詩|カニクリームコロッケ

いたたまれなさを持て余して 何とか症状を軽くしてもらおうと それは駆け込み寺の要領で 私はことばを書き出した 自分の中に少しでも早く 再び平穏を齎すために だって  一度言語化して それを更に包装し 自分以外の人のもとへ放り投げてしまえば 感情は私のもとから離れるのだもの 熱病も 激痛も 孤独も 後悔も   限界まで空気を入れこまれた風船のように   あんなに割けんばかりに主張していたのに   今はこんなにがらんどうだね がらんどうだ 私の書き物はごみ捨てで 私の作品は

    • 詩|抱擁

      抱きしめたいと思う 一秒後 あなたは喜ばないかもしれないと 三秒後 喜ばないだろうと 一秒後 それでもあなたを慈しみつづける権利がほしいと許しを請うて n秒後 自らの胴を リュックを 空気を 私は抱きしめる 出会い 尊敬し 共感し 相互の親密を織り合わせて 希少鉱石がきらきら瞬く 片手で収まる 現実の愛しき人たち 総体としての「あなた」 何かの契機で愛しく思えなくなることを恐怖し あなたに思いを拒絶されることを恐怖して 今以下はとても耐えきれない 今以上はもう望まないか

      • 随筆|ピンク色の気配 【note創作大賞2023 エッセイ部門 応募作品】

         いけない、と、焦って文章を打ち込み始めた。パソコン右端の黄色いメモ帳に、ひとまず文字をつらつらと出現させてゆく。端的に言えば、「触発された」。社内のポータルに月に一回届く、とある人による、とある部署の活動報告。今月から入社二年目の、一言も話したことのないその人。彼女の書く、導入部こそが肝なのだ。報告それ自体ではなく。  詩的な文章だと思う。はじめて読んだとき、これが社内用の連絡板に載る、そして載せる言葉なのかと強く動揺した。確かにここは感情や思想を扱う会社ではあるけれど、

        • 掌編小説|病識

          「自分が狂うことの何が怖いか。決まっている、もはや自分ではその狂気を知覚できないことだよ。正気か狂気かの正確な自己診断なんて誰にも不可能だ。だから僕は、いつか誰にも気にかけられることなく、独り小さなアパートで静かに発狂していることを時折想う。凡ての思考が不安定で不確かな自意識に喰い尽くされ、自分が埃っぽい部屋の隅でくちゃくちゃの紙みたいに丸まっているのを。例えば、価値観の崩落。今まで白だと信じていたものが黒で、黒だと感じていたものが実は赤だった。そんな恐怖が体内を延々と循環し

        詩|カニクリームコロッケ

          散文詩|踊り子

          群生した水晶の細い柱が宙に砕け、さらさらと零れた。辺り一面は途端に明るく、突き刺す短剣の寒さは霧に消えた。くるくるくるり。戯れにその場で回った私の姿はきっと目も当てられない。けれど透き通った白の乱反射はすべての事象を庇護していて、その一瞬だけ、私は世界で最も幸福な踊り子だった。

          散文詩|踊り子

          詩|突沸

          言語化されない苦しさをもてあましている 昇華する余裕も意義もない怨嗟の沸騰 肥大化した被害者意識 無差別な憎念 他者が知れば気分を害し 私の評価を黙って下げるだけの つまり ただ世界と自分に悪影響をもたらすしかない呻きを 内部ではもう抱えきれないとき 私はどうしたらいいのだろう フラストレイション  あの子が平気な顔をして私にアレを渡したことが 私の気持ちを知りながら まるで私に善意を傾けるかのようにアレを提案してきたことが 時を経るたびに許せなくなってきている あの日それ

          詩|突沸

          短編小説|ガチャガチャ・下

          「よっ、おつかれさま」 「…………」 夜8時、最寄り駅の改札内で待っていた。疲労を顔に滲ませたお前は相変わらず俺を完全に無視して、改札に定期を押し付けて行く。 「ちぇっ、返事も何もなしかよ」  冷たい缶コーヒーでも買って、頬に押し当ててやれば少しは面白い反応をしてくれるのだろうか。硬い表情のお前の歩速に合わせて進む。こいつ、靴の爪先を見つめたままのくせに歩くのは妙に早いんだよな。 「…………っと!」  このまま帰宅するのかと思いきや、唐突に立ち止まるから驚いた。 駅

          短編小説|ガチャガチャ・下

          随筆|"あだるとちるどれん" 【note創作大賞2023 エッセイ部門 応募作品】

          忘れていた切り傷を眼前に突き付けられて、逃げるように地下から這い出した。慣れ親しんだ、なんて言うつもりはなかったのに、気付けば確かに自分の一億分の一にはなっていた無骨な通路を足早に行く。カーキ色のジャンパー。後輩に慕われる同輩。きちんと獲得した者と、獲得し得なかった者。或いは、そもそも獲得しようとしなかった者。ならば当然の報いか。 十代後半が画鋲で壁に留められたままの、動けない、"あだるとちるどれん"。周囲が十代なら年相応だが、後は海溝が拡がり続けるばっかりで。望むも臨む

          随筆|"あだるとちるどれん" 【note創作大賞2023 エッセイ部門 応募作品】

          散文詩|感傷

           冬の夜を歩いた。僕は別段寒さが得意な訳では無いのだが、此の冷え切って、冴え返った、何処迄も透き通って黒い夜が、只々綺麗だと、そう思った。清く厳かで尊いと思った。パッキリとした空気に、鼻がツンとし、泣きたくなる。見上げた街燈の、黒を背景に、虹色の輪のぼんやりと浮かぶのを、僕は眼を細めて眺めていた。暫くして、目元がやけに水っぽく冷たい事に気付いた。思い浮かべた幾つかの、何らかの風景は、素早く崩れて溶けていった。  眼前に浮かぶ下弦の月は細く、嫋やかだった。何時だったか、恩師の語

          散文詩|感傷

          詩|残骸

          やわらかななにかが たのしくくるしく わたしをしめつけ むじゃきにあそぶ 起き上がれない体 数日で荒廃する自室 五時間毒を飲み続けると 三時間睡眠を取らないといけない 飲み下している瞬間だけは ここにいなくて済むから 頼みの綱のような 只の自傷のような わたしに何物も触れなければ 瞬間 ボロボロと崩れ落ちるだろう 規則と箱と責任と義務と社会通念がわたしを しばってしばって かろうじて人間の形を保たせて 満員電車に押し込んで デスクに座った私は 一応真人間の顔をする

          詩|残骸

          歌詞|空の標本

          試験管の中に 一等青い夜を閉じ込めて 君を待っている 名も知らない君を 「いつか」のための 壁一面の標本 硝子に透けた影が揺れる  重ならない 交わらない 響かない筈の胸が軋んで  いつの間に黒くなった 夜の密度から必死に目を逸らした 君が来てくれる確証なんてないけど 君が来ない証明だってないから ほら今だって かすかな期待を捨てられずに 引き延ばした窒息の 甘やかさに縋っている 試験管の中に 広がる夕を溶かし込んで 君を待っている 名も知らない君を 砂糖細工を紅茶に

          歌詞|空の標本

          短編小説|ガチャガチャ・上

          生気の薄い眼をして、お前はアパートの玄関に鍵をかけた。朝8時15分の光線の白さに剣呑な表情で目を細め、頼りない足取りで歩を進める。先に部屋から出て、お前のことを小一時間待っていたこちらに見向きもしないで路傍を行き出したものだから、俺は思わず強めにお前の肩を掴んだ。お前はこちらの手が存在しないかのように肩を軽く揺すって抜け、黒鞄をかけ直す。一つ舌打ちをした。いつだってお前は俺の話なんざ聞きやしないんだ。 「明日こそは30分前には出社できるよう家を出るんだって言ってたのはお前

          短編小説|ガチャガチャ・上

          短編小説|「痛」

          最近、痛みが簡単に引く。 酷く散らかった部屋でベッドに腰かけながら、左手首に視線を落とす。まだ一回だって線が引かれたことはない手首。 換気不十分の空気を浅く吸って、諦めのように吐き出した。自分で自分の体を傷つけることができない臆病者なのだから、せめて心の方には傷が残ってほしい。自分のどうしようもなさを否応なく自覚し、確かに行動に移せるだけの。 自分の先延ばし癖のせいで、第一志望の企業のエントリーを逃した。 相手への配慮を欠いた言葉をSNSで送り、数少ない大切な友と仲違いを起

          短編小説|「痛」

          掌編小説|或る、花冷えの

          霜柱の立った地面というのは存外見た目で直ぐ判る。良く見ると小さな穴が所々空き、薄く白い霜に覆われ、それに何より土がグンと浮き上がっているから。 ジャクッ! 勢い良く一歩踏み出せば、そんな小気味よい音を立てて私の足元は数センチ沈んだ。靴を地面から持ち上げれば、くっきり残った足跡の周囲に細い氷の束が幾つも倒れているのに気付く。何の変哲も無い近所の野良道が、一晩の内に私の遊び場に変わっていて。自分が思わず笑顔になっているのを自覚しながら薄白い地面に足を下ろした。ジャクジャクジャ

          掌編小説|或る、花冷えの

          掌編小説|雨上がりの

          水溜まりに映っていた。 風で水面がゆらりと揺れて、細波が幾つも生まれて消えた。後ろでパシャンと車がアスファルトの水溜まりを抜けて、けれども直ぐに静かになった。 覗き込めば、私がゆらゆら揺れていた。酷く幼い顔をしていた。泣きだしそうで、いや、目元はもう充分赤くって。生まれてきてから今まで、ずうっと泣いてきたような、口端が微かに歪んで、不器用で、辛そうで、なのに頑張って笑って、大丈夫、大丈夫だからって。 そっと目を瞑って、顔を上げる。 この、雨上がりの空気が好きだった。 空中

          掌編小説|雨上がりの