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【カルデア猫食堂】私の可愛いザッハトルテ

 カルデアの食堂はスイーツも充実。でも、その日その時、誰がいるかは運次第。
 赤い弓兵は大人気。ウェイターとしても大人気。
 黒い聖女は甘いの大好き。お友達にはナイショだよ。
 狂気のケモノはサブチーフ。お菓子の腕も確かだが……?
 
 
「あら、ジャンヌ。今日のティータイム担当はキャットさんだけみたいよ? 行かなくていいの?」
「えっ⁉︎ 本当ですか⁉︎」
 マリーの言葉を受けて私は自室を飛び出した。
「ありがとうございます! このお礼はいずれ!」
「いってらっしゃい。あのコによろしくね」
 
 ティータイム担当がキャットさんだけの日はそう多くない。だが、その日は私にとって大切な日になる。
 
 食堂前に辿り着くと、案の定彼女、ジャンヌ・ダルク・オルタは食堂前の廊下を行ったり来たりしていた。私は息を整え、偶然を装って声をかける。「こんにちは。奇遇ですね」と。それからギャンギャン喚く彼女の手を引き、食堂に入る。なんだかんだと喚きながらも、手を振りほどかないのが可愛らしい。
 
 なんとか席に着かせた彼女が、周囲を伺い、居心地悪そうな様子を見せるのもいつもどおり。私には、その自尊心の低さが痛ましい。私が言うのもなんだけれど(本当にどうかとは思っているのですよ? だって基本的に同じ顔ですから)、彼女は周りの女性陣に負けないくらい可愛いのに。
 
「おや、白黒聖女。いらっしゃいませだワン」
「こんにちは。キャットさん」
「ちょっと、ひとまとめにしないでくれるかしら?」
「現在我らが食堂は第一種ティータイム配備即ちデフコンワン。ケーキの貯蔵は十分だぞ!」
「はーあ、ティータイムだのケーキだの。今だって人理の危機でしょうに呑気なものよね。ていうか! 無視するんじゃないわよ!」
「今日はどんなケーキがありますか?」
「ふむ、今日はだな、チーズケーキ」
「地味ね」
「季節のフルーツタルト」
「ごちゃごちゃし過ぎでしょ」
「ザッハトルテ」
「真っ黒で薄気味悪い」
「苺のショートケーキ」
「ふーん……」
「……」
「……」
「……ちょっと、なんで二人そろってこっちを見るんです?」
「いえ、なんでもありません」
「うむ、なんでもないぞ。とにかく今日のケーキは以上だお客様!」
「えっと、じゃあ私はコーヒーとザッハトルテを。オルタは」
「あー……いち……いえ、コーヒーだけで結構よ」
「あいわかった。コーヒーふたつにザッハトルテをひとつだな」
「私はコーヒーだけだからね! 間違えるんじゃないわよ!」
「わかったわかった」
「絶対に間違えるんじゃないわよ!」
「うむうむ。良きに計らう故、キャットに万事お任せするがよい」
 
 
「不安だわ……」
「まあまあ。あれでキャットさんは頼りになる方ですよ」
「おめでたいわね、聖女様は。あいつ、しょっちゅう注文間違えるのよ」
 しょっちゅう●●●●●●ではなく、いつも●●●ですよ、とは言わないでおく。
「待たせたな!」
「ほら、来ましたよ」
「フン」
「白い聖女には、コーヒーとザッハトルテ」
「ありがとうございます」
「黒い聖女には、コーヒーと苺のショートケーキ」
「私、ケーキは頼んでないんだけど?」
「おや? 間違えたかな?」
「アンタいっつも間違えてない⁉︎」
「そう怒るでない黒聖女。コウボウエラーズというではないか」
「それも何かが間違ってないかしら⁉︎ ……えー……ところで……このショートケーキですが……」
「コマッタナー。いまさら他の客に出すわけにもいかぬナー。誰か食べてくれると助かるナー。いかがか?」
「そっ……そういうことなら仕方ありませんね! ええ、仕方ありません!」
 オルタはキャットさんがそろりと差し出したケーキ皿を、言葉とは裏腹にしっかりと掴む。
「一件落着だな。それでは貴様らごゆっくりするがよい!」
「キャットさん」
 しっかりと役目を果たして去ろうとするキャットさんを呼び止める。
「なんだ白聖女よ」
「あの……ありがとうございます」
 いつもオルタのために間違えてくれて。キャットさんはニシシと笑うと、尻尾と手を振りながら厨房へと戻っていった。
「ほうらね、やっぱり間違えたじゃない、あの猫」
「そうね。オルタの言うとおりだったわね」
 オルタの期待どおりにね、とは言わないでおく。
 
 
 私は知っている。間違いから始まったことでも、その結果が不幸とは限らないことを。間違えて運ばれてきたショートケーキを美味しそうに食べるオルタを見て、私は改めて思う。間違えてくれてありがとう、と。この幸せな時間は、間違いから始まって、間違いを積み重ねた末にしか存在しなかったのだから。
 
 
 さあ、私もケーキを食べよう。
「またザッハトルテ? あなたそれ好きよね」
「ええ、私はこのケーキが大好きなので。真っ黒でそっけない見た目の中に、優しい甘さを隠したザッハトルテ。……可愛くて、大好きですよ」
 オルタをまっすぐに見つめてそう言うと、彼女の白い頬が真っ赤になる。
「はぁ⁉︎ あんた何を突然⁉︎ あ、いえ、ケーキのことよね! 趣味が悪いわね!」
「そうかもしれませんね。でも、私は素敵だと思います。大好きです」
「そ、そう。好きにしたらいいわよ……」
 オルタは真っ赤な顔で目を逸らす。甘い時間は始まったばかり。今日は私の可愛いザッハトルテをしっかり楽しむことにしよう。

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