推し地下アイドルの卒業後、初めてそのグループのライブを見に行った話

10/02追記:一部、ちょっとわかりづらいかなと思った箇所の文言を変えました(内容に大きな変化はありません)。思ったより多くの方に見ていただいていて驚いています。ありがとうございます。


私、〇〇は8月19日をもちまして□□を卒業することに決まりました。

その「大切なお知らせ」が出たのは7月27日で、それから8月19日までのあいだは驚くほどあっという間に過ぎ、そして8月19日からの1か月はそれ以上にあっという間に終わった。

私はいわゆる「地下アイドルの女ヲタ」だった。推していたのは、地下アイドルの中でいうと、だいたい真ん中より少し下くらい。ちょっと大きめの会場でワンマンライブをやったら数百人集客できるけど、固定の客は十数人、というレベルの。

私はその「固定の客」のうちの一人だった。週に一度は必ず、多いときは週に4回ほどライブに通い、声がカスカスになるまで推しの名前を呼び、ダミ声でMIXを打ち、ガチ恋口上をして、チェキを何度も撮って、特に良かったライブでは1000字を超えるような感想を書いた。そういう女は基本的に少ないので、喜んでいてくれていた…と思う。

当たり前だが、推しメンからの認知もある。好きなゲームやアニメのことも、ヲタク用に使っているハンドルネームとは違う本名も知られている。会いに行くたびに彼女は「〇〇ちゃん!ありがとう!」と笑顔を向けてくれた。何度も手を握ったし、見つめ合ったし、本当に大好きだった。

私の好きなグループは、3人メンバーがいた。私が現場に通い始める少し前までは特に、結構人気が高かった。平日のワンマンライブに1000人集客したこともあったし、大きいフェスに出たりもしていた。けれど色んな偶然が絡まりあって、ちょうど私が行き始めた時期に少しずつ集客が落ち始めていた。

そんな中で、唯一初期から残っていたリーダーが卒業し、私の推しメンがリーダーに就任した。あわせて新メンバーが2人加入したものの、1人は家庭の事情ですぐに辞めざるをえず。続けてもう1人の古参メンバーが卒業し、同事務所ほかグループにいたメンバーが移籍してきた。目まぐるしい変化だった。

基本的に「少人数グループのメンバーの頻繁な入れ替わり」はヲタクとしてはあまり好ましく思われない。だから「〇〇ちゃんがもういないし、□□のライブには行かない」「△△ちゃんが卒業した□□に意味はない」そんな辛辣な言葉を普通にインターネットで見かけたし、アイドルはエゴサをしていいねをする習慣があるから、そのどれもを見かけていたはずだった。リーダーとしての自分の責任も強く(強すぎるほど)感じていたのを知っている。

だけれど私の推しメンはとても負けず嫌いで、泣き虫で、でもプライドがあって、それを裏打ちするほど努力家で、最初は不人気メンバーだったのに圧倒的パフォーマンスを引っ提げて人気メンの位置に立ったような子だったから。時には私に泣き顔を見せることもあったけれど、「裏ちゃんを大きい会場に連れていきたいから、ずっと見ていてほしい」「私にとってはアイドルが生きがいだから、アイドルを辞めたらどうやって生きたらいいのかわからない。だからこれからもアイドル続けるよ」と力強い言葉を何度もくれた。私もそう信じていたし、何があってもこの子のそばにいて、たくさん褒めて、たくさん肯定して、一緒に歩いて行こうと思っていた。

だから、卒業と言われても、意味が分からなかった。

そういう決断をくださなければいけないほど、あれだけアイドルが好きだった子が卒業の選択肢を取らなければいけないほど、追い詰めた運営や周りやヲタクを恨んだ(もちろん本人はマイナスな気持ちでの卒業ではないと言ってくれていたけれど、自分で納得できないがゆえに私の感情の矛先としてそこを選んでしまっていた)。

本人が決めたことなのだから笑顔で送り出したいと思うし、否定したら本人の意思を否定してしまうことになるのに、卒業してほしくなくて、毎日本人には見えないように泣いたり怒ったりしていた。

卒業発表がされてから卒業まで、ほとんどすべてのライブに参加して、たくさん喋って、たくさん名前を呼んだ。

地下アイドルの世界ではよく、卒業したのに翌日には別グループの新メンバーとしてデビュー…なんて子もいるが、推しははっきりと「私のアイドル生活はこれで終わりにします」と言っていたし、そういう嘘をつくタイプではないから。もう8月19日が終わったら、彼女の名前をコールすることも、ガチ恋口上をすることもないのだ。

でも、あっけなく8月19日の卒業公演は終わった。最後のチェキで「またね」といった彼女の気持ちも、もう確かめられない。毎日あったツイッターの更新もない。あの子と出会ってから7日以上会わなかったことなんて一度もないのに、もう30日以上会っていない。

そんな中、推しメンの卒業後に入った新メンバーの生誕祭開催が告知された。まず思い出したのは、最後の彼女のツイートだった。

いろんな気持ちがあると思うんだ。私のいない□□を見るのが寂しいって思いを抱いてくれている人もいると思う。落ち着いたらでいいんだ、2人が歩んでいる道のり、これからの□□を見ていてほしい。絶対に輝いているから。」(原文ママ)

卒業の1年前に言われたことも。

まだ卒業しないよ!?でも…いつか私が卒業する日が来ても、裏ちゃんには□□を好きでいてほしい。私がいなくても□□を好きでいてもらえるくらい、□□を素敵なグループにするよ!

卒業から1か月以上経って、彼女との約束をきちんと果たさなければ…という気持ちにようやくなれたと思った。私は40日ぶりに、アイドルのライブに予約を入れた。

ーーー

生誕祭当日、慣れ親しんだライブハウスに入ると、色々な知り合いから「裏声さん!めっちゃ久しぶりじゃないですか!」と声を掛けられる。懐かしい面々だなあと思いつつ、いつもの定位置(推しメンがソロパートを歌うところを目の前で見やすい上手2番目のポジション)につこうとして、止まる。もういいんだった、ここに立たなくても。できるだけ前、できるだけ推しメンの近く、と躍起になっていたのになあ。少し下がって、落ち着いて見られるくらいの位置に立った。自分が緊張と恐怖で饒舌になっていることを自覚し、喋るのもやめた。

そして私は初めて、推しメンのいない推しグループのライブを見た。

あまりにも無力だった。

今までは、メンバーが入ってくる段階で声を張り上げ、好きな曲のイントロがかかれば奇声をあげて飛び、まあとにかく自由に楽しんでフロアを堪能していた。毎回ライブが終わると汗だくになるくらいだった。

なのに、まったく身体が動かなかった。もともとそれなりに楽しむつもりでペンライトも持ってきていたし、声も出そうと思っていたのに、何もできなかった。これがイップスか…とテニプリのことを思い出す余裕があるくらいにはライブが遠い存在に感じた。目の前でやっているのに。ほんの1メートル先にアイドルがいるのに。

推しメンの歌っていたパートは、基本的に新メンバーが歌っていた。当たり前だが、まったく違う。これは新メンバーがダメとかではなくて(むしろ新メンバーにしてはダンスも歌もかなり頑張っていると思ったし、そこはちゃんと褒めたいと感じたくらい良かった)、ただ「私の知らないグループ」として認識してしまうのだ。ステージに、推しメンの姿を探してしまう。いるわけがないのに。

どこを見ていいか、分からないのだ。

私はとにかく推しメンのことを褒めるのが好きで、推しメンは褒めがいがある子だった。指先ひとつに至るまでひどく気にしていて、ほんの少しの身体のブレすら悔しい、と言う子だった。だから細かい部分も必死に見て、「あの曲のBメロで別の子が歌ってるときに足でリズムをとりながらフロアをよく見て、かつ目線配っててえらい!」とか「あの曲のあのパートの「も~」って部分のファルセットがどんどん安定してるし、そのあとあの音につなげるの難しいのにブレスのタイミングが絶妙!」みたいな褒め方をしていた。

それが仇となり、当時の曲を聴くと推しメンの好きだった部分がいくらでも鮮明に思い出された。まるでステージにあの子が立っているかのように錯覚するほど、脳内で再生できる。あのステップ苦手って言ってたけどうまくなったよなあ、ああここのターンの右手の指先綺麗だったなあ、ああ、ああ、あの子がいない。いない。空白だ。

ライブ中、私のことをよく知っているメンバー2人と目が合った。私は泣いていたので、驚いた顔と「そりゃそうだよね…」という顔をされた。

ごめん。決して今のライブが悪いわけじゃないんだ。むしろ40日前に見たときよりダンスはバキバキ、歌も気合が入ってだいぶ上達していて、驚くくらいだった。ちゃんと推しメンが教えてきた芯が、ダンスが、受け継がれていると思った。嬉しかった。でもそれ以上に、推しメンがそこにいないのが、どうしても悲しかった。

ライブが終わり、メンバー3人とチェキを撮った。めでたい席に泣いてしまって申し訳ないということと、新体制のここが良いと思った点を伝え、向こうからは「簡単なことじゃないと思うけど、でもいつでも待ってるから」と言われて、ああダメなヲタクだなあ、とひどく反省した。

結局、私はまだ推しメンの卒業をちっとも受け入れられていないんだと思う。いる気がしてしまう。会える気がしてしまう。

こんな状態では現メンバーにも現メンバーのヲタクにも失礼だと分かるので、ちゃんとリハビリして、受け入れて、推しメンと約束したようにこれからのグループを応援していきたいという気持ちはちゃんとある。

ただ、まだ時間はかかりそうだ。

今こうして書いていても、やっぱり会える気がしてしまうんだよ。

会いたいなあ。


1/10追記:続編を書きました↓


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