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「ひと」のアクションの積み重ねが、まちをつくっていく|地域のイノベーター見聞録 【番外編】

取材・文:今中啓太/齊藤達郎(地域想合研究室)


街づくりは、仕掛けるのも、盛り上げるのも、実行し続けるのも、やっぱり「ひと」。
さまざまな地域で、新たな活気を与え、街づくりにつながるチャレンジをしている魅力あるひと(たち)に、その地域と活動の魅力を学びに行く企画として始めた『地域のイノベーター見聞録』。
2022年度は、多くの方にご理解いただき興味深い取材を行うことができました。イノベーターのみなさんからお聞きするさまざまな想いは、日々街づくりに知恵を絞っている私たちに多くの新たな気づき(と反省)を与えてくれました。
日本各地のまちには、熱い想いを持ち、まちのために地道に取り組んでおられる多様なイノベーターたちがいる。その熱量の大きさは、街づくりの専門家であるかどうかや、取り組んでいる事案の規模感とは関係はないのだ、ということをあらためて実感しながら、冒頭で述べた“街づくりは、やっぱり「ひと」である”という想いを一層強くした1年でした。
連載では5組のイノベーターを紹介してきましたが、街づくりの調査、打合せで日本各地に訪れた中にも彼らと同じように地域に熱い想いを持ち、チャレンジしている2組のイノベーターに出会いましたので紹介します。


1. 地方都市でのコワーキングスペース+デジタル田園都市健康特区、MaaSを仕掛けた2拠点居住のイノベーター(長野県茅野市)


昨年の11月末、筆者今中が以前からいろいろと教えを乞うている矢部俊男さん(20年以上前からセカンドハウスのある長野県茅野市と東京で2拠点生活を送りながら、日本各地で地方創生に取り組むスーパーマン。大手デベロッパー勤務)に、「街づくりって短い単語ですが難しいですね」とご連絡したところ期待通りに「チノに来ていただけたらご案内します!若い方連れてツアーしません?」と返信をもらい、いそいそと茅野市の「ワークラボ八ヶ岳」を訪れました。

矢部さんが2拠点居住を始めた理由等については以下の記事に詳しく書かれています。


茅野市コワーキングスペース「ワークラボ八ヶ岳」

新宿から特急あずさに乗って約2時間、我々は茅野駅に到着しました。

特急あずさに乗って、茅野を目指す。(このほか特記のない撮影:編集部)

まず訪れた「ワークラボ八ヶ岳」は、茅野駅直結のビルの2階に創立されたコワーキングスペース。
「働く実験室」をコンセプトに「学生・企業・地域住民・別荘利用者など市内外の様々な人々が、豊かなワークライフの実現を目指し、様々な取り組みを試すことができる場所」を目指し2017年にオープン。デスクシェア(当日利用、月契約)・オフィス・ブース(登記可能)からなるワークスペース、
キッチンスタジオ、ラウンジ併設の会議室・イベントスペースで構成されており、オフィス/ブースは伺った2023年7月現在満室とのこと!

オフィススペース。地元企業のサテライトオフィスやクリエーターのスタジオなどが入居する。
当日利用可・月極利用が可能なシェアデスクスペース。
ブース(奥)とコミュニティスペース(手前) 。
さまざまに利用されるワークラボ内のイベントスペース。

2022年4月からは、一般社団法人まちライブラリーが、指定管理者として隣接するスペースで市民の広場「まちライブラリー@My Book Station 茅野駅」をオープンさせ、「ワークラボ八ヶ岳」とあわせて一体的にまちの人びとの新たなチャレンジの場として運営されています。

まちライブラリー。ワークラボ八ヶ岳と共同でイベントを開催することも。

ワークラボ八ヶ岳の創設企画時から開業後の指定管理を牽引してきた矢部さんは、指定管理が終了した後も地域の様々な企業やひとを巻き込みながら、所属しているデベロッパーの立場からワークラボ八ヶ岳で行うイベントの事務局としてイベントの企画や開催の支援に関わり続けています。特に最近では、2022年に茅野市が吉備中央町(岡山県)加賀市(石川県)ともに採択されたデジタル田園都市健康特区に関する様々な実証や基礎づくりに積極的に取り組んでいるそうです。

取材当日も名古屋の企業のウェルネステレワーク研修が企画・開催されていて、近隣の諏訪中央病院の須田医師によるレクチャー「休むをデザインする」や、地産地消料理研究家の中村さんの食のプレゼンテーションを一緒に聞くことができました。

訪問当日イベントスペースで行われたウェルネステレワーク研修風景。

「ウェルネステレワーク」は、ワーケーションとは区別されていて、より参加者の健康にフォーカスしたプログラムとのこと。その内容は、まずワークラボ八ヶ岳で上記で挙げたようなウェルネスに関するレクチャーに参加し、その後、蓼科高原の豊かな自然の中に宿泊するというもの。仕事への集中力を高めながらストレスの蓄積を抑えて、心身ともに十分回復させるための「休息方法」を学ぶ研修プログラムで、観光閑散期の新たな交流人口や関係人口の創出を目指しているそうです。

また、このウェルネステレワークでは、このエリアを本拠地としているエプソンとも連携した実証実験を行っています。ウエアラブルデバイスとバイタルデータ分析アルゴリズムを用いて集中度や睡眠を可視化し、同プログラムの効果を科学的に検証するというもので、周辺エリアが一丸となって取り組んでいる印象を受けました。

AI乗合オンデマンド交通「のらざあ」

AI乗合オンデマンド交通は、全国各地の自治体で導入されつつあります。その理由には、多くの地方都市(特に人口減少地域)で大きな課題になっているように、公共交通が充実していないこと、そしてそれら公共交通の定期運行の維持が困難になっていることが挙げられます。
茅野市でも、1日に2〜3本しか通っていない路線バスがあり、供給が少ないが故に需要も細っていくという悪循環がありました。そこで、高齢化が進む住民の移動手段の確保と観光・ビジネスも含めたまちの賑わい創出を目指し、2022年8月からAI乗合オンデマンド交通「のらざあ」が運行を開始されました。我々もこの機会に体験してきました。


「のざらあ」のアプリ画面。青色の枠線は運行エリアを示す。廃止されていたバス路線の運行エリアをカバーする。
配車予約を行うアプリ画面。取材した2022年当時は、スマホアプリからの予約がが41%(主に10代が利用)、電話からの予約が59%(主に70代が利用)とのこと。

矢部さんの所属するデベロッパーでは、同社が主導した再開発エリアを対象に「オンデマンド型シャトルサービス(HillsVia)」の実証実験を行っていました。
「東京での有用性や街の付加価値向上がある程度実証されていたので、これを茅野市でも試してみるべきではないか」「利用者が乗りたい時に予約を取って、乗り合い形式で運行するオンデマンド公共交通ならば、運営コストの削減といった市が抱える課題を解決できるのでは」という想いから矢部さんは実現に向けて動き出したとのこと。

茅野市での導入に際して、まずは地元の公共交通会社であるアルピコグループや茅野市の住民らと議論を重ねたところ、まずはアルピコのタクシーを利用した実証実験を行い、その効果を検証することとなったそうです。

2023年7月現在、「のざらあ」は実装段階に入り、「のらざあ」のスマホアプリもしくは電話から出発地・目的地・乗車人数・時間を設定すると、AIによる配車や最適ルートの算出がリアルタイムで行われるようになっています。「のざらあ」は、2022年9月で廃止となったいた13のバス路線の運行エリアをカバーしており、路線バスの代替としての役割を十分に果たしていると言えるでしょう。

「のざらあ」の車両。車両は計8台(定員14人のハイエースコミュータ2台、定員10人のハイエースワゴン5台、定員7人のノア1台)あり、それぞれ八ヶ岳をモチーフにしたラッピングが施されている。

「のざらあ」で利用されるAIシステムは茅野市からの委託で、Via Mobility Japan(ヴィアモビリティジャパン)が開発しています。その上で、地元の公共交通(バス、タクシー)事業者である、アルピコタクシー、第一交通、諏訪交通、茅野バス観光の4社共同体(会社化はされていない)による自主共同運行となっています。
「のらざあ」の特筆すべき点は運行システムにあります。各運行会社が通常営業をしながら、AI配車によりドライバーを順番に割りあてています。この際、会社間の公平性も考慮されています。このため効率的な利用が図られ、実際に市から公共交通事業者への補助額が20%程度縮減されたそうです。
茅野市は、1万戸超の別荘地を抱えるポテンシャルの高いエリアであるため、今後もさらなる利用促進が見込まれています。

実証実験を経て社会実装された公共交通サービスである。「のらざあ」は、5万人強の市民の足として、10代から70代までが偏りなく利用されているとのこと。取材時も予約が取れない時間帯もあるほど、しっかり地域に浸透している素晴らしい事例です。

矢部さんによると「全国各地の事例を見ても、乗合公共交通は、免許を所有できない18歳未満の若者や免許を返納したひとたちを含めた70~80代の利用者も多い。こうした人たちが気軽に利用できるようになれば、それまで彼らを送迎していた人たちの時間に余裕が生まれ、例えばキャリアアップやリスキリングの機会向上にも繋がっていくはず。それが地方での豊かな暮らしに繋がると信じている」とのこと。地方活性化を見据えた力強いコメントが印象的でした。

2. 旅の途中で見つけた日本の里山の良さを伝えていきたい!その想いから、移住、体験拠点を始めたイノベーター(岐阜県飛騨市古川町)


日本は国土の2/3が森林で、国土に対する森林率はフィンランドに次いで2位*。世界的には森林面積、森林率低下の一途ですが、日本は計画的に伐採・植林の制度設計をしているため、森林率はほぼ横ばいとなっています。
そんな日本の林業ですが、必ずしもうまくいっているわけではなく、課題も多い事業です。植林される樹木の大多数が、補助金の対象になり、建材など様々な用途で使用される針葉樹なのです。広葉樹は育成に時間もかかり、定型サイズの確保管理が難しいことから大量生産の家具への活用も難しく、使用用途も紙パルプになることが多いのが現状です。

*出典:「世界森林資源評価(FRA)2020 メインレポート 概要」(農林水産省)

飛騨市では、こうした課題に対して様々な施策を実施しています。その一環として飛騨市が主催している「飛騨市広葉樹のまちづくりツアー」に参加し林業の勉強をするべく現地を訪問しました。

飛騨市広葉樹のまちづくりツアー2日目。広葉樹林に実際入って、森の成り立ちや課題などのレクチャーを受けている様子。

飛騨地方は、白川郷、高山、古川、下呂と全国的にも名の知れた観光エリア。取材を行ったのは2022年10月。コロナ禍も収まり始め、社会的にも規制への意識が徐々に変わりはじめた頃で、特に高山はインバウンドも含めて観光客が戻りつつある状況でした。

こうした中、地域に元々存在した建物をコンバージョンした古民家ホテルが、建物の雰囲気の良さからフォーカスされることが多くなっています。
しかし、古民家ホテルは雰囲気の良さだけでなく、以前配信した記事「「木彫刻のまち・井波」に魅せられた建築家が住まいながら地域循環経済をつくるまで——Bed and Craft 山川智嗣氏に聞く、〈職人〉と〈まち〉」で山川さんが運営されている分散型ホテル「Bed&Craft」もそうであったように「地域の魅力を少しでも多くのひとに知ってもらいたい、体験してもらいたい」という想いから出発しています。その想いをかたちにする上で、じっくりと地域を堪能してもらうための滞在拠点が必要ですが、そうした宿泊施設をつくる際に地域の魅力である景観をそこなわないことが重要で、だからこそ古民家をの活用が効いているのだと思っています。

上記で挙げた「飛騨市広葉樹のまちづくりツアー」への参加後に宿泊した飛騨古川の分散型古民家ホテル「SATOYAMA STAY」はまさに、「地域の魅力を少しでも多くのひとに知ってもらいたい、体験してもらいたい」という想いが詰まった宿泊施設でした。我々はその運営者で、株式会社美ら地球のShihoさんに、まちに対する想いをお聞きすることができました。

SATOYAMA STAYの運営者、株式会社美ら地球(ちゅらぼし)取締役のShiho(山田 慈芳)さん。

Shihoさんが飛騨古川に移住してきたのは2007年のこと。それまではご夫婦で国内外を転々とされていたそうですが、友人に勧められて訪れた飛騨古川のまちと、そこを取り巻く里山とリラックスした持続可能な暮らしに、すっかり魅了されたのがきっかけとなって移住を決めたそうです。

そして、ガイドツアー「飛騨里山サイクリング」を運営しながら、さらにこのまちの魅力を世界中のひとに伝えたるための滞在拠点として、飛騨古川の分散型ホテルの場所探しをスタートしたところでコロナ禍に突入……。それでも2020年にSATOYAMA STAYを開業し「サステイナブル・ツーリズム」(地域の自然や文化をツーリズムに活かしつつ、それらを壊すことなく、むしろ継承への一助とするツーリズム)を掲げ、まち中だけでなく、飛騨里山サイクリングやスノーシュー・トレッキングのツアーを中心に、訪れたお客様に飛騨古川の暮らしをお届けしています。

「飛騨古川は高山市とは異なり、観光地化がそれほど進んでいない場所。そこで普通に暮らすひとたちの文化、街並みが残っているところが魅力なので、多くのひとに来てもらって、この暮らしを体験してほしい」とShihoさんは語ります。

飛騨古川の街並み
SATOYAMA STAY NINO-MACHI棟エントランス。

これからも、地域の「想い」にもっと耳を澄ませて


全国各地には、地域のひとたちにとって想い入れのある、とても素敵な地域が数多くあると思います。
多くのひとが訪れる観光地化されたまち。どこかで見たことのあるお土産物屋や飲食店が並び店舗だけが潤う。こうした経済合理性の最適化を目指すことがまちの活性化や魅力向上に繋がるのだろうか? 
そのまちに滞在し、伝統的な文化を体験することを好む。こうした新たな価値感を持つひとたちが少しずつ増え、その体験拠点として、廃庁舎、廃校、古民家など地域に昔からある、住民の想いがこもった施設を次の世代に受け継ぎ、使い続けることはとても素晴らしいことです。

2022年度、地域想合研究室.noteの取材で訪れたまちには、地元出身の方、移住者、行政マンなどなど……それぞれの立場に関係なく、そのまちに魅了され、その魅力を継承していきたい! 新たにまちの文化を創造していきたい! という強い想いがあり、主体的にアクションを起こす「ひと」がいました。

そんな彼らこそが、まち固有の特色ある文化を「つくる」という面もあるのだと思います。まちの文化は、ビジネス・事業性だけで測れるものではありません。また、まちの盛り上がりが一過性の流行になってしまってもいけません。そのまちの魅力を発掘し、継承する想いを持ったひとたちが多様な取り組みを継続させながら根付いていくものなのだろうと思います。

今後も個性ある街づくりのヒントになるような、興味深い取り組みをしているひと(たち)に実際にお会いして、まちの空気に肌で触れ、地域想合研究室.noteとして、まちづくりへの知見を深め(きっと時には反省も重ねながら)、地域とのつながりを広げ、深めていきたいと思っています。