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際(きわ)に行きたい。

いつからか、「際者(キワモノ)」=際(きわ)にいる人でありたい自分になっていた。

意識的にではく、無意識に。

図工の先生っていうのも、担任の先生がメイン的な学校の世界でいえば、際の人かもしれない。
こども1人1人との付き合いは深くないかもしれないけど、よりたくさんの子供と出会えるし、学校の動き全体がよくわかる。そんなポジションがちょうどよかった。

今度は図工の先生の世界をみてみる。ここはここで、”中心”と”際”はあると思う。僕は美術系出身ではないし、一年目なんて際の際だ。初めてその世界の際に来た時には、何もかもが新しくて楽しくてしょうがない。
それでも3年くらい経った時に東京都図画工作科研究会の研究部会メンバーに呼んでいただいた。図工の教育実践の研究をするすごい人たち揃いだ。“中心”感がすごくて、1年経ってその中心から退いた。いつだって僕は際が心地良いのだ。

今度はプログラミング✖️図工の取り組みでスポットライトをあててもらうことが多くなった。すると、「プログラミングの人」として認知されるようになり、いつのまにかその分野の“中心”っぽいところに身が置かれてる気がした。
そうなるとまた退きたくなる。際にいきたくなる。
そこで今度は森をつくったり、イスをつくったり、プログラミングとはちょっと距離を置いた活動をつくってきた。

今回はその椅子づくりの取り組み、VIVISTOP furniture design project がなんとキッズデザイン賞2021で最優秀賞に選ばれた。なんとも嬉しいし、とてもありがたい。

この賞にあたっても、“際”に行きたい作用は働いている。僕は教員なので教育の賞にエントリーしてもよかった。でも今回はデザインの分野で挑戦した。教育のど真ん中から離れたところがよかったのだ。キッズデザイン賞としてもびっくりなものがやってきたと思われたかもしれない。それが良かったのかもしれない。

こうしてまた際に行けば、必ず新しい出会いが待っている。

「際者(きわもの)」については、この仲山進也さんの本で詳しく説明されている。

ある世界の“際”にいると、別の世界にアクセスしやすい。
別の世界の“際”の人たちと出会いやすいのだ。

僕の今の職場は学校だ。でも僕は学校の中で究極的ともいえる“際”にいれるポジションを獲得できたのだ。“学校の先生”という境界線も越えるのか越えないのか際の際だ。

きっとこれは高校時代からそんな感じ。
きっとこれからも”際“を求め続けて、中心に寄せられそうになったら、全力で退くのだと思う。

そしてまた新しい際者(きわもの)さんと出会って、ワクワクすることを企てたい。
今日もそんな際者さんと出会えてワクワクしている。

やっぱり“際”がいい。