見出し画像

書きたいのは読みたいもの

お腹に猫が居座ってしまったので久しぶりにnoteを書く。

最近、リライトの案件を受けて久々に他の人の文章に触れている。
まあリライトの予算がつく時点でお察しなんだけどひどいものだ。
ほぼ、参考にしたものの内容そのまま。
複数参考があるものなんかはツギハギで1文経たら矛盾してるなんてこともある。

ただ、文献は書籍も多いし、さすがにコピペではないみたい。見ながら写したといった感じだ。
だからこその大間違いもあったりするし。

これを書いた人がいくらでこの仕事を受けたのか、どれくらい時間があったのか、そういうのがわからないので仕事ぶりを批判する気はない。
しかし、どうしても思ってしまう。

「この仕事、楽しかったかなぁ。」

私は文章を書くのも新しいことを学ぶのも好きだ。だからライターをやっている。
でもリライト前の文章からはどちらの楽しさが感じられない。
頭にいれず、美しい文章にもせず、ただうちこんだだけ。

少し話がずれるが、私の文章のスタートは、漫画の二次創作である。

本当は原作で読みたいけど、書いていないし、他の二次創作作品でも見つけられなかったから自分で書くしかなかった。

読みたいから、自分で書く。

そのスタンスは文章を仕事にしてる今でも変わらない。
こういうふうにまとまってたらわかりやすいのにないから書く。
小難しい論文はおもしろい内容をちゃんと素人に理解できるような作りになってないから、私が紹介の記事を書く。

全部そう。

参考が書籍だろうが、論文だろうが、Webサイトだろうが、私の読みたい文章で焼き直すのが私にとって「書く」という行為だ。

だから、読みたくならない文章を生み出す行為がよくわからない。
少なくとも、その文を書いたあなたがその文に参考よりも魅力を感じないなら、書き直した意味がないんじゃないかなぁ。
それって楽しくないんじゃないかなぁ。

まあ仕事を楽しさ重視でするのは間違ってるのかもしれないけどね。

私は楽しい仕事しかしたくない。
自分が読みたいと思う文章しか、書かないよ。

この記事が参加している募集

ライターの仕事

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?