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【体験談】だから『家庭訪問』って言ったじゃん  -2月編/05-

 家庭訪問で気分が浮いたことはない。皆さんは『家庭訪問』にどのようなイメージをお持ちだろうか?

 小学校の低学年の頃に母が他界し、私は親戚に預けられていた。その時分の家庭訪問にも違和感というか妙な気分にはなっていたし、無事家族で暮らすようになっても何を話しているのかを気にしはすれど、やはり妙な気分でいた。

 私を知る人は誰もいなかったのだ。父は日中仕事でいない。担任の教師は私の学校での態度しか知らない。当時の私の小学校では一クラス四十人を一人で見ていた。私は身長以外で目立つことをしなかったし、父子家庭という事実が腫れもののようで、手探りでの交流なのが子供ながらに分かった。

 学生を終えてようやく『家庭訪問』なんて忘れたころに、まさか公の者に家庭訪問されることになろうとは。

 約束の時間に担当者がやってきた。マンションなんて気取ったところではないので、足音で何者かの接近は把握できる。聞きなれない足音だったので恐らくと思っていた。

「あ、どうも」

 私が顔を出すと担当者は手にバインダーを持ってそこに立っていた。紐でペンを繋ぎ、バインダーの所有者兼管理者と所在が分かるネームシールが貼ってある。
 担当者は早速その書類に何かを書きこんだ。この住所に偽りはない、というメモ書きか。

「すみません。これも必要事項で」
 それを言うのも必須事項なのだろうか?

「必要なら仕方ないので……」
「ここからだと、最寄り駅はどちらですかね?」

 把握している最寄り駅、バス停の所在を確認し合う。書類を覗き込むことはしないが、地図を広げられた時に警察署の所在と総合病院の所在が蛍光ペンでマークされていた。必要なのだろう。保護期間中も何が起こるか分からない。

「なるほど、ありがとうございます。ええと、次なんですが、またセンターに来てもらって、今後の事をちょっと、一緒に話しながら考えていこうと思います」
「分かりました。日程はいつになりますか? 自分は……ご存知の通り、今は全く自由が利くんでいつでも」
「あ、そうですよね。はい、じゃあ私の都合に合わせてもらう感じでいいですかね」

 そうして私たちは次の予定を合わせた。生活保護を早期に抜けたい意志は伝えてあるので、この話し合いも長くは続くまい。だがもし支援を得られるものがあるなら受けた方がいいだろう。私としても自己破産の申し立てが並行しているので、誰かとこの状況を共有したい。

 予定も合わせたことだし、これで今日はおしまいかな?

「それと……」
 確認が取れていなかったいくつかをここで取ってなお、まだあるのか? 私は次の言葉を待った。

「お部屋を拝見させていただきます」

 NANDE?

「え?」
「あの、これも必要なことでして」

 内覧について言わなかったじゃないか? その住所に住んでるかどうか、確認するって話だろ? なんだそれは、まさか部屋に入って確認までするのか?

 繰り返すが、これを書いている『私』が男性か女性か、それはご想像にお任せする。この担当者はその性別の対にあたる。親しくもない異性を部屋に入れたくない。それに自己破産に関する資料も放ってるし、洗濯ものを外に干す場所がないので今日も室内にある。

「ええと、今からですか?」
「はい」
「洗濯物とか……片付けが出来てないんですが」
「すみません」

 いや、謝られても困る。悪いのは金の管理が出来なかった私だ。担当者は国が定めた基準に従っているに過ぎない。この不満をぶつける相手が不在だ。どこにも存在していない。私はその、国の中で生活をしているのだから。

 マジかよ、くそう。生活立てなおしたら部屋も立てなおしてやる。ここで四の五の言ったって何にもなりゃしねえ。誰も得をしないし増えもしない。
 なによりここはお隣さんに聞こえるし見えるし、外の様子がそのまま見えるので外からも丸見えなのだ。

「分かりました。洗濯物だけ片付けるんでちょっと待ってください」
 私はそこに担当者を待たせ、玄関ドアを閉めた。ピリリと額に苛立ちが走った。

 まな板の上に乗った鯉の気分だ。それとも袋のネズミか? 金の所在を改められ、思いつき勝手な行動は出来ず、収入は事と次第によっては違反となる。管理社会とはこんな生活なのか。
 衣類は見られても別にいい、タオルも。下着だけ片付けて、食べたままの食器は流しに置いた。洗い物は一日に一回、と決めてある。洗剤と湯の節約のためだ。

 ここまでしてようやく観念する気分になった。私は担当者を呼んで部屋に上がらせた。
 ワンルーム。大体の広さの目途を立てつつ、窓の位置と方角。換金できる貴金属類などの確認をされた。換金できるものがあればとっくにやっとるわい。こちとら携帯の電波も入らぬ田舎の出身だぞ。しかも土地を持たないタイプの。

「あ、窓三つもあるんですね」
 パッと顔を明るくしてこんなことを言われても、
「背の高いアパートとマンションに囲まれてるんで日は入りませんけどね」
 こんな言葉が出てしまう。人間だもの。

「これが収納で……こっちが、あ、ユニットバスですかね?」
「はい。風呂場も見るんですか?」
「え、あ、そこまではさすがにしないです。間取りを取らなくちゃいけなくて」

 難儀である。担当者は簡単に部屋の様子を図にして書きこんでいく。ここに二口の設置型のガスコンロ。布団はこっちで机はここ、その上にノートパソコンがある。といった具合だ。

「自炊はされますか?」
「お金があれば」

 食品加工業に多少従事した経験があるので多少は心得があるし、自分で食べたいものを作るくらいは料理好きな方だ。保存が出来るか、調理後の日持ちは、といったことを考えている。

 それも一月の時点で限界だったわけだが。

「良かったです。どうしても、お総菜やお弁当を毎日買っちゃうと難しいですから」
 それはケースバイケースである。総菜を買った方が安上がりな場合もある。だが毎日となると別だ。考えなければならない。弁当を買うなんてそんな贅沢なことは出来ない。

「じゃあ、無理を言ってすみませんでした。これでこっちは大丈夫です」
 大丈夫じゃないと困る。

「ではまた、次にお願いします。お待ちしてますので」
「はい。では」

 私にはやりたいことがたくさんある。

 料理を準備し、気の合う人を招いてお茶会なんて私の憧れの一つだ。だが、そうか。それを叶えるためにもここからの復帰と引っ越しが必要だな。絶対に、速攻で脱してやるわ。

 担当者を部屋から送り出し、鍵を掛けながら私は誓っていた。

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