見出し画像

りっちゃん

りっちゃんはいつもニコニコしている。
目が開かないんじゃないか?ってくらい
いつも目を細めてニッコリしている。

りっちゃんは保育園に通う5歳の女の子。
黒くて長ーい髪がちょっと癖っ毛でウェーブをかけたみたい
おしゃれな子。

りっちゃんはcity girl。
町を貫く国道。南北25㎞のうち、信号機はたった2個。
そのうち一つがお家の目の前。町の中心地のあかし。
役場もすぐ近く、町のメインストリートに住んでいる。

りっちゃんはおりこうさん。
お母さんの言うことはなんでもわかる。
ちゃんと言うことを聞く。

でも、誰もりっちゃんの声を聞いたことがない。
生まれてから一度も
りっちゃんは声を出したことがない。
言葉も話さない。
ずっと口を閉じている。
ニコニコしたまま閉じている。

りっちゃんはおませさん。
彼氏をつくった。
月二回、言葉を使わない保育園児の教室が
北の峠を越えた街で開かれる。
そこにこーへーくんがやってきた。

こーへーくんは東の町から峠を越えてやってくる。
目のパッチリした男の子。
とっても頭がいい。
いつも本を読んでいる。どんな文字でも読んでいる。

こーへーくんは車が好き。
どんな車でも知っている。
ほんのちょっと、チラッとみただけでわかっちゃう。
改造車でも、事故でぺちゃんこになった車でも。
大人は駐車場にとまっている、知らない車をこーへーくんに聞く。
こーへーくんは答えられなかったことは一度もない。
こーへーくんは気持ちを言葉にできないけど、
「そんなことも知らないのか、しかたがないな……」
って顔をしている。
とってもクール!

りっちゃんはこーへーくんがお気に入り。
いつもとなりに椅子を並べる。
こーへーくんは手を握ってもベタベタしても嫌がらない。
本を読み続けてよくわからないみたいだけど、
男の子は奥手だからね。
ほかの男の子みたいに乱暴なことをしない。
とってもいい彼氏見つけちゃった!

りっちゃんは北の教室が楽しみ。
こーへーくんに会える。
こーへーくんと仲良くして、お世話をしてあげる。
そんなしあわせな教室。
りっちゃんはニコニコになる。

新学期になった。
雪は溶けて桜が咲くのを待っている。

りっちゃんは北の教室に行った。
いつものように自分の椅子とこーへーくんの椅子を並べた。
そしたらお母さんと先生がこーへーくんの椅子を元に戻そうとした。
なんでそんなことするの!りっちゃんは声を出さずに怒った。
おかあさんがなんか言っている。
「こーへーくんは家族で東京に引っ越したからもう来ないんだよ」

どういうこと?いいの!こーへーくんはりっちゃんのとなりなの!
りっちゃんは声を出さず、目でそう言っていた。
りっちゃんはこーへーくんの椅子をとなりに並べた。
お母さんと先生はりっちゃんのしたいようにさせた。
でも、こーへーくんは来なかった。

次の教室の日も、その次の教室の日も
りっちゃんはこーへーくんの椅子をとなりに並べて待っていた。
ずーっとずーっと、入口のほうを見て待っていた。
でもこーへーくんは来なかった。

りっちゃんはわかった。
もうこーへーくんは教室には来ないことを。
それがどうしようもないことだとわかった。
りっちゃんはこーへーくんの椅子をとなりに並べるのをやめた。

りっちゃんは声を出さない。
でもいつもニコニコしている。
とてもステキな笑顔をしている。
きっと幸せになる。






この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?