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運動オンチ40代の主婦が、八ヶ岳に登ることを夢みて登山学校に入った話


私には趣味や夢がないなあと思ったことはないだろうか。

実は、私も10年前は仕事と子育てに追われた日々を過ごすだけだった。楽しみといえば、レンタルビデオ店で韓ドラを借りて号泣すること。

そんな私が今では登山歴9年、山岳会に所属し毎週登山。

この記事では、私がどうやって登山という趣味をもち大きな山に挑めたのか、そのヒストリーをお話しよう。

この記事を読んだあと、きっとあなたも夢に挑戦したくなるはずだ。


母からの一本の電話

登山を始めたのは、ささいなきっかけだ。それは遠方に住む母からの一本の電話だった。

「あんたの好きなアイドルが今晩、テレビにでるよ」

夕方、主婦にとっては忙しい時間。そんな時間をねらって母は電話をかけてくる。2013年6月、まだ固定電話が一般的な時代。
この時間なら私が確実につかまるからだ。

「わざわざ、教えてくれてありがとう」と言って早めに電話を切り上げる。

母は私が中学生のころに好きだったアイドルに、いまだ心酔していると思っている。私ももう40代、3児の母だ。子育てと仕事に追われてアイドルの尻をおっかけている暇はない。しかしそれを言わないのは、昔好きだったアイドルがでるテレビ番組をチェックして、それにかこつけて私に連絡してくれることが母の楽しみだとわかっているからだ。

夕食の片付けを終えて、お風呂に入る。プシュッ!

1日の終わりに缶ビールを飲むのが、私の至福の時間。そうだ、母が教えてくれたテレビ番組でも見てみようかと思い、リモコンのスイッチを入れチャンネルを合わせる。

どうやら山を歩く番組らしい。アイドルの彼がうれしそうに山を登っている姿が映し出されている。ハードな山らしく、途中息を切らして辛そうなシーンもあった。山小屋に到着後、彼はリクエストに応えてギターを弾き語りする。昔大好きだった曲が流れてきた。
美しく雄大な風景をバックに昔好きだった彼がうつっている。当時中学生だった私にとって、とても大きな存在だった彼がとても小さく見えた。

どんどん、映像に引き込まれていった。

番組が終わるころ、すでに私の気持ちは八ヶ岳に傾いていた。
反射的に番組中に流れた登山のルートを私は、ガラケーでテレビ越しに撮影していた。

【北八ヶ岳ルート】
麦草峠〜白駒池〜高見石小屋〜中山〜〜黒百合ヒュッテ〜東天狗岳〜西天狗岳〜根石岳〜本沢温泉〜稲子湯

ナメていた…… ほしだ園地で滑落しかける!

いくら登山をしたことがない私でも、いきなり八ヶ岳は無理だとわかっているので、休日に幼稚園生の娘と2人、近所のほしだ園地にでかけた。ほしだ園地は山全体を大きな公園にしたようなところ。水筒をぶら下げて、ジーンズに白シャツ、リュック、スニーカー。それらしい格好になった。

簡単な道だとなめていた。歩きやすい遊歩道もあれば、暗く細い登山道もある。私と娘は完全に登山道に迷い込んでしまっていた。

日が傾いて、あたりがだんだん薄暗くなってくる。
当時スマホもなく、もちろん地図さえ持っていない。頼れるのは所々に設置されている標識だけ。

足元は、片側が切れている細い登山道。娘と慎重にその道を下っていく。

なんとか無事に駐車場まで戻れたが、一歩間違えば滑落遭難だ。山を知らない私は、山の恐ろしさを知った。

八ヶ岳登山は夢に終わった。

復活

ほしだ園地の一件から、登山を諦めていた。

2013年12月、学生時代の友人から久しぶりに電話をもらった。学生時代いつも仲が良かったメンバーで新年会を開くことが決まる。

2014年1月、40代女子数名がワイワイと梅田に集まった。梅田駅は来るたびに様変わりしており、いつも緊張する。そろそろ大学を卒業して20年になる。みんなそれぞれに自分の人生に焦りを感じている。子育てと仕事に追われた毎日を過ごし、子どもの手が離れてきてふと思う、趣味がないのだ。

友人の1人が、「何かやりたいことないの?」と私に尋ねた。
「登山してみたいんだけどね〜」と私は反射的に答えていた。
「でも何もわからなくて、どうしたらいいかわからないの」

「山岳会を調べてみたら?」

「え?山岳会?」

実は友人の母親の趣味が登山で、山岳会で活動しているらしい。
「各都道府県に山岳会があるから、ネットで調べてみるといいよ」と彼女は教えてくれた。

早速帰宅後、パソコンに向かって「山岳会」と入力してみた。

「あった……」

さらに調べてみると、なんと「登山学校」の文字が。

私は、早速メールで問い合わせ、無料で開かれるオリエンテーションに申し込んだ。

やったーこれで八ヶ岳へ行ける!

私の夢は復活した。

登山学校で1年間学ぶ

2014年4月、室内でのオリエンテーションには、数十名の応募者が参加していた。
そこで、登山学校に入学するにあたって、最低限必要な装備を教えてもらう。

どんな登山靴を買えばいいのか、どれくらいの容量のザックを買えばいいのか。登山中のトイレはどうしたらいいのかなど、事細かに教えてもらった。

また一歩、八ヶ岳に近づいた。

5月から3月までの約1年間に、全9回の実習登山と全9回室内学習がある。そのほか、消防署での救命講習も受けられる。
月1回の室内学習と、その翌週に開催される実習登山がセットになっている。室内で学習したことを、翌週歩きながら学べるのだ。また山の歩き方から、装備の基本、お天気、地図読みまで体系的に登山を学べるのが大きなポイントでもある。

オリエンテーション終了後、登山学校に受講を申し込んだ。

皆勤賞とラスボス

2015年3月、登山学校の卒業式の日に私は「皆勤賞」をいただいた。大人になっても、賞状をもらえるとうれしいものだ。

入学したばかりの5月、運動すらしてこなかった私は実習登山で神社の階段を登るのさえ息を切らしていた。

「神社の階段」の次は、「大文字山」、「比叡山」と大きな山が次々と私の前に現れた。その度に、ボスを倒すかのような勢いで、ただ目の前の山を登ることだけに集中していた。大文字山の火床からひときわ高い山が見える。高さ924m、京都市で2番目に高い山で愛宕神社の総本山「愛宕山」だ。まるでラスボスのように私の前に立ちはだかっていた。八ヶ岳の前にあれを倒さねば。
勝手に私はそう思い込んでいた。

登山学校のカリキュラムに愛宕山は含まれていない。

登山学校を卒業した3月、私は娘たちとラスボスを倒しに行った。結果は圧勝とは言えないまでも、クリア!

八ヶ岳への切符が手に入った。

卒業してから

あれから9年。

私は、山岳会に席をおいて登山学校で学んだ仲間たちと活動している。
9年の間に6回、積雪期を含め八ヶ岳に登った。今はあの頃のように攻略してやるという気持ちでなく、山に入らせていただいているという謙虚な気持ちで。

同期の仲間たちも、それぞれ自分の道を見つけながら登山活動をしている。登山学校のスタッフになっている者もいれば、里山歩きを楽しんでいる者もいる。

先日、ライター取材で9年ぶりに登山学校を訪れた。
そこには大きな山に登りたいという夢をもっている当時の私がたくさんいた。

おわりに

夢は、いくつになっても持ち続けられる。
叶うかどうかわからない夢を追い続けるのは苦しい。
夢を持つには、エネルギーが必要だ。
だから夢を持っている人は輝いて見えるのかもしれない。

疲れたときは、夢を追うのをお休みしたっていいじゃない。
本当に叶えたい夢ならば、必ずまたフツフツと心の底から湧き上がってくる。

この原稿を書きながら、過去の自分を思い返しそう思った。
50代になった今、私は新たな夢に向かって進んでいる。
登山と同じ、歩き続けると疲れるから休みながらね。

夢を持てた今日1日に感謝を!「乾杯」

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