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白シャツのX

 最近、連日のようにXの名前を報道で見かける。彼にどういう疑惑がかかっているのか、なぜ世間が彼を批判しているのか、その詳細は報道に譲る。

 私はXとは特に親しかったわけではない。高校時代の思い出も少ない。覚えていることといえば、阪神ファンがほとんどであった同級生の中で、彼が自分は巨人ファンだと公言してはばからなかったこと、友達がほとんどいない様子だったことぐらいだ。
 高校を卒業すると、Xも私も田舎から上京して別々の大学に入って東京で暮らすようになった。大学の一年か二年の時にXから突然電話がかかってきて、銀座で会わないかと誘われた。呼び出された和光の前に行くと、ブランド物で身を固めて柑橘系のオーデコロンの薫りを漂わせた若い色白の男が自分を待っていた。それがXであった。
 彼とはコーヒーを飲んだのか飯を食ったのか、定かには覚えていない。覚えているのは
「今日おれが着ているシャツはブランドもので、うん十万円したのに、生地もロゴの縫い取りも白で、ロゴがはっきり見えないから、買って失敗したと思っている」
と言ったことだ。そして、高校の時には私は知らなかったのだが、彼の実家は大地主で
「祖父には地元の代議士が土下座をして政治資金を乞いに来ていたのだ、その時の写真もある」
というような話もした。
 彼の用事は、次の週にさるお嬢様学校の学園祭があるので一緒に来てほしいということであった。彼は東京の有名私立大学に通っているのだが、一緒に行ってくれる仲間がいないらしかった。
 私は翌週特に用事もなかったので、彼の供をしてその学園祭に行った。彼が事前に切符を買ってあったのかどうかは覚えていないが、学園祭のクラシックのコンサートの会場に入ると、中の聴衆はほとんどが家族連れでお互いに顔見知りのようであり、息子や娘を紹介し合って社交に努めていた。そのなかでXと私とは浮いていた。むろん社交の輪の中に入っていないからだ。
 彼の話を聞くと、彼は名門大学に通っていながら東京のお坊ちゃん達の仲間には入れなくて、付き合いをするのにはお金にものを言わせるしかない様子だった。しかしお坊ちゃんたちは田舎の金持ちの金遣いではまったく驚かないらしかった。一度に何十万円という単位でお金を使ってみせても、仲間に入れない、そこに彼はコンプレックスを感じているのだろうと思った。
 コンサートが終わると二人ともなぜか気分がひどく疲れて、確かすぐに帰ったはずだ。彼は私と別れる時にこんな独り言を呟いた気がする。
「やっぱりこのシャツがいかんかったのじゃろうか……」

 彼と会ったのはそれが最後であった。彼はあの時なぜそれほど親しかったわけでもない私に連絡をとって来たのか、今も謎だ。彼の周りにお金を出さなくても来てくれる人がいなかったことはまちがいない。彼は私の時間をお金で買って学園祭に同行させたのではなかったことは確かだ。そして彼とは間もなく連絡のやり取りもなくなった。
 報道されているXの写真を見ると、顔つきには十九か二十歳の時のような苦労知らずの田舎のお坊ちゃんの雰囲気はもはや感じられない。今でも大金持ちならば、そもそもそんな疑惑を招くようなことをする必要もなかったはずなのに、不思議だ。心配じゃないか、しっかりしろよ、と言ってやりたい気持ちだが、それを伝える術はない。

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