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東大日本史の理論(最終版)

これは、2020 年度に note で 5 回にわたって(Ⅰ〜Ⅳ+補論)公開した「東⼤⽇本史の理論」を1つにまとめ、2021年度に公開した記事の内容も若干織り交ぜたものです。2021年度末をもって活動を終了しますので、今まで蓄積してきた東大日本史に関する理論の集大成とお考えください。
なお、noteで公開したものに加筆・修正を⾏なっている箇所があります。
PDFも用意しましたので、ご利用ください。

1.はじめに 

「東⼤⼊試の⽇本史」というとどのようなイメージを抱くでしょうか。おそらく世間のほとんどの⼈はこう考えるでしょう。

東⼤なんだから、普通の⼈は絶対知らないような難しい単語や細かいことを聞いてくるんじゃないの?やっぱり東⼤⽣となると記憶⼒が違うんだろう。

確かに、今の「地歴公⺠」という科⽬のイメージといえば「暗記するだけの科⽬で苦痛」、「単語を詰め込むだけで、何の役に⽴つのかわからない」であることは否定できません。しかし、東⼤の⽇本史というのはそうしたイメージとは真逆のものです。東⼤ HPで公開されている、直近3年間の⼊試問題を⾒てみてください。
どうでしょうか。この問題は、解く際に教科書を⾒ることを許されたとしても容易に解答できる問題ではありません。ではこれにどうやって解答すればいいのでしょうか。もしかして内容が⼤学レベルだから受験⽣には到底無理?
いいえ、そんなことはありません。確かに東⼤の⽇本史という科⽬は普通の論述問題とは違います。普通受験⽣がイメージする⽇本史の論述問題というのは、筑波⼤学や京都⼤学のような、「〜について説明せよ」という問題⽂だけが置かれて⾃分の知識を整理して論述する問題です。ここでは⾃分の知識のみが頼りです。しかし、東⼤⽇本史は上に⽰したように、

与えられた⽂章や資料をもとに、⾃分が学んできた時代背景や、その時代の⼈々の⾏動論理と照らし合わせて、知識だけでは対応できない視点から解答する

という特徴を持ちます。これにより、教科書を⽤いた歴史の理解に加え、それを暗記ではなくきちんと理解していたかということ、そして提⽰された資料に俊敏に反応し問題の要求に正⾯から応えるための論理的思考⼒をも測ることが可能になります。これは、

⾃らの興味・関⼼を⽣かして幅広く学び,その過程で⾒出されるに違いない諸問題を関連づける広い視野,あるいは⾃らの問題意識を掘り下げて追究するための深い洞察⼒を真剣に獲得しようとする⼈を東京⼤学は歓迎します。(「期待する学⽣像」『東京⼤学アドミッションポリシー』)

知識を詰めこむことよりも,持っている知識を関連づけて解を導く能⼒の⾼さを重視します。(「⼊学試験の基本⽅針」『東京⼤学アドミッションポリシー』)

という、東京⼤学全体の姿勢とも共通するものです。
さて、東⼤⽇本史は普通の論述とは異なるということと、その特徴をざっと理解したところで本編に進みましょう。

2.形式 

まず、現在の東⼤⽇本史の形式を知っておきましょう。東⼤⽇本史は 2002年の例外を最後に⼤問4題構成で、第 1 問古代、第 2 問中世、第 3 問近世、第4 問近現代という構成を基本としています。

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形式⾯では、第 1 問〜第 3 問は資料⽂利⽤型の問題、第 4 問は⽑⾊が違い、グラフや表を利⽤したり史料が数点置かれている問題です(もちろん両⽅とも例外はあります)。2020年度時点、直近10年の字数は以下の通りです。東⼤の解答⽤紙は年度を通して共通で、30 字×20~22 ⾏の解答欄が4つあるだけです。問題⽂中では、「〜⾏以内で述べなさい」のように、字数ではなく⾏が単位として⽤いられます。

※「⼩問 A/⼩問 B/⼩問 C(⼤問全体の字数)」と表記

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3.正しいイメージ

「はじめに」においてアドミッションポリシーを引きました。⼤学⼊試問題は、受験⽣の⼒を問いたいという思いをもって作られています。ですから、その「求められている⼒」を正しく認識さえすれば、的外れなことにならなくて済むということになります。しかし、上のアドミッションポリシーだけではさすがにイメージしにくいと思いますので、正しいイメージを助けるような記述をいくつか引⽤していきたいと思います。

<引⽤ 1>
歴史的思考⼒が獲得できたかどうか、どうしたら確認できるのでしょうか。それには、事象と事象の因果関係を結びつける際の解釈の妥当性を⼀つひとつ確認しなければなりません。確認するには、論述させて、頭のなかの考察の過程の巧みさ、正しさ、妥当性を⾒る必要が出てくるのです。たとえば、教師の⽴場からすれば、⼀七七六年のアメリカの独⽴宣⾔と、⼀七⼋九年のフランス⾰命の因果関係を問いたいときに、この⼆つの歴史事象について、いくつかの史料を⽤いて、その因果関係を論述させる問題を本当は出したい。けれども、限られた時間で多くの受験⽣の答案を採点するとなれば、こうした問題を⼤学の共通テストでは出せない。ということで、結局「以下の五つの出来事を順番に並べよ」という問題の形式にして、アメリカの独⽴宣⾔とフランス⾰命の起こった順序を答えさせることになる。この場合、因果関係についての妥当な考察ができていなくても、アメリカの独⽴宣⾔は⼀七七六年、フランス⾰命は⼀七⼋九年、と暗記さえしていれば、解答に到達できてしまいます。(加藤陽⼦「それでも、⽇本⼈は『戦争』を選んだ」新潮⽂庫、2016 年、pp30-31)

太字にした、「本当は出したい」という問題が東⼤の⼊試問題の特徴を描写していますね。加藤陽⼦先⽣は、東⼤⽂学部日本史学専修の先⽣です。おそらく作問にも携わっています。
 また、東大は入試問題の「出題の意図」を公表するようになりました。2019年度から3年分があります。その記述も毎年同じではなく、だんだんと追加されています。その追加には必ず意味がありますので、「出題の意図」の変遷を追いながら、東大日本史で求められている力を浮き彫りにしましょう。

<引⽤ 2> 2019年度「出題の意図」
問題はいずれも、①⽇本史に関する基礎的な知識を、暗記だけではなく理解して習得しているか、②設問に即して、習得してきた知識と、設問で与えられた情報を関連付けて考察することができるか、③考察の結果を、設問への解答として論理的に⽂章で表現することができているか、を問うものになっています。歴史的事象について、なぜ、どのように起こったのか、相互にどのような関係や影響があったのか、常に⾃ら考えて学んできたかを測るものです。(東京⼤学「『地理歴史(⽇本史)』の出題の意図」2019 年)

助詞や句読点といったマイナーチェンジは置いておいて、2020年度になって追加された記述は下の太字の部分です。

<引⽤ 3> 2020年度「出題の意図」
問題はいずれも、①⽇本史に関する基礎的な歴史的事象を、個々に暗記するだけでなく、互いに関連づける分析的思考を経た知識として習得しているか、②設問に即して、習得してきた知識と、設問で与えられた情報を関連付けて分析的に考察することができるか、③考察の結果を、設問への解答として、論理的な⽂章によって表現することができるか、を問うています。歴史的な諸事象が、なぜ、どのように起こったのか、相互にどのような関係や影響があったのか。それを⾃ら考えつつ学んできた深さを測ろうとしています。(東京⼤学「『地理歴史(⽇本史)』の出題の意図」2020 年)

・「知識」の説明が詳しくなっています。「互いに関連づける分析的思考を経た知識」というのは、正しい歴史学習のあり方を端的に示した言葉です。

2021年度には、さらに記述が変更されました。太字で示します。

<引用4>2021年度「出題の意図」
問題はいずれも、①日本史に関する基礎的な歴史的事象を、個別に記憶するのみならず、 覚えた事実を互いに関連づけ、統合的に運用する分析的思考を経た知識として習得しているか、②設問に即して、受験までに習得してきた知識と、設問において与えられた情報とを関連付けて分析的に考察できるか、③考察の結果を、設問への解答として、論理的な文章によって表現できるか、を問うています。歴史的な諸事象が、なぜ、どのように起こったのか、相互の間にどのような関係や影響があったのか。それを自ら考えつつ学んできた理解の深さと、自らの理解を論理的に表現する力を測ろうとしています。

⑴暗記→記憶
暗記は、「よくわからないけどとにかく覚える」のようなニュアンスがありますが、記憶はそうしたニュアンスは薄れ、「工夫して覚える、理解して覚える」に近い単語です。インプットしてきた内容だけでなんとかしようとする、という姿勢をより強く否定する言葉遣いになっています。
⑵統合的に運用する
習得段階で「運用」が求められているとも読めるし、「運用できるくらいの知識」という修飾であるとも読めます。「歴史総合」を意識した記述でしょうか。
⑶受験までに
受験までに、というのは、高校範囲という言葉とほぼ同義でしょう。無理に高校範囲を超える内容に手を出したり、ヤマを張るために予想問題ばかりやる、というような姿勢に対して警鐘を鳴らしているように見えます。先日、質問箱に「大学への日本史」を使うことの是非を問う質問が来ましたが、「自分の興味として読むならいいですが、受験で高得点を得るためだけならおすすめしません」とお答えしました。

4.イメージをより具体的に

上に⽰したように、東⼤⽇本史は、⽇本史の知識を問うためだけの試験ではなく、⽇本史を媒介にして受験⽣の学⼒そのものを暴く試験だと⾔えます。
上の「出題の意図」をもう⼀度⾒てみてください。受験⽣に求められている能⼒は、上の引⽤⽂から、「⽇本史の知識+資料⽂に反応し考察する⼒+論理的思考⼒と⾔語能⼒」だといえます。このようなことに留意して学習を進めましょう。
さて、ここまでが前回までの内容のおさらい+α です。上にあげたようなことはいかにも抽象的で、実際に問題を解くイメージが湧かないかもしれません。もう少し具体的に説明をします。東⼤⽇本史を解く際の鉄則は、①資料⽂を過不⾜なく利⽤することと、②「資料⽂の評価」というプロセスを組み込むことです。
まず⼀点⽬。東⼤の問題は東⼤教授が熟慮を重ねて作った問題ですから、資料⽂に余計な要素はありません。可能な限り全ての要素に反応しましょう。資料文を使わないのは、指定語句を使わないようなものです。
次に⼆点⽬。資料⽂は受験⽣がおよそ知らないような事も提⽰してきますが、(何度も⾔いますが)作問者は東⼤教授ですから、⾼校範囲を⼤きく逸脱したものは提⽰しません。求められているのは、「分析的に考察」する⼒です。⾃分の知識を使って、「出題者はどういう意図でこの⽂を提⽰しているのか= 解答の中でどういう位置付けを与えることを期待しているのか」ということが⾒えてくるようになれば、解答のビジョンも⾃ずと⾒えてくるはずです。
これは執筆者が駒場の講義で習ったことですが、歴史学の基本プロセスは、「問を⽴てる→史料批判→事実の解釈→歴史像の提⽰」です(詳しく知りたい⽅は岩波書店『東⼤連続講義歴史学の思考法』を参照)。このプロセスは、多少の違いはあれど東⼤⽇本史を解く際のプロセスに似ていると思っています。東⼤が、⼊試において学問を受験⽣に体験させていると感じないでしょうか。⽇本史に限らず、東⼤⼊試にはそういう側⾯もあることを感じつつ、過去問を解いてもらえばと思います。 

5.どのように解くか 

さて、以上のことを踏まえて、解き⽅の⼀例を⽰します。もちろんやり⽅は⼈それぞれです。これは、⾃分がベストと信じる⽅法を理由をつけて⽰したものです。批判的に検討し、取り⼊れてもよいと思ったことは取り⼊れて欲しいと思っています。 

資料⽂を概観する。 「何の⽂章か」、そして「全体的に何が⾔いたいのか」ということを掴みます。東⼤⽇本史は、『何かを読み取らせたいんだな』という問題が多くあり、おそらくその「読み取らせたいこと」「イイタイコト」を書いた答案は評価してくれます。そして、⽂章の細かいところに気を配る段階になるとそういう視点に戻るのは難しいので、最初にマクロの視点から説明⽂を⾒ておくことをおすすめします。場合によっては⾃分の知識と照らし合わせて⽂章同⼠の関係性を問題冊⼦に書き込んだり、知識を補⾜してもいいです。

 ②問題⽂を⾒る。 要求を掴みます。問題⽂の⽅を先に⾒る⼈もいますが、⾃分は、先⼊観が邪魔になる問題が出たときのことを考えて問題⽂を⾒るのは後にしていました。ここで、解答の⼤筋ができることもあります。

 ③改めて資料⽂を読む。 問題⽂を⾒た上で、資料⽂を精査します。東⼤⽇本史は「イイタイコト」があると同時に説明⽂に無駄はないので、マクロとミクロ両⽅の視点で眺める必要があります。説明⽂間の関係をもとに解答の論理構成を決めたりします。

 ④答案を書く。 これまでのプロセスをもとに答案を書きます。まずは下書きです。やり⽅は⼈それぞれですが、⾃分は「『イイタイコト』は何か・⼊れなくてはいけない要素は何か・それぞれどういう関係で繋がなくてはいけないのか」ということを書いて(頭の中で済ますこともありますが)、⽂章にして、字数や時間と相談しながら最終的な解答を決めるといった感じです。

6.論述答案を読みやすくするために

いざ論述となるとめちゃくちゃな⽇本語になりがちかもしれませんが、めちゃくちゃな⽇本語=論理的思考⼒の⽋如、と判断されかねません。⾃分は、マイルールをだんだん決めていきました。最初うまく書けないのは当然ですから、段々⾃分なりの答案の書き⽅を⾒つけていきましょう。下は、論述で気をつけて欲しいことを列挙したものです。

①⾔葉の重なりに気を付ける
なんとなく⽇本語を書いていると、接続詞、助詞などが重複しがちです。特に「の」という助詞は、気を抜くとすぐに重複します。例えば、「当時の将軍の徳川家光の指⽰によるものである」という⽂章を書いたとしましょう。⼤学の先⽣は学部⽣のレポートを何千枚何万枚と⾒てきているでしょうから多少の表現の不⾃然さは不問でしょうが、可能であれば直してきたいとことです「当時の将軍、徳川家光が指⽰したものである」とすればスムーズに読めますね。
もちろん接続詞の重複も要注意です。特に、資料⽂を読む中で突然の気づきがあった場合、急いで書くので順説では「ため」とか「ので」、逆説では「が」を連続して使いがちです。「600年の遣隋使で後進性を指摘されたため、⽂明国となるため憲法⼗七条や冠位⼗⼆階の制を整えた」という⽂章があったとしましょう。⼆つの「ため」は⽤法が違いますが、どこかひっかかります。「600 年の遣隋使で後進性を指摘されたことで、⽂明国となるため憲法⼗七条や冠位⼗⼆階の制を整えた」とすればよいでしょう。

◯因果関係を表す接続詞⼀覧
順説:ため、ので、ことで、ゆえ
逆説:が、しかし

②因果関係を使うときは慎重に
さきほど接続詞について述べましたが、そもそも因果関係を論述答案に盛り込む際には慎重になってください。他の接続詞と同じ感覚で安易に因果関係を扱い、因果関係がない場⾯で「ため」とか「ので」だの「ことで」を使うと、その分野の専⾨家である先⽣にとってはかなり印象が悪くなるでしょうし、使いどころによっては「資料⽂を読んでいない」というイメージを与えかねません。現代⽂の林先⽣は「論理の捏造」という⾔葉を使います。複数の資料文を繋げようとして、無理やり因果関係に持ち込むのも印象が悪いです。
「また」は論理的説明の放棄となるので極⼒使わない、と後に書きますが、論理を捏造するくらいなら「また」やそれに準ずる助詞を使ったほうが幾分ましかと思います。
とにかく、答案を作るときは、因果関係の助詞の前後に「原因―結果」とか「事実―歴史的意義」の関係が①資料⽂の記述と、②⾃分の知識と照らし合わせて成⽴しているかをよく確認しましょう。

③⼀⽂が⻑くならないよう気をつける
今までいろいろと接続詞について述べてきましたが、たとえ因果関係の検証を慎重に⾏い、⾔葉の重複がないよう気をつけたとしても、⼀⽂が⻑ければ読みにくいことこの上なく、そうした努⼒がパアです。問題にもよりますが、4⾏(120 字)以上の問題は 2 ⽂以上に分けたほうがいいと思います。
⽂の分け⽅としては
①⼆⾯性、変化、差異を指摘するとき(A↔︎B)「⽇本の律令制はA。⼀⽅で/しかし B。」
②因果関係を指摘するとき(A→B)「A。そのため/そこで/こうして B。」
③因果関係を指摘するとき②(B→A)「A。それは B のためである。」
④時期区分するとき「中世前期はA。(⼀⽅で)中世後期は B。」
⑤追加するとき「A。さらに B。」
 とりあえず思いつくのはこれくらいです。これらを組み合わせて使うなどして 3 ⽂以上になる場合もあります。ダラダラと接続詞でつなぐより、きっぱり⽂を分けたほうが綺麗な論述答案になる場合が多いですから、少し気をつけてみてください。きれいな⽂章の切り⽅は、たくさんの模範解答に触れるのが最も⼿っ取り早いでしょう。もう解かない予定の過去問の解答があったら、もう⼀度⾒直して⽂章構成を学んでみましょう。

④「また」はなるべく使わない
前にも述べた通りです。「論述」は「論理的に述べる」⾏為ですし、200 字以内で収まるのですから、「また」を使うと、「それどこから持ってきた?」という印象を与えかねません。本番で論理関係を捏造するよりはマシかとは思いますが、練習段階では「また」を使わずに⽂章を構成してみるとともに、「また」を使いそうになった場所は⾃分の弱点ですから重点的に⾒直しをしましょう。

⑤SVが含まれた修飾が多くならないよう注意する
 読んでいて一番読みにくいのは。SVが含まれた修飾です。主語の中にSVが入っていたりすると、構造がとれません。本番の採点は答案を短時間で捌かなくてはならないことが容易に予想されますから、読みにくい文章だと最後まで意図をとってもらえなくても文句は言えません。また読みにくい文章を書くのは、出題の意図「論理的な文章によって表現できるか」に反していますので、減点対象と考えて良いでしょう。
 よくあるのが、主語が長いことです。「Aした結果BとなったCは、Dを行った」のような文を書く人はかなり多いですが、これだと、場合によっては主語だけで1行に到達するので読みにくいです。「CはAした結果Bとなっており、Dを行った」など、主語が長くなり過ぎないように注意しましょう。
 また、SVが並列されているのも読みにくい上に字数の無駄です。「AがBとなったこと、CがDしたこと、EがFとなったことは、Gに繋がった」のようなSVが多い文章を書く方も多いですが、これは「AのB化、CのD、EのF就任」と書き換えればSVが減り、読みやすくなります。
 SVを用いた修飾は読めないことはないですし、時間がなければもちろん書いた方が良いですが、読みにくい場合が多いので、癖になっていたら減らしていきましょう、ということでした。

7.よくある誤解

 さて、今までは正しいイメージや解き方について述べてきましたが、ここでよくある誤解を提⽰し、イメージをさらに浮き彫りにしていきたいと思います。

①知識詰め込み論
平たくいうと、普通の論述問題のように、問に対して⾃分の知識だけで答えてしまうこと、さらには「単語を詰め込むことが何より⼤切」と考えてしまうことです。

批判1:先ほどから⾒ているように、東⼤⽇本史は少し変わった視点から問題を出してきます。中には資料⽂で初⾒の内容を出してくることがあります。ですから、答案には当然その内容を反映させなくてはなりません。
批判2:資料⽂からは「イイタイコト」が読み取れます。ですから「この単語が⼊っていれば◯◯点」というよりも、「◯◯が読み取れていて、答案に反映できていれば◯◯点」の⽅が本番に近いでしょう。
※しかし、ここで言っているのは、説明すべきところを、単語だけを記述して「事足れり」と思ってしまうことへの批判です。説明した上で、それが教科書でいうどの単語か示すのはむしろ必要です。このあたりの区別は言葉では説明しにくいところがあります。

②要約論
資料⽂の内容をただ使うだけでいいと考えてしまうことです。資料⽂で初めて出てきたような固有名詞が⼊ったものになります。つまり抽象化作業の⽋如ですね。

批判1:資料⽂を使ってはいますが、同時に資料⽂の内容だけに終始してしまっています。「イイタイコト」が反映できないでしょう。
批判2:「設問で与えられた情報と関連づけて分析的に考察」=評価のプロセスが⽋落しています。採点者から⾒て、思考の放棄と判断されかねません。

(参考)「歴史は科学であるということ」E.H.カー
E.H.カーというのは、「歴史とは現在と過去との間の尽きぬことを知らぬ対話」という名⾔を残した歴史学者で、「歴史とは何か」(岩波新書)という歴史哲学の本を残しています。そこには次のような⼀節があります。
『歴史家が本当に関⼼を持つのは、特殊的なものではなく、特殊的なもののうちにある⼀般的なものなのです』
⽰す範囲に多少の違いはあれど、東⼤⽇本史にも応⽤できる考え⽅でしょう。どちらも「イイタイコト」にたどり着けていないのがお分かりでしょうか。

⼀応⾔っておくと、先に⾒た①知識詰め込み論、②要約論ともに、完全に間違っているわけではなく、極端すぎる解釈というだけです。知識を使うこと、資料⽂を⼤切にすること両⽅が必要になってきます。

8.通史学習の⽅法

では、東⼤⽇本史に対応できるためにはどのようなことに留意して通史を学習すればいいのでしょうか。これに関しては記事を書いていますので、こちらをご参照ください。

9.東大日本史の解答例が見られるサイト・書籍

10.過去問演習の方法

過去問演習の方法についても、私がベストと考えるものをここに書いておきましょう。
①使用する年度
セット演習の機会は欲しいです。過去問に勝る教材は、東大日本史に関してはなかなかないため数年分を直前期のために残しておきましょう。2006以降〜現在が形式的に近いので、残しておくなら2006以降がよいでしょう。
あとは、それ以外のものを、既習範囲から、大問単位で解いていきましょう。解く際の問題選択は類題を集中的にやると効果的です。どの年とどの年が類題なのかというのは、野島先生の過去問集(note)や塚原先生の赤本などに書いてあります。

②進め方
以下の3ステップは、それぞれ必ず踏んで欲しいです。時期はそれぞれの状況によります。
⑴教科書を見て良い。時間無制限

⑵解いている間は教科書を見ない。時間無制限

⑶解いている間は教科書を見ない。時間制限あり(セット演習)

⑴:まずは、教科書を見てください。知識面では教科書で補助していいので、与えられた情報と関連づけて分析的に考察する訓練をじっくりと行う必要があります。考察のやり方がよくわかっていないうちは⑵に進まないようにしてください。

⑵:知識アウトプットの訓練です。⑴で、「この問題にはどの知識が必要なのか」を判断する力をつけないうちには、このステップに進んではいけません。必要な知識がわからないと、自分の知識の抜けには気づけないためです。これも時間無制限でじっくり考えてください。

⑶:1問15分ほどで解くセット演習です。機械的に計算すると1科目75分ですが、本番での緊張を考慮すると60分で完成させる訓練をしておいた方が安心です。共通テスト後、数回⑵をやって考察の感覚を掴んでから、セット演習に移行しましょう。

なお、⑵⑶ともに、終わった後は必ず教科書で復習してください。

11.模試の過去問、昔の過去問

直前期になると、「模試過去問か、昔の過去問か、はたまたすでにやった過去問をやり直すべきか」という質問がよく寄せられます。まずはそれについて扱います。

①すでにやった過去問をやり直す
現代⽂、世界史⼤論述、⽇本史は、「⼀度やったから効果は薄い」というものではなく、解答に⾄るまでの思考回路が⼤事である、ということは再三書いている通りです。過去問を使った学習としては、

初期:時間無制限の演習

共通テスト後:時間制限あり、150 分(75 分)セット演習

という⼈が多いかと思いますが、ここに、「数年分の過去問を極める」というのを⼊れて欲しいと思います。試験場での思考が重視される科⽬である以上、思考回路を完璧に押さえた過去問があると、それがブレない軸となって⾃信をもって解答を書くことができます。試験場では緊張のあまり変なことをしてしまいがちですが、軸がしっかりしているとそのリスクを減らすことができます。

②模試過去問か、昔の過去問か
さて、すでにやった過去問の重要性を再認識したところで、初⾒問題演習の話に移りましょう。過去問 10 年分をやったという状態を仮定して、初⾒問題演習に使えるもの(市販されているもの)は
⑴2010 年以前の過去問
⑵東⼤実戦過去問
⑶東⼤オープン過去問
⑷東⼤プレ過去問
⑸『東⼤⽇本史問題演習』の予想問題
です。⼀つ⼀つ⾒ていきましょう。

⑴2010 年以前の過去問
過去問なので問題の質はもちろん良いわけですが、形式が異なるものがあります。年表が提⽰されたり、第⼀問〜第三問で史料が提⽰されたり、資料が全く無かったり...
もちろん今年の⼊試が最近の傾向に則るとは限らないわけで、⾼得点を取るつもりの⼈はどんどんやってもらって構いません。確実に実⼒がつきます。しかし、資料⽂の使い⽅がうまく定着していない⼈は別です。2010 年度以前のもののうち資料⽂形式をとる過去問や、後述する東⼤プレの過去問などをやったほうがよいでしょう。

⑵東⼤実戦過去問
最新年度のものを見ていないので、ここでのコメントは差し控えます。2021年度2月地点での評価はnote「東大日本史の理論Ⅳ」をご覧ください。

⑶東⼤オープン過去問
最新年度のものを見ていないので、ここでのコメントは差し控えます。2021年度2月地点での評価はnote「東大日本史の理論Ⅳ」をご覧ください。

⑷東⼤プレ
最新年度のものを見ていないので、ここでのコメントは差し控えます。2021年度2月地点での評価はnote「東大日本史の理論Ⅳ」をご覧ください。

⑸『東⼤⽇本史問題演習』の予想問題
2009年の作ですが、今でも⼗分役⽴つちます。東⼤⽇本史と同じ頭の使い⽅が要求されます。東⼤⽇本史を解くにあたって⼤事なキーワードも随所に散りばめられています。ただ絶版となっており、⼊⼿しにくいのが難点です。

③第 1 問〜第 3 問と第 4 問の違い
第 1 問〜第 3 問は資料⽂形式、第 4 問は⾃分の知識の⽐重が⼤きい⼤問です。これに関しては、第 4 問の⽅は数重視で⼤丈夫です(もちろん質は軽視して良いわけではありませんが)。先述した「極める」過程では、第 1 問〜第 3問は 3 回くらいやってほしいですが、第 4 問は 2 回くらいで終わらせて、残りの 1 回は新しい問題に触れてください、というくらいの違いです。

12.本番の注意事項・⼼構え

さて、これまで⾊々と述べてきましたが、結局は本番で良い答案を書かないといけないわけです。ここでは、最近受験を経験した⽴場から、書いていきたいと思いす。 

①本番は、練習より時間がかかる
(脅すようで申し訳ないですが、本番でテンパるより事前に知っておいたほうがマシかと思うので書きます。)現役⽣はこれが初めての論述試験となる⼈が多いと思いますが、本番の論述答案を作る恐ろしさと⾔ったら、練習の⽐になりません。それゆえ時間がかかります。時間がかかると焦ります。もちろん皆さんも練習の感覚で解けるとは思ってはいないでしょうが、もう少しハードルを上げてください。
⽇本史は 70~75 分で解くのが普通ですが、余裕があれば練習での制限時間は60分にしてみましょう。 

②解答順序を変えるな
「解答始め」の合図とともにやることは、まず全体構成の確認と最初に解く⼤問への移動でしょう。確認をしている最中に、「あ、解けそう!」と思う問題があるかもしれません。その場合でも、解答順序は絶対に変えてはいけません。全体のペーズ配分が崩れるばかりでなく、東⼤⽇本史の恐ろしい所である、「知識だけでは解けない」にハマると、異常に時間が取られます。特に、「解けそう」と思ってしまった問題は、得点源にしようとするあまり時間をかけすぎてしまいます。

「あ、解けそう!ここから解こう!」
→「あれ、前やった問題と切り⼝が違う...この資料⽂何?」
→「やっと解答の⼤枠ができた...え?30 分経過?」

普通にありえます。「あ!解けそう!」と思っても⼀歩引いて、ピンときたことをメモするだけにしておきましょう。

③下書きはしよう
下書きはしましょう。焦っていると変な⽂章になります。全然字数が⾜りなくて、もう少し書けそうという場合、解答⽤紙に直接書いてしまうと⼆度⼿間です。

④煮詰まったら深呼吸して上を⾒よう
東⼤の地歴は頭を使います。どこかでつまづいて、頭がパニック状態になることもあると思います。そんなときは問題冊⼦から離れて、まっさらな気持ちでまた向き直りましょう。東⼤⽇本史は、「コロンブスの卵」のような発⾒が解答の核だったりします。それは問題冊⼦とにらめっこしても降ってきません。

あとがき

以上が、東⼤⽇本史対策の⼤枠を⽰したものです。参考になれば幸いです。質問があれば Twitter から質問箱・DM で質問していただいて構いません。見る頻度は減りますので回答まで時間がかかることはあるかと思いますが、わかる範囲でお答えします。

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