毎日一首評⑤

抽斗しの鋏錆びつつ冷えていん遠き避暑地のきみの寝室
/寺山修司『血と麦』

 景は単純である。抽斗の中で鋏がだんだんと錆びながら冷えているだろうという推量と、遠い避暑地にあるだろう「きみ」の寝室というアイテムの取り合わせの歌である。だが、それ以上深く読もうとすると、取り合わせの必然性を解決できずに深入りすることができない。寺山の歌は暗喩に長けており、それを読み解かないと先へ行くのは難しい。

 さて、歌集中でこの歌の前後に置かれている歌に目を向けてみよう。

遠く来て毛皮をふんで目の前の青年よわが胸撃ちたからん
一つかみほど苜蓿(うまごやし)うつる水青年の胸は縦に拭くべし
海の記憶もたず病みいる君のためかなかな啼けり身を透きながら

 これらの歌から「きみ(君)」は病気を患っていることが分かる。しかも、おそらくは胸の病だ。歌集出版の年代(1962年)を考えると、「きみ」は結核なのではないか。そうなると、「きみ」がいるのは高原のサナトリウムだと読んで不自然はない。

 用意は整っただろう。当初の歌に戻る。つまり、「抽斗し」はサナトリウムの喩であり、「鋏」は「きみ」の喩だということだ。徐々に病に蝕まれてゆく様を、使われないまま錆びゆく鋏になぞらえている。「冷えていん」というのがまた悲しく、「きみ」が死へ向かっていることを思わされる。「遠き避暑地」というのも「避暑」のために行っているわけではないし、「寝室」も実は病室のことなのである。このような喩の巧みさは作者の本領と言える。

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