見出し画像

人口が増え続けるまち美濃加茂——住みやすさの理由を住民目線で考える|地域のイノベーター見聞録〈美濃加茂版〉Vol. 3 藤原涼太郎/ミュージックバー「dominant」

『地域のイノベーター見聞録〈美濃加茂版〉』は、2023年4月より岐阜県美濃加茂市に住み始めた小野寺(地域想合研究室.note編集部)と、2022年10月にこのまちでカレーショップ「らんびー」をオープンさせたばかりの高木さんのふたりでお届けする、新聞で言うところの地域版をイメージした連載企画です。
美濃加茂市は人口6万人、名古屋まで約1時間と好アクセスのいわゆるベッドタウンです。それだけ聞くと全国のどこにでもありそうなまちに思えてきますが、それはあくまでも表層のイメージです。美濃加茂に限らずどのまちにだって、そこにしかない暮らしの楽しさがあるはず。
われわれは、まちで長く商売をされている方・まちに住む海外の方(美濃加茂は人口の約10%が外国人)・近年移住されてきた方・行政の方、あるいは上記に限らないこのまちに関わるさまざまな方からお話を聞きし、それを記事にしていきます。
記事を通して美濃加茂への理解を深めながら、「このまちの魅力とはどのようなもので、それはいかに形成されているのか?」「まちで精力的に活動する地域のイノベーターたちのモチベーションはどこから生じているのか?」といった、おそらく多くのまちに共通するであろう、街づくりの疑問を探ることも試みます。美濃加茂における街づくりのワンシーン・ワンシーンを高木さんと共に、ここに住みながら追いかけてみたいと思います。

はじめに


4月より美濃加茂に住み始めて半年以上が経過しました。毎日を楽しく過ごしていたら、あっという間に紅葉のシーズンが訪れていました。というのも、美濃加茂市では週末になると、そこかしこでイベントが開催されているのです。「今週は/来週は、あそこへ行ってみよう」と予定を立て始めるとキリがないくらいに。美濃加茂は忙しくない週末がない……これは、私が見つけた美濃加茂らしさのひとつです。

例えば木曽川沿いにある「リバーポートパーク美濃加茂」。市が設置する都市公園で、川遊びやBBQをしながらのんびり過せる場所ですが、週末になるとスケジュールにほぼ穴を空けることなくイベントが開催されています。10月29日に開催された音楽とマーケットのイベント「PAR 5」に「らんびー」が出店しているので遊びに行った際は、美濃加茂市のほか、近隣の八百津町、多治見市、名古屋市、三重県などで活動されているさまざまなショップ・飲食店を知ることができました。いよいよ美濃加茂の外へ行動範囲を広げてみようか、という気持ちになりました。

そのほか、9月には前回のインタビュー先であるコクウ珈琲にてコーヒー教室が開催されていたり、

7月に新たに中山道太田宿にオープンしたギャラリー「Empty Space」では定期的に展示・イベントが開催されていたり、

10月には「おん祭MINOKAMO秋の陣」として、江戸時代に中山道を通って徳川家へ嫁いだ皇女和宮(かずのみや)ら姫たちの行列を再現する「姫道中」が開催されていたりと、行事満載の半年間を駆け抜けてきました。

一方、週末を中心にさまざまなイベントでまちが盛り上がる中で、私を含めた美濃加茂に暮らす人々には、それぞれの日常があります。それを彩るのが、行きつけの喫茶店で過ごすモーニングタイムなのか、昼時に行く近所のご飯屋さんなのか、趣味の家庭菜園なのか、前平公園(市最大の総合公園)で汗を流す時間なのか……それは人それぞれですが、私の場合は2023年5月にオープンしたミュージックバー「dominant」に行くことが日常における小さな楽しみになりました。このお店は美濃加茂では珍しい深夜営業のミュージックバーであり、私の趣味のドラムを演奏できます。

店主の藤原涼太郎さんは美濃加茂市で生まれ育ち、このまちの地理や歴史(特に戦後期)について調べるのが好きな28歳の青年です。私が散歩が趣味だと話したら、すぐさま「じゃあ一緒にまち歩きしよう」と、私と高木さんを連れて何度か街を案内してくれました。彼は私にとって美濃加茂博士のような存在です。「美濃加茂には夜中に行けるお店が少ないから、まずは自分がやってみようと思った」という藤原さんの言葉からは、このまちの未来を想う熱量がうかがえます。

今回の記事では、ミュージックバー「dominant」の藤原さんに、ご自身の活動とまちへの想いをお聞きすると共に、彼と一緒に美濃加茂について”より広い視点で考えてみる”ことを試みます。では何をもとに考えていくのか? というと、人口増減率・通勤時間・空き家率・平均地価・都市公園面積などの自治体が公表している一般的な統計データを軸に議論を進めていきます。数値が示すものと、幼少期から美濃加茂に住む藤原さんの感覚が合っている/ずれているのかを話の出発点とし、それぞれのデータについて住民目線で自由に考察していこうというものです。
前回に引き続きカレーショップ「らんびー」の高木健斗さんを、また今回はNTTアーバンソリューションズ総合研究所の今中啓太さんと齋藤達郎さんを聞き手に迎え、たっぷりとお話を伺いました。(小野寺/編集部)

藤原涼太郎さん。bar dominant 店内にて。(このほか特記のない撮影:編集部)

多世代で賑わう、地域に寄り添ったバーを


小野寺

まず藤原さんのバックグラウンドについてお聞きしたいです。

藤原
僕は美濃加茂生まれ美濃加茂育ちで、今年で28歳になります。美濃太田駅南側の太田地区に祖父母の家があり、幼少期からよく遊びに行っていました。美濃加茂の昔話を聞かせてもらうのが好きでしたね。美濃加茂周辺で商売をやっている親戚が多く、また小中で野球のクラブチームに入っていたこともあり、老若男女問わず地域の方々と関わることが多い子どもでした。

子どもの頃から地域の歴史についてよく調べるようになったのも、今思えばけっこう自然な流れでした。親戚や知り合いから聞いたまち話をもっと詳しく知りたくて、自分なりに調べていくうちに楽しくなったという感じです。自分に近い人たちに関係することだからこそ、知りたくなっちゃうみたいな。それから僕は、鉄道全般が好きないわゆる「鉄ちゃん」なんですけど、鉄道について調べるうちに沿線の地域に詳しくなるのも自然な流れでした。

高校は岐阜県立加茂農林高等学校の造園科(現:環境デザイン科)に進み、造園を学びました。庭をつくるにあたっては、やはり地域の文化や地形の特性について知っていく必要があります。例えば「どうしてこの地域には、こういう庭が多いんだろう?」みたいな色々な疑問を調べる機会が多かったですね。そういう時って、幼少期から好きで調べてきた知識とリンクすることが多い。だから造園の勉強も楽しかったですね。

高木
今は美濃太田駅から南東へ歩いて10分くらいの場所(古井地区)でバーをやられていますが、その前はどんなお仕事をされていたんですか?

藤原
高校を卒業後、名古屋の音楽専門学校へ進んだので2年ほど美濃加茂を離れました。その後名古屋と美濃加茂を転々としながらアルバイトをしつつドラマーとして音楽活動を続けていました。24歳の時に音楽活動に区切りをつけ、全く違う職業、特に自分一人で何かやってみたいと思い、隣の可児市で初めて自分のお店をオープンしました。

僕の場合は「こんなお店をやりたい」というイメージはあまり無くて、家賃が安く自分の条件に合ったテナントがたまたま可児のバーの居抜物件だった。だから、バーテンダーになることにしました(笑)。ちなみに開業というとすごくお金がかかるイメージですが、僕が選んだ物件は中心地からやや離れており、また狭小物件の2階だったのでバイトをして貯めたり商売道具だった楽器を売り払ったりしたお金で賄えるくらいでした。

その後、可児のバーと並行して美濃加茂でもコンセプトカフェをやり始めました。結局、コロナ禍の影響や地域性で苦労することもあり、それらの店はたたむことに。もっとお客さんに寄り添った店をやりたいなと思い、美濃加茂に「dominant」を2023年5月8日にオープンしました。音楽好きの人たちが仕事終わりに楽器を演奏しにきたり、みんなでカラオケをしたり、音楽色が強いお店です。20代から80代まで、近所の方を中心に色々なお客さんが来てくれます。この辺りでは数少ない朝5時までやっているお店です。

bar dominant 店内。内装工事は藤原さんの手でDIYで行った。
同外観。写真右がbar dominant。空き地となっていた場所に、小さな住宅のようなお店を構える。

美濃加茂の8つの地区


小野寺
 
美濃加茂市全体について聞いていきたいと思います。美濃加茂市は太田・古井・山之上・蜂屋・加茂野・伊深・下米田・三和の8つ地区に分けられますが、それぞれどのような場所なのでしょうか?

左:美濃加茂市の概略図 右:岐阜県の中の美濃加茂市

藤原
ざっくり言うと、美濃太田駅の西側が太田地区。今収録を行っている「らんびー」も太田にあります。この辺りは繁華街・歓楽街のイメージが強いエリアですね。かつては駅前の商店街を中心に、飲食店、バーやスナックなどたくさんのお店がありました。今では少なくなったものの、個人の飲食店やスナックがわりと集積しています。市の中でいちばんウォーカブルなエリアだと思います。

美濃太田駅前の商店街

美濃太田駅の東側が古井地区です。昔は田畑が多く農業が盛んで、住宅や飲み屋があったのは古井駅前くらいでしたが、80年代にソニーの工場ができたことで周辺の宅地開発が進みました。同社が撤退したことで空いた土地に今でも盛んに開発が行われています。「古井の天狗山」と呼ばれる、天狗を祀った場所があり、観光名所になっています。

古井の天狗山

駅の北西側は、蜂屋柿で有名な蜂屋地区ですね。2022年に開院した中部国際医療センターがあります。実際に医療センターがある場所は「健康のまち一丁目」と新たな町名が付けられていて、医療ツーリズムの拠点になっています。また、中蜂屋台工業団地と蜂屋台工業団地を擁する工業エリアでもあります。

中部国際医療センター

駅の北東は山之上地区です。こちらは果樹園などの農地が多いですね。山之上地区は岐阜県屈指の梨の生産地として有名です。昭和30年代の里山をイメージしたテーマパーク、「ぎふ清流里山公園」や、自然の中でバーベキューやハイキング、アスレチックが楽しめる「みのかも健康の森」があるのもこのエリアです。

ぎふ清流里山公園のエントランス。昭和をテーマにしたテーマパークのほか、物産品店、入浴施設、ホテルが併設する。高速道路を降りずに、ハイウェイオアシスの駐車場からも来園できる。

続いて伊深地区。あまり知られていないのですが、ここは1930年代から戦中まで温泉のまちとして栄えた場所で、その頃は名古屋からも多くの人が訪れたそうです。今もゴルフ場があり、観光色が強いイメージです。最近は、国の有形文化財である旧伊深村役場庁舎が、地元の特産品を使用した料理を出すカフェとして改修されて人気を集めているみたいです。

旧伊深村役場庁舎

美濃加茂最北端の三和地区は、地区内のほとんどが山に囲まれた市内で最も人口が少ない地区です。小学校は地区内の三和小学校に通いますが、中学校になると隣の自治体である富加町に位置する双葉中学校にスクールバスで通学します(双葉中学校の学区は富加町と美濃加茂市の三和、伊深・蜂屋・加茂野の一部の地域)。それもあって、同じ市内にあっても三和地区出身の人となかなか出会うことはないかもしれません。

三和小学校

再び美濃太田駅に戻って、東へ進み飛騨川を挟んだ地域が下米田地区です。田畑が多かったけれど、今は工場が多いイメージです。隣の八百津町との境界周辺は飛び地になっているところが多いのですが、ここは70年前の合併の際に意見が割れてしまった地域で、家単位で住所が八百津町と美濃加茂で異なるそうです。

標高274mの米田白山から、下米田地区を見下ろす。

最後に、いちばん西にある加茂野地域です。ここは高木さんの出身地ですね。

高木 
そうなんです、僕の実家はこの辺です。30〜40年前くらいに宅地開発されたエリアで、今はちょうど世代交代の時期なんですが、場所として人気があるようです。前の世代が抜けつつあるけれど、そこへ若いファミリー層や外国人が入ってきていて、僕が子どもの頃よりも元気なまちになっている印象です。

田畑と住宅が連なる加茂野地区

小野寺
美濃加茂って、東西の距離が約12km、南北が約14kmと比較的コンパクトな市でありながら、かなり多様なエリアがあるんだということがわかりました。

人口が増え続ける理由とは?


小野寺

簡単に各エリアについて紹介ができたところで、いよいよ統計データを見ていきたいと思います。まずはこちらのグラフをご覧ください。

美濃加茂市、近隣の可児市(岐阜県)、犬山市、名古屋市(愛知県)の4市の比較。規模の違う自治体を比較するため全国順位で表示している。単位は全国の815自治体(市・区)内の順位。データは2022年時点のもの。

藤原
当然の話ですが、名古屋は比較対象にならないですね(笑)。美濃加茂の順位としては、全体的に思っていた通りかもしれません。

高木 
こうして見ると、犬山(黄)と可児(赤)ってけっこう傾向が似ているんですね。

藤原
犬山は地理的には美濃加茂に近い雰囲気のまちだと思っていました。美濃加茂は宿場町で、犬山は城下町。中心となる駅があって、周囲は田畑が広がっている地域もあれば、森林が広がっている地域もある。
これも当然ですが、愛知県の犬山市の方が圧倒的に平均地価が高いですよね。住宅地の平均地価が美濃加茂の2.5倍ですか。

4 市の住宅地平均地価および商業地平均地価の比較(2022年)

高木
犬山は名古屋への交通の便が良いですよね。名鉄で一本で、30分ほどで行けます。

今中
犬山といえば、50年前くらいの子どもの頃に「ライン下り」で訪れたことがある気がします。

藤原
ということは、今中さんは幼少期に美濃加茂に来られているはずですね! 美濃加茂市から犬山市までの木曽川沿岸の峡谷を「日本ライン」と呼ぶんですけど、川下りの出発地点が美濃加茂の太田橋なんです。そこから犬山ダムの手前、犬山遊園駅の近くで降りるんです。

今中
そうなんですね。降りた場所の地名は記憶に残っているのに、乗った場所は全く覚えておらず……(笑)。

藤原
ライン下りは、結局は目的地である犬山でじっくり観光するので、そちらの方が印象に残ってしまうんですよ。現在、ライン下りは運行休止中ですが、同様のルートをゴムボートで下っていくラフティングが夏場に楽しめます。その拠点になっているのが2018年にオープンしたリバーポートパーク。ここで展開されているラフティングのツアーでは、犬山到着後に専用バスでリバーポートパークに戻り、パーク内のバーベキュー場で食事を取るというコースになっているので、県外からきたお客さんにも美濃加茂を覚えて帰ってもらえるはずですね(笑)。

インタビュー風景。左から高木さん、藤原さん、小野寺(編集部)、斎藤・今中(US総研)。オンラインにて実施。

齋藤 
先ほどのレーダーチャートをまとめていて特に目立つなと思ったのが、美濃加茂の人口増減率(*1)と社会増減率(*2)です。特に社会増減率は、可児市が-1.38、犬山市が-1.54とマイナスに振れている中で、美濃加茂は+0.65。これは名古屋の+0.69と同等なんですよね。実際に住んでいて人口の増加を実感することはありますか?

4市の人口増減率および社会増減率の比較(2019年/2022年) *1. 人口増減率(%):(人口増減数/期首人口)×100 ※期首人口とは、前年10月から当年9月までの増減数を前年人口で割ったもの。 *2. 社会増減率(%):((転入者数-転出者数)/期首人口))×100

藤原
美濃太田駅から少し離れた宅地で新築工事が行われているのをいつも2、3軒は見かけますね。あとは普段あまり行かない地域に久しぶりにいくとまちの様子が変わっている。畑だったところに家が建っているとか。そういうのを感じられるくらいには人が増えているんだと思います。一方で、美濃太田駅周辺は古くて取り壊しをせざるを得ない状態の建物が多く、人が減っていますね。

齋藤
藤原さんと高木さん、お二人が通っていた小学校のクラス数は、通っていた当時とどう変わっているのでしょうか?

藤原
僕が通っていた山手小学校は学区が少し特殊で、1970年代に周辺の太田小学校と古井小学校の生徒が増加したことにより新設された小学校なんです。僕が通っていた頃は各学年2クラスだったと記憶しています。なので、全校で400人弱だったのかな。美濃加茂市のHPで調べると、2023年5月時点の山手小学校の全生徒数は523人で、学年によっては2〜3クラスあるみたいですね。僕が通っていた20年前よりは増えていると思います。

高木
僕は加茂野小学校だったんですけど、当時は1学年につき3クラスだったので、おそらく多くて600人弱の生徒数だったはずです。最近うちのお店にくるお客さんで、お子さんが同じ小学校に通っている方に話を聞いたら、最近は増えていると言ってました。2023年5月の数字を見てみると約730人とありますね。

小野寺
市が公開している人口推移の資料(2023年4月時点)の2ページ目を見ると、合計人口は2020年がピークであるものの、2023年との差は140人程度。全体としては増加傾向にあると言って良いと思います。このように人口が年々微増している理由にはどういったことが考えられるのでしょうか?

藤原
冒頭のレーダーチャートを見てもわかるように、住宅地の地価が低いのが大きな要因になっていると思います。土地が安いから、周辺の自治体から転入してきやすいし、しかもまだ余っている宅地があった。加茂野地区は、90年代に大規模な宅地開発が行われましたが、バブル崩壊の影響で手付かずになっていた土地が多くありました。それらがここ10年くらいで再び注目され開発が進みました。また、蜂屋地区では市による区画整理事業が2009〜15年にかけて行われたので人口が増加しています。

今中
確かに宅地が安いのは大きな理由ですよね。ただ、ひとつ気になるのが交通の便です。美濃加茂から最寄りの大都市というと名古屋ですが、仕事やイベント等で何かと行くことがあると思うんです。しかし美濃太田駅からJRで向かうと所要時間がだいたい1時間。そう考えると若干不便というか、名鉄が通っている可児や犬山の方に人口が偏ってもよいようにも思えます。

藤原
それはその通りで、名古屋へのアクセスを考えると美濃加茂は可児と犬山に比べて不便ですね。車で向かっても約1時間かかります。実際人口も可児市、犬山市の方が全然多いです。名古屋との関わりですが、僕はこの場所で店をやっているのもあり名古屋に行くのは半年に1回くらいですが、お客さんの話を聞いても名古屋に行くのは多くて1〜2ヶ月に1度くらいだと思います。大きな買い物は車で30分くらい走ったところにある各務原市のイオンモールで済ませる人が多いです。人にもよりますが、名古屋に行くのは、よっぽど特別な用事がある時くらいですかね。

美濃加茂から名古屋へ通勤・通学している人の数もそこまで多くないんです。市が出している美濃加茂人口ビジョン(31ページ)によると、2015年時点で名古屋へ通勤・通学しているのは1,000人程度。トップの可児市が約4,000人、次いで関市が約2,000人とあるので、やはり美濃加茂に住んでいる人はそこまで名古屋に行くことがないんだろうと僕は考えています。今回用意いただいた通勤時間の資料(下記)見ると美濃加茂市は約25分。可児市、犬山市と名古屋に近くなるほど通勤時間が長くなっているので、それだけ名古屋に出る人の割合も大きくなっているのではないでしょうか。

4市の通勤時間の比較(2022年)

数ヵ国語対応の市内アナウンスは当たり前


齋藤
美濃加茂市の人口増に寄与しているひとつの要因が、外国籍の方が多数住んでいることだと思います。美濃加茂市の人口に対する外国人割合は2022年時点で9.3%。可児市が7.7%、犬山市が3.3%、名古屋市3.4%となっています。かなり大きな割合ですよね。実際、まちなかを歩いていて、海外の方をちらほらと見かけますか?
※本記事を公開した2023年12月時点では、美濃加茂市の人口に対する外国人割合は10.3%だった。

藤原
ちらほらどころではなく、海外の方は多いです。別の市から来た人はけっこう驚かれるんですけど、僕らにとっては当たり前の光景ですね。
もともと、1980年にソニーの工場を美濃加茂市が誘致したのですが、1990年に入国管理法が改正されたことを契機にブラジルからの日系労働者がどっと美濃加茂に流入したんです。2000年頃はプレイステーション2の製造拠点として有名でした。そのほか自動車関係の工場等で外国人人口は増え続け、2009年にピークを迎えます。

そこからリーマンショックの影響でガクッと減るのですが、近年の工場誘致や可児市にあるカヤバ(株)が大きな受け皿となっていることでピーク時の8割程度まで人口が回復してきています。
特にブラジルとフィリピンの方が大半を占めていて、まちを歩くとブラジルやフィリピンの飲食店や、スーパー、教会、学校などを見かけます。

高木
小学校・中学校でもクラスにひとりかふたり海外の子がいるのが普通でしたね。

藤原
そうですね。外国籍の両親のもと、日本で生まれ育った子は当たり前のように日本語で接します。また海外から転校した子たちに向けて、重要な校内放送は必ず4か国語でアナウンスしてました。日本語、ポルトガル語、英語、そして中国語の順番になっていて、これは人口の多い順になっていますね。

学校の外に出ても、まちなかでポルトガル語や英語が併記された看板をよく見かけますし、市内放送は必ず日本語、ポルトガル語、英語の順番で流れています。役所にいけば通訳のスタッフがいますし、避難マップとか、行政からの重要なお知らせも3か国語で印刷されています。市民にとって海外の方は本当に身近な存在ですね。

英語・ポルトガル語併記の看板

小野寺
前述したリバーポートパークで6月にフィリピンコミュニティのお祭りが開催されていて、屋台でいくつか料理を買って食べました。特にトゥロンと呼ばれるバナナの春巻きが美味しかったです。それから夏場によく見かけるのが、庭先で海外の方たちが家族や友人を呼んでバーベキューをやっている光景ですね。いつも「いいな」と思って横を通りすぎていました。

藤原
前平公園のバーベキュー場なんかも海外の方で賑わってますよね。確かに彼らには彼らのコミュニティがある感じがしますが、中には日本人と積極的に交流される方もいます。僕のお店にもしょっちゅう来てくれるブラジル出身の方々がいます。日本語が堪能な方が多いですし、あるいは通訳ができる方と一緒に来店されることがほとんどです。

教育の面でも、美濃加茂はグローバルコミュニケーションを重視した指導内容になっていたと思います。だから、美濃加茂の子どもたちは海外の子と接する時も物怖じしない。外国語は喋れなくても、2、3個は単語を知っていて、それとボディーランゲージを交えてコミュニケーションを取ります。そういう市民性はありますね。名古屋に住んでた頃、海外の方の前でたじたじする友達を見て、「ああ、これって当たり前のことじゃないんだ」って実感しました。美濃加茂は宿場町だったので外から来た人たちに慣れている。海外の人に限ったことではなくて、地元の人もそうでない人も、分け隔てなくコミュニケーションできる人が多いのが美濃加茂らしさだと、僕は思っています。

もうひとつ、美濃加茂らしいなと思うのが、ローマ字で書かれたメニュー表ですね。例えば枝豆が「Edamame」と書かれているみたいな。これは海外の方向けの飲食店によくあります。どうしても日本語のスピーキングとヒアリングは上手だけど、文字が苦手っていう方が結構いるみたいなんです。でも、そういう方もローマ字で書かれていれば難なく理解できます。実際僕も、外国人の友達とLINEする時はローマ字です。「Kyo-isogashi?」で通じます。

今中
ローマ字でのやりとり、面白いですね。これがいちばん効果的なんでしょうね。東京や大阪なんかで外国語の看板を見かける時は、だいたい英語・中国語・韓国語ですよね。実際、電車のディスプレイなんかもそうなっています。これが、2番目にポルトガル語が入ってくるあたりが、美濃加茂らしいですね。

太田地区のブラジル系カラオケバーにて。日本語の曲はローマ字で歌詞が表示される。

気に留めなかったけれど、実はたくさん。公園のまち美濃加茂


齋藤

もうひとつ、冒頭のレーダーチャートを見て特徴的なのが「1人当たり都市公園面積」の項目です。これが全国的に見ても非常に高いんですね。全国の上位15%くらいです。市のHPに美濃加茂市内の都市公園をまとめたものがあります。公園が多いというのは、つまり市民が思い思いに過ごせるまちのなかのゆとりが多いということですよね。これからの街づくりを考える上でひとつ大切にすべき指標でありアピールポイントになるとも言われています。

藤原
これはちょっと意外でした。正直言うとあまり気にしたことはなかったですね。これまでの話にも出てきましたが、ぎふ清流里山公園、リバーポートパーク美濃加茂、みのかも健康の森など——いずれもハイシーズンになると子連れで賑わっています——の面積の大きな公園が多いので、それがデータに影響しているのだと思います。美濃加茂市は人が住まない山間地域が面積の多くを占めており大きな公園を整備しやすいという利点がありますね。

高木
前の市長の時に、今出てきた3つの公園を結ぶ軸線を「みのかも健康軸」と呼んで、歩ける健康のまちとして打ち出していこう、という話があったと聞いたことがあります。

リバーポートパーク美濃加茂

藤原
確かに、それらの公園のほか、市の運動場がある前平公園、それから10代の頃クラブチームや部活でお世話になった野球グラウンドも市内に数多くあり、「健康のまち」というイメージはあるかもしれないですね。

今見ているデータは「面積」に関するものなので、あまり寄与していないかもしれませんが、確かに小さい公園(街区公園)はたくさんあると思います。太田あたりでは一街区にひとつはあるような感覚です。ただ現状、草が生えっぱなしになっていて使用できない場所もいくつか見受けられます。そういった公園をもっと整備して、例えば大きな公園でやらないような密着型のバザーだったり、キッチンカーの誘致だったり、もっと活用できるといいなと思っています。
ただ、公園については個々の事情があると思います。これについては今後個人的に興味を持って調べていきたい部分ではあります。

小野寺
公園の多さが、美濃加茂の住みやすさに繋がってるような感覚はありますか?

藤原
直結していると断言はできないですけど繋がってはいると思いますよ。マップを見るとわかるんですけど、「ちびっこ広場」がすごくたくさんあります。これは地元自治会で管理する公園で、市内に36箇所あります。
美濃加茂は、喫茶店がけっこうまちの社交場みたいな感じで賑わってるんですけど、「ちびっこ広場」の管理を通して市民同士の交流が生まれていると思うと、それは住む上での安心感に繋がっているんじゃないかと思います。

特徴はないけれど過ごしやすいまち=可能性の塊


小野寺
 
おおむね一通りデータを見ることができたかなと思います。今までの話を総合して、藤原さんは、美濃加茂のどういった部分にいちばん可能性があると感じていますか?

藤原 
いちばんは、少しずつであっても、今のところ人口が増えているところですね。美濃加茂市はこの少子高齢化社会の中にあって、高齢化は進んでいるけれど少子化は進んでいません。まず、これがすごいことですよね。
そして、これといった特徴はないけれど、決して過ごしにくいまちではないです。それって可能性の塊なのかなと思っています。だから僕は今、この場所でお店をやっています。

美濃加茂市って、観光業にこれまでめちゃくちゃ力を入れてきたわけではないですよね。それは見方によっては失敗かもしれない。でも僕は結果的に成功だと思っています。外の人よりも、地元の人たち、住んでいる人たちが、ちゃんと生活できるような「実用的なまち」として今までやってきたところがよかったのかなと、自分は思っています。

今中 
今のお話を聞いていて、「この街は寂れている」とか「まちにもっと人を呼び込まないと」といった力んでいる感じが全然ないのが印象的でした。
色々な自治体さんと話していると、観光に力を入れたいと言っているところは多いです。もちろん交流人口を増やし、お金を落としてもらい、自治体の収入を増やそうというのも重要な考え方だと思います。一方で、今のお話だと、「住民の住みやすさの部分に力を入れてきたのがよかったし、今もそれで十分じゃない?」 というふうに聞こえたのですが、そういうニュアンスでしょうか?

藤原
観光に頼るのは最終手段なのかなと、僕は思います。現実路線を進むまちでよいと思うんです。

高木
今中さんの「力んでいる感じがない」というのはちょっとわかります。
話を聞いていてわかると思うんですが、僕も藤原さんも生まれがここなので、美濃加茂のことが好きなんですよね。「なんにもないように見えるけど、ちょうどいいまちだ」って、けっこう地元の方たちも思っているような気がします。市の運営をお店の運営に例えた時に、結局SNSでバズってお客さんがドカンと増えるよりも、口コミで地道にコツコツお客さんが増えていけばいいみたいな。そういうことを藤原さんはおっしゃっていたんじゃないかと思います。

藤原
よい意味で、市に頼っていないんです。少なくとも僕みたいなお店をやっているような人間は。「市が観光客を呼び込まなくたって、自分たちで発信して、自分たちでお客さんを取ってくるんだ!」っていう気概の人がほとんどだと思います。ご高齢でお店をやられている方でもSNSを駆使して県外からお客さんを呼び込んでいるお店もあります。なんなら彼らからしたら「自分たちの店が観光地だろう!」くらいの想いでやっているんです。

小野寺
すごいパワフルですね。実際、美濃加茂は商売をやりやすい場所ですか?

藤原
美濃加茂は飲食店が固まっているエリアがいくつかありますが、それらが離れていて、かつ隣の可児市と比べて圧倒的にテナントが少ないんですよね。逆に可児は飲食店が集合しているエリアがある程度まとまっている。だから美濃加茂はほかよりも団結力が試される場所だなと思っています。今の美濃加茂は、お店が少ないのでライバル店に悩まされるといったことはないです。強いて言えば、まちを出歩く人——特に若い人たち——が少なくなっているので、その現象がライバルみたいな感じです。

ありがたいことに、僕のお店にはいろんな世代が集まってくれている方だと思っています。それは他の飲食店がきっかけで来てくれる人が多い。その恩返しじゃないですけど、例えばうちの店でやるライブイベントをきっかけに、「普段はまちを出歩かないけど音楽が好きで来てみた」みたいな若い人たちが、地元の方々と交流したり、彼らにとっての新しいお店を知ったりする機会をつくれる場所にこのバーをしていきたいですね。

小野寺
これから美濃加茂がどんなまちになって欲しいですか? またどんな自分になっていたいですか?

藤原
全てを賄えるようなまちになるのが理想だと思っています。自分がナイトバーをやっているのも、「美濃加茂には、0時以降も飲める店があるよね」って言われるまちになってほしかったからです。店名の「dominant」はドミナント戦略と音楽用語のドミナントをかけているんです。ドミナント戦略というのはチェーン店などが限定された地域内に集中して出店し、その地域で高い独占率を狙う手法を指すのでネガティブな意味にも捉えられがちですが、僕がイメージするのは、「美濃加茂市に行けば楽しいお店の隣にまた楽しいお店がある」という状態。

そんな光景を今後10年、20年かけて、自分でも色々なお店をやって、実現したいなと思っています。だから、まずはなんとかこのお店を続けて、毎日満員になるようなお店にしていきたいですね。そして極端に言えばこのお店を丸々真似してくれるような人が出てきて欲しい。そしたらまさに狙い通り! 一緒に楽しいエリアをつくっていきたいですね。

藤原涼太郎さん。「ドラム雑誌の表紙風に」とリクエストしたらノリノリで応えてくれました。

(2023年10月12日収録)


編集後記
このインタビューのあと、初めて藤原さんのお店を訪ねた。やはり客層の幅広さに驚いた。その日は30〜70代くらいの男女が合計10名ほどいて、最初はそれぞれの仲間内だけで会話をしていたが、次第に一つの輪ができていく。自分もその一員だ。美濃加茂の人は外から来た人もそうでない人も誰でも受け入れてしまう気質がある、という話を藤原さんがしていたが、まさにそんな美濃加茂の一面を垣間見た気がした。
あの夜は藤原さんのお店だからこそ出会えた人たちがいたと思う。そういう意味では、まだまだ美濃加茂には僕の知らない場所・人にあふれている。次回以降の取材でも、そこで得られる新たな出会いを楽しんでいきたい。(高木/らんびー)

人口、地価、空き家率、通勤時間……これらの基礎的なデータは、まちを知る上で大きな助けになる。まちを自分の目で見て肌で感じるという行為はあくまでも主観的に行われるけど、データはそこに補助線を引いてくれる。
今回はデータを題材に藤原さんにお話を伺った。彼の目に映る美濃加茂は可能性にあふれているけれど、同じデータを見て正反対のことを言う人もいるかもしれない。まちとは、そうしたいろいろな考えを持つ人びとを内包しているものである。この先、いろいろな方にお話を伺う中でも、自分の主観にとらわれず、多様な視点でまちを捉えることを忘れないようにしたい。(小野寺/編集部)

聞き手:小野寺諒朔、高木健斗(らんびー)、今中啓太・齊藤達郎(NTTアーバンソリューションズ総合研究所)
構成・編集:小野寺諒朔(地域想合研究室)
編集補助:福田晃司、春口滉平
デザイン:綱島卓也