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温度をつくることからしか、街まちづくりははじまらない|都市空間生態学から見る、街づくりのこれから vol.5

文:木内俊克


前回前々回と扱ってきた「温度あるデータ」と街づくりについて、ここまでの流れをふりかえっておこう。

  • 人びとが感覚や感情で捉える様々な情報のことを、ここでは「温度あるデータ」と呼んでいる。

  • 誰かの記憶や想像にふれ、まだ知らない世界の感じ方や捉え方を経験することができれば、もっと街が楽しくなるはず。

  • データの向こうに人の営みを感じる「温度あるデータ」の街づくりでの活用は限定的だが進んでいて、Decidimによる合意形成や位置情報ゲームINGRESSなど、発展的な可能性を感じる事例も少なくない。

今回(後編)の記事では、さらに「温度あるデータ」の先に見出せる、街づくりのちょっと先の未来にイメージをふくらませて、一連の記事の区切りとしたい。

動画コンテンツと少し先の未来


前回の記事で、grafの服部滋樹氏が総合監修した「めぐみ めぐる てんり」を事例として挙げ、情報の向こう側に人や人のモチベーションを感じさせる強力なメディアとして動画コンテンツが無視できないこと、ただし動画は編集や製作に時間がかかり過ぎることでデータとしての現在性や更新性に劣る点を指摘したが、縦型動画をフォーマットとした動画流通のプラットフォームのなかで、必ずしもその指摘の限りではないことが起こってきているようだ。

兵庫県立大学の商大ビジネスレビュー(2021年3月)[*1]で、TikTokの特徴について、次のような興味深い指摘がある。TikTokは、スマートフォンさえ手元にあれば「BGMはあらかじめ数万種類……さまざまなエフェクトも利用でき……自分なりのコンテンツを作り上げる」ことができるものであり、従って「基本的には15秒前後、長くとも1分程度の動画を簡単に制作、編集、投稿」するもので、「「Youtube」動画視聴時間……平均5分前後……と比べると……短時間で撮影、視聴ができる」点が特徴的であると。撮影に特別な機材も必要なければ、定型化されたフォーマットで撮影されることで素材の編集にも一定の質が担保されることが、避けがたかった動画更新の遅さがもはや問題にならない、スピーディな短尺動画の流行に結びついたことが指摘されている。

*1 寧一格「「TikTok」が急激な成長を遂げている要因に関する考察」(兵庫県立大学『商大ビジネスレビュー』第10巻第4号(2021年3月))
https://www.u-hyogo.ac.jp/mba/pdf/SBR/10-4/121.pdf

たとえば、TikTokのハッシュタグ #ukraine には、ロシアによるウクライナ侵攻に関する現地の人たちによる動画が数多く投稿されている。スピーディに現地の情報が流通すると同時に、そのファクトチェックも課題となっている。

そしてスピーディな短尺動画の流行がつくった傾向として、次のような点も指摘できる。

  • その多くがスマートフォンというデバイスで撮られ編集された縦型動画である

  • 俯瞰的な画角ではなく対象に対して至近距離で撮影され没入感を伴う

  • 日常のなかにありそうでなかなかない瞬間や、自分のまわりでも起こりえそうな偶然といったものが撮影対象とされることが多い

動画の多くはSNSと結びついて流通していることも相まって、日常のなかでクイックに撮られ、加工され、日常のなかでクイックに受容される。自分の身のまわりでも起こりえたことを、スマートフォンを介してすぐそこにあるように経験する。そのようなフォーマットが、発信する側と受容する側の距離をぐっと近づけた点は特筆に値する。

つまり縦型動画は、これまでの質を重視した動画とはまた異なるかたちで発信側と受容側の距離を圧縮し、十分な更新性をもちながらも、新しい「温度」を帯びたデータとして流通していく可能性を感じさせる。

こうした動画コンテンツの発信・受容の距離の圧縮および簡易化は、温度あるデータを誰もが簡単に扱える未来を想像させる。2020年4月に立ち上がり、国交省が進めている3D都市モデル整備・活用・オープンデータ化プロジェクトPLATEAUでは、既に主要都市部の3D都市モデルや、各種GISデータがオープンデータ化されている。Google Mapに紐づけられたクチコミ写真のように、様々なショートビデオや360度動画が発信されては、それが物理空間や仮想空間でのロケーションや3Dモデル・GISデータと紐づいて受容可能になる世界がすぐそこまで来ていると言えそうだ。

面的な回遊特性指標と少し先の未来


「温度あるデータ」への関心を起点に、都市空間生態学で取り組んでいた、自転車の位置情報履歴から人々の体験を読み解く試みについても紹介したい。研究の詳細は都市計画学会に提出した論文「自転車利用者の走行過程における面的な回遊特性把握を可能にする指標の提案」[*2]に詳しいので、興味のある方はそちらを参照いただければと思う。

*2 木内俊克ほか「自転車利用者の走行過程における面的な回遊特性把握を可能にする指標の提案」(日本都市計画学会 都市計画論文集 Vol.54, No.2, 2019年10月)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/journalcpij/54/2/54_90/_pdf/-char/ja

研究の概要はこうだ。まず、目的地を定めてもおおまかな方向と距離しか表示されない自転車用のナビを開発した。ナビの利用者は、目的地に近づいていることを確かめながら、最短距離ではないルートを遠回りして移動することで自由にまちめぐりを楽しんでもらうことを目的にしている。

開発した自転車用ナビアプリ

ナビは、研究の一環で開催した自転車によるまちめぐりイベントで、参加者に利用してもらった。自転車による余暇的な移動では、多少の回り道は大きな負担にならず、最短ルートを選ぶことのインセンティブより、ぶらぶらと楽しい道を探すことへのインセンティブが働きやすい。余暇・観光利用でのレンタサイクル/コミュニティサイクルが、各地の観光地で周遊促進の役割を担ってきた現状を指摘した論文も多く、岡山大学の橋本・中島による2017年の論文[*3]では、コミュニティサイクルの導入により、来街者が移動しやすさや楽しさを感じるようになると、まちに憩いや潤いを感じる意識が高まり、意識上でのまちの魅力が間接的に高まることも報告されている。

*3 橋本成仁、中島那枝「コミュニティサイクルの導入がまちの魅力に与える効果に関する研究」(日本都市計画学会 都市計画論文集 Vol.52, No.2, 2017年10月)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/journalcpij/52/2/52_188/_pdf/-char/ja

都市空間生態学での研究のポイントは、こうして積極的に余暇として周遊することを推進して得られたイベント参加者の回遊データから、移動の部分ごとに回遊性がどう変化したかを面的に取り出す指標を提案したことだ。移動のどの部分、どんな場所で回遊が高まっていたかを、迂回度、方向変化度、移動速度の3つの指標から評価する。

こうした回遊性の評価によって、これまではデータ化される際に切り捨てられてきた余剰な部分を、温度あるデータとして取り扱うことができるようになると考えている。特に迂回度と方向変化度の指標は、参加者自身も意識していないような動的な回遊度合の変化を読み取ることができる。この変化を使って、たとえばたたずまいに惹かれて皆が曲がりたくなるような街角、少しゆっくり走りたい路地、ちょっとした休憩に持ってこいの小広場、美しい景色で走りやすい人気のルートなどが、そこを人が走るだけで検出されていき、マップ上にプロットされていくような未来が想像できる。

私たちはどの場所にいくにも、Google Mapや食べログなどの5段階の口コミ評価を参考にすることが増えたが、いわば無意識的に身体が反応する「いいね」の評価がマップ上に蓄積され、参照できるようになるイメージだ。個人が特定されるような直接さこそないが、そこには十分に人の気配を感じる「温度」が蓄積されていくはずだ。

雑誌 a+u 2021年1月号「バイシクル・アーバニズム——新しいモビリティと変化する都市 サンフランシスコ、ニューヨーク、チューリッヒ、東京」の特集では、コペンハーゲンのノアポート駅などの先進的な自転車「駅」の事例から、既存のガードレールをハックしてつくる自転車ラックの提案など、交通の起点となる施設が既存の街中に溶け込んでいき、自転車にとっての「駅」の概念が拡張されていくような提案が見られる。都市空間生態学で提案した回遊特性指標は、こうした提案ともシームレスに接続していく考え方である点も指摘しておきたい。既存の街並みの中にあるちょっとした滞在や休憩ができる場所を「駅」のきっかけと捉えれば、自転車、ひいては自転車以外にもいま話題を集めている多様なマイクロ・モビリティにとって「駅」になりうる分散的な魅力スポットが、人の移動によりあぶりだされていき、まちの共有資源として認識できるようになる、そんな未来を見ることができるだろう。

多次元化する情報のインターフェースと少し先の未来


いきなりだが、Forensic Architecture(以下、フォレンジック)というロンドンのリサーチエージェンシーを知っているだろうか。2018年のターナー賞にノミネートされたことで話題となったグループで、建築家にアーティスト、映像作家から、ジャーナリスト、弁護士までがチームに加わり、建築・都市分野における3Dモデルを技術的な核としながら、そこに報道映像やSNSデータを組み込んで、戦争犯罪や人権侵害の現場における真実を再構築し、国際裁判の為の証拠資料などを制作している。

なぜ突然フォレンジックなのかというと、彼らが制作する動画のアウトプットには、これまで積極的には統合して体験されることのなかった多次元的な情報が、3Dモデルにおける空間に時間軸が導入されたかたちで、つまり現実の体験に近似したかたちをベースに重ね合わせられて体験することができるフォーマットが実現されているからだ。

2020年8月4日に発生した、レバノン・ベイルート港の爆発事故を検証した動画。監視カメラや一般市民がスマートフォンで撮影した映像などさまざまな情報を統合し、時間軸に沿って撮影位置が3Dモデル上にプロットされ、当時の状況が克明に再現されている。なお、使用されているベイルートの3Dモデルは、レバノン出身の建築家Salim Al Kadi氏がオープンソースとして公開している。
http://www.salimalkadi.com/07_beirut-001

フォレンジックのリーダーであるEyal Weizmanもインタビューなどで明言しているとおり、彼らのアプローチはメディアアーティストのHarun Farockiなどの影響を受けており、そのアプローチ自体は建築やメディアアートの分野ではこれまで様々に試みられてきた方法の延長上に位置づけられるものだ。ニューヨークをベースにしたSITU Researchが同様の手法でニューヨーク市警と住民の間で発生している事件の詳細を明らかにするリサーチを展開している例に見られるように、そのアプローチは特に建築・都市の分野では広く展開できる可能性があるものだ。

前回の記事で紹介したINGRESSでは、ゲームの情報空間を実際のまちにぴったりと重ね合わせ、Google Mapベースのインターフェース上でまちにあるモニュメント的な要素を登録してはその陣取りゲームを行う仕組みとし、実空間における体験とゲームの中の体験が重ね合わせられたことを指摘した。Microsoftのホロレンズを代表格に、MRグラスの開発に各社がしのぎをけずっているなか、グラスを装着しては現実の空間に映像や情報を浮かべ、浮かべたオブジェクトを手でさわって操作できるシステムの普及も、もうすぐそこまで来ている。

こうした複数の要素がそれぞれに整ってきた状況をみるにつけ、INGRESSで体験した情報、体験、空間の共有を一歩前に進めれば、現実に重ね合わせた3Dモデルに時系列を導入し、テキストや画像はもちろん、上述した短尺動画や、回遊度指標のような街における人々の活動の痕跡を埋め込んだり、あるいはライブでモデルを動かしたりなど、多次元化した情報を一連の体験としてコミュニケーションできる仕組みの構築もそう遠い先の話ではないだろう。このとき「温度あるデータ」利活用の可能性は途端に拡張するはずだ。そしてそれは、街においてまだ共有されていない価値を発信し、受容する経路を、大きく拡張してくれる可能性に満ちている。

温度をつくる


「温度あるデータ」の先に見出せる、街づくりのちょっと先の未来に思いをはせ、その可能性を見てきた。確かに、様々な情報技術の登場は、私たちが街をより高い解像度で捉え、まだ共有されていない価値を掘り出していく為の強力なツールやプラットフォームたりえることもイメージいただけたのではないかと思う。

ここで前々回の冒頭、「温度あるデータ」とは何かについて書いた記事の冒頭で紹介したネバ―エンディング・ストーリーのバスチアンに与えられた使命を思い出すと、「人の想いが世界をかたちづくる、もっといえば、世界は人が想い描くあたまの中にある」というポイントはあらためて重要だ。

「温度」を伝えるにも、第一に誰かがまちを楽しんで価値を見出すこと=「温度」をつくることからはじめなければ、街づくりははじまらない。

そして本に書かれたテキストによりバスチアンの想像力が開放されたように、あるいは写真によって風景が価値化され、インスタから映えという価値が生み出されたように、世界が記述され記録されることと、世界のなかから価値ある何かが見出されることは本質的に表裏一体だ。

まずは何かを手に取って記録し、世界のなかでまだ見つけられていない「温度」をつくることから街づくりをはじめてみてはいかがだろうか。

木内俊克(きうち・としかつ)
京都工芸繊維大学 未来デザイン工学機構 特任准教授/砂木 共同代表
東京都生まれ。2004年東京大学大学院建築学専攻修了後、Diller Scofidio + Renfro (2005〜07年)、R&Sie(n) Architects (2007〜11年) を経て、2012年に木内建築計画事務所設立。2021年より株式会社砂木を砂山太一と共同で設立。Web、プロダクト、展示、建築/街づくりの企画から設計まで、情報のデザインを軸に領域を越えて取り組んでいる。教育研究活動では、2015~2018年 東京大学建築学専攻 助教などを経て、2022年より現職。2015~2020年に在籍した東京大学Design Think Tankでは、このnoteでも取り上げている「都市空間生態学」の研究を担当。代表作に都市の残余空間をパブリックスペース化した『オブジェクトディスコ』(2016)など。第17回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館展示参加。

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イラスト
藤巻佐有梨(atelier fujirooll)

デザイン
綱島卓也(山をおりる)