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牛の声を聞いたことがあるか


こんにちは。ウシワカです。
兵庫県北部で牛飼いをして生きています。

突然ですが皆さんは牛の声を聞いたことがありますか?
モー」とか「ムーー」とか……いやいや今日はそういう話とちゃいますねん。



牛飼いの仕事をしていると、どうしても牛を移動させる必要が出てきます。
お産前で分娩室に、市場前に洗う為に、離乳の為に。
これ以外にも様々な理由があります。
そんな牛移動ですが、概ね牛にとってはストレスです。慣れた牛小屋から出るのも、トラックに乗るのも、車の横を歩くのも。
目がよくない為、日陰から日向に出るのだって怖がります。非常に繊細。

そんな中でもなんとか牛達に歩いて欲しいわけなんですが、これが難しい。
牛にもよりますが怖がったら最後、テコでも動きません。
約500kgある親牛は人間のパワーでは引きずることも不可能です。むしろ引きずられて終了。

無理矢理引っ張っても駄目。
大きな声で脅しても、運が良ければ動くけど大概は怖がって硬直してしまいます。何なら暴れたりしてあまり良い結末は迎えません。
じゃあどうするか。「牛の声」に耳を傾けます。



皆さんもご存知だとは思いますが、牛は日本語を話しません。
「来いよ」と声をかけても来ないし、「来るな!」と言っても突撃してきます。
そんな彼らとは言語を使ったコミュニケーションは出来ません。しかし毎日ずーーーーーーっと見ていると何を考えているかが段々分かってきます。
嫌な顔、テンションが上がった時の顔、何かを恐れている顔、身体を撫でて欲しい時の顔。
人間に比べて表情も乏しく、もちろん話さない。だけど僅かに表情を変え、姿勢を変え、何かを伝えようとしてきます。

これが僕の思う「牛の声」です。

何も考えずただ手綱を引っ張って歩かせるのと、よく牛を観察しながら牛と共に歩む事は同じに見えて、全く違います。
牛にも個性があって、文字通り一筋縄ではいかない子もいます。
しかしながら、大半の牛は優しく声をかけ、鼻にゆっくりロープを掛け、その子のペースで歩いてあげると勝手についてきます。
500kg超の生き物が、飼い犬のようにこちらを振り返り待っています。

牛飼いを始めた頃は力任せに引っ張れば牛は来るものだと思っていました。どんな牛も数人がかりで引いたり追ったりすれば動いたから。
牛と対話出来ることに気付いたのはここ2年くらいです。そうなってからは力も使わず、1人きりでも牛を歩かせる事がとても楽になりました。牛にとっても僕にとってもwin-winです。牛飼いの諸先輩方からは鼻で笑われるレベルですが。

もちろん、まっっっったく話の通じない子もいます。暴れて備品や餌箱を破壊し、どっかの金具にぶつかって怪我したりと散々です。
ただその子にも悪気があるわけではなく、僕が気付けていない何かに怯えたり、嫌な思いをしているだけだと思っています。
いつかは、その子たちも勝手についてくるくらいの牛飼いになりたいです。

牛市に行くと、腰が曲がりすぎてパン屋のトングくらい下向いてるおじいさんが大きな子牛(300kg)をゆっくり連れて歩く場面を見ます。
ひとたび牛が暴れ出せば救急車どころの話では無い事になりそうなもんですが、そうはなりません。何故だか大人しく牛が連れられています。
長年牛と共に過ごしてきた手が、眼が、曲がった腰が、そこに納得感を感じさせます。



毎日牛達と共に過ごしていると聴こえてくる「牛の声」。
ただこっちを見つめているだけなのですが、「そっちいきたくないよ」「まだごはんたべてるんですけど」「うちのこをさわらないでください」って意志がすごく伝わってきます。本当のところは分かりませんが。

こうして我々は、牛の声に耳を傾けることができてようやく「牛飼い」になれるんではないかと思い耽っています。
ただ牛を飼っているのではなく、牛と共に暮らしている。
そう思った時初めて、牛がこちらに話しかけてきたように思います。


皆さんには「何の声」が聴こえますか?
よろしければ教えてください。

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