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不動産女子が過ごした20年

20年の節目、そしてまた20年

5月22日のTweetで、若くて頑張っている不動産業界の人はすべてライバルだと思っている、と言ったチャーですこんにちは。

大阪で不動産コンサルなる怪しげでゆるふわ(?)なお仕事をしております。
あっさり「コンサル」と表現しましたが、「オーナー様と管理会社の『足らず』を埋める」をモットーに、1棟モノの収益不動産オーナー様のよろず相談所的なことをしていて、そのために去年は公認不動産コンサルティングマスターの資格も取りました。

ファンドバブルどころか「山一証券倒産」「北海道拓殖銀行倒産」のあおりを就活でモロに被った世代の人間の昔話に大した需要があるとは思えませんが、ガチで女性の目から見た不動産業界の20年、そしてなぜ若い人たちをライバルだと思うのかについて自己内省の意味も込めてつらつら書いて行こうかと思っております。

「なんで不動産屋になったの?」

当時2002年3月に晴れて不動産業界に足を踏み入れたわたし。
多分何百回と聞かれたのが「なんで不動産屋になったの?」です。

元々新卒では、超氷河期にも関わらず某おしゃれ系通販会社に20,000人から14人しか内定の出ない狭き門を勝ち抜いて入社したにも関わらず、数年でまさかの「不動産屋」、そりゃ周りに言われまくりました、なんで?って

理由は明快、かつシンプルで「フラれた彼氏が不動産屋で、なんとかしてもう一度会いたかった」から。
だって「もう二度と会わない」って言われてさ、さすがに「契約だったら会ってくれるでしょ!!!」って、男の人には「コワい」と言われますがホントだから仕方ない。

で、当の元彼は自分の仕事を「抱き屋」と表現していたのですが、今でいうところの収益メインの買取再販業者さんだったんですよね。
なのに不動産業界のことを何にも知らない私が最初に入社してしまったのは商業不動産専門の仲介業者w
全然畑違いw
そこで20年間ずっとずっと師と慕う社長に出会ったのですが、それはまた別の機会にお話しするとして、そこから私の経歴をざっと並べてみます

20年…いろいろ見てますわね

2002年春 商業不動産専門仲介
 ⇩ (不動産投資ファンド黎明期)
 分譲マンションデベ(いろいろ企画屋さん)
 ⇩ (大京系分マンデベ乱立、のちに一気に潰れました)
2007年夏 某事業会社の不動産資産管理会社←ここからPMメインに
 ⇩ (24億の物件で8億とか抜いてたファンドバブル全盛期)
 ⇩ (リーマンショック→ファンドバブル崩壊)
 ⇩ (全ファンド物件のPM担当だったため過労でぶっ壊れ)
 自社保有メインの不動産会社
 ⇩ 賃貸管理システム黎明期、賃貸革命触りだしたのこの頃
 ちょっとだけ実需買取再販
 ⇩ ☆この時期に目標だった元カレと収益1棟売買契約☆
 不動産管理会社
 ⇩ (スルガ黎明期→個人投資家台頭→管理新規受託で無双発動)
2021年春 独立

⇩の右側は私が体感していた不動産市況トピックです
ちなみに地価動向は不動産ジャパンのデータで見るとこんな感じ
※2002年にフォーカスしてたら平成29年のデータ!古い!

平成3年にバブル崩壊、そこから上がったの東京だけですねー
大阪の商業地は2002年(平成14年)底値ですねー


物上げは今も昔も

この2002年(平成14年)て、前年の2001年に初めてJ-REITが上場したんですよね。
当時の社長(師匠)は既に商業不動産ファンドのリーシングやっていらして(その成約事例として某ブランドのショップが求人写真に載ってたので仕事内容もわからず応募→採用)、今では老舗になった商業物件ファンドさんとの横文字だらけの会話で仕事をしておられたのですが、そんなキラキラっぽい仕事が不動産の「ふ」の字も読めないレベルの私にわかるわけありません。

まずは吉田地図のCD-ROM(DVDですらない…)からプリントアウトした地図を、エリアごとに糊で貼り合わせて現地を自転車で走り回り(このころからの筋金入りチャリ営業だw)商業物件の物上げ出来たら塗りつぶしていく、という物上げ作業から私の不動産人生は始まりました。
現地の募集看板で電話して、物件資料もらえたら資料作って、四季報とか当時のナントカ業界情報とかをもとに出店してくれそうな法人さんに電話掛けて「物件をご紹介したいのですが」って営業をやってました。

地図がCD-ROMだったり、物件資料がFAXだったりすること以外は、意外と物上げのやり方って今もわりと原始的で多分そんなに変わってないんじゃないかと思います(違ってたら教えてください!!!)
店舗開発の営業の方や、小さな会社さんだと社長さん宛に直接物件提案に行ったりしながら、閉店セールをやってる店舗には飛び込みで「つ、つぎのテナントさん決まってるかご存じですかっ!!!」って食い気味に店長ににじり寄ったりと、元某おしゃれ通販会社でゆるゆる売れない商品企画をやってた私が営業にどっぷりハマるようになっていったのには、師匠の前で何度も何度も泣いたいろんな指導があってこそなのですが、それと時を同じくして、実家の母が病気であっという間に亡くなり、私の不動産人生で初めての転機が訪れます。

というわけで、だーいーぶ長くなりそうなので、いったんこの辺で区切りましょうか。

元々の目標だった「元カレと『契約』をするまで」あと12年(ぐらい)!!

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