宇多川八寸

書き表せれない。@utagawa_8

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最近の記事

サラ・ピンスカー『いずれすべては海の中に』

全体の感想  アメリカのSF作家サラ・ピンスカーの初短編集、フィリップ・K・ディック賞受賞作の『いずれすべては海の中に』を読んだ。  一つ一つの作品単位でみても様々な賞を受賞したりノミネートされたりしており、評価の高い作品揃いだ。  実際に、どの作品も粒揃いでおもしろい。おもしろいが、全編を読み終えたあとどこかに押し付けがましさ、もっと言えば説教くささのようなものを感じてしまった。  この思いは、この本を読んだ人の多くが抱く感想とは矛盾するものかもしれない。現にこの本を私に

    • 刺青殺人事件、十三角関係

       高木彬光の『刺青殺人事件』と山田風太郎の『十三角関係』を読んだ。  どちらも戦後に登場した新人推理作家がほぼ初めて書いた長編作品(刺青殺人事件は1948年の高木彬光のデビュー作、十三角関係は1956年の山田風太郎初単独長編)で、題材も似ているだけにそれぞれの特徴が感じられて面白かった。  刺青殺人事件では、背中に美しい大蛇の刺青を彫った女が密室で殺され、頭と手足を残して胴体だけが事件現場から消失してしまう。刺青の美に魅せられた男たち・女たちの心理とともに、胴体消失トリック

      • 打撃マンという思想 あるいは、タイラー・ダーデンはいかに生きるべきか

         先日Kindleで購入した山本康人『打撃マン』を読んで、衝撃を受けた。一見するとストーリーはなんてことない、ムキムキの男(ときに女)がどうしようもない小悪党をパンチ一発で粉砕する、それだけの話に思える。しかし、読み終えたときに感じたのは爽快感よりもむしろ「打撃マン」という生き方がもつ悲しさだった。  ど迫力の絵とともに示される「牙を失いたくない」「生理的に許せない人間がいる」といったセリフ、所構わず脱ぎたがる打撃マンたちの奇行にばかり目が行くが、それだけではない魅力が『打撃

        • レッツゴー怪奇組、リコリス・ピザ、堕落

           最近読んだり観たりしたものの感想です。  オモコロで連載されているビューさんの『レッツゴー怪奇組』3巻を読んだ。ちょっと前に発売されてすぐに買ってしばらく積んであったのだけど、安定して面白い。古くなった洗濯機(の霊)の挙動に思い当たる節がありすぎて一番笑った。「また家電の話かよ」と言ってる通り家電と家具と食い物の霊の話が多い漫画だ。チャーハンの霊とか。それでいて怖いところはちゃんと怖いのが、怪奇組のすごいところだと思う。 『レッツゴー怪奇組』と森とんかつ『スイカ』で、去年

        サラ・ピンスカー『いずれすべては海の中に』

          久生十蘭『墓地展望亭・ハムレット他六篇』

           久生十蘭の短編集『墓地展望亭・ハムレット他六篇』を読んだ。ここ最近ずっと読み進めている山田風太郎の日記の中で、『ハムレット』が褒められているのを見て「へ〜」と思って読んだのだけど、面白かった。風太郎は読んだ本の感想はあまり書かないし、褒めることは稀なのでたまに褒めている本は気になる(と思って見返してみたら褒めていたのは『勝負』という作品だった。なぜハムレットだと思い込んだのだろう?)。以下、各編の感想。 『骨仏』  磁器の白さを出すのに人骨を使うという話、私が初めて見た

          久生十蘭『墓地展望亭・ハムレット他六篇』

          映画『魔界転生』鑑賞のための予備知識

           現世最強の剣士・柳生十兵衛が生き返った過去の伝説的剣豪たちと決闘を繰り広げる。  長大な原作『魔界転生』のストーリーを簡潔に要約するとこのようになるだろう。  深作欣二監督の映画版『魔界転生』はこの基本線を守りつつ、2時間映画の枠内に収まるように原作の人物、設定を大胆に整理した。原作で森宗意軒、由比正雪のふたりが担っていた黒幕の役割を天草四郎ひとりに統合し、転生衆は7人から6人に減員したうえメンバーも変更された。原作のドラマ部分を削り、十兵衛VS宮本武蔵、柳生但馬守、天草四

          映画『魔界転生』鑑賞のための予備知識

          映画「ナイル殺人事件」感想 ――2022年の『ナイルに死す』

          はじめに ※「ナイル殺人事件」および原作『ナイルに死す』のネタバレを含む感想です。  ケネス・ブラナー監督・主演の「ナイル殺人事件」が公開されたので観てきました。初見の感想としては、「原作で薄味だった部分に肉付けした結果メインディッシュの味がぼやけてしまった」という印象を持ちました。  1937年に書かれたアガサ・クリスティの原作小説『ナイルに死す』は何せ手元の文庫版で560ページにおよぶ長編。映画「ナイル殺人事件」ではテーマに沿って登場人物を整理しつつ随所に現代の興行作

          映画「ナイル殺人事件」感想 ――2022年の『ナイルに死す』

          そして男は海に向かった ――その後の「耳なし芳一」考

           怨霊に取り殺されそうになった盲目の琵琶法師芳一が全身にお経を書いて逃れようとするが、耳にだけお経を書き忘れてしまい怨霊に耳を取られてしまう。 「耳なし芳一」を初めて聞いたときから思っていたのだが、耳を失った後の芳一は怨霊退治に無双できるのではないか。怨霊は耳以外の芳一の体を見ることも触れることもできないので、いわば芳一は怨霊からのダメージが全く通らない状態にある。さらに「鬼神も涙をとどめ得なかった」(*1)と評される琵琶の音曲で敵をおびき寄せ、霊体に働きかけることができる

          そして男は海に向かった ――その後の「耳なし芳一」考

          東京事変「群青日和」の謎を解く――突き刺す十二月と伊勢丹の息が生む魔物

          はじめに 東京事変の楽曲「群青日和」の歌詞は謎に満ちている。  一見したところ東京に生きる「わたし」と「あなた」のすれ違いを描いているようだが、個々のフレーズは「嘘だって好くて沢山の矛盾が丁度善い」「高い無料の論理」とそれ自体が曖昧で矛盾をはらんだものになっているのである。 突き刺す十二月と伊勢丹の息が生む魔物 歌詞の謎を解くヒントになるのが、サビの後に挿入される「突き刺す十二月と伊勢丹の息が合わさる衝突地点 少しあなたを思い出す体感温度」というフレーズだ。十二月の刺すよ

          東京事変「群青日和」の謎を解く――突き刺す十二月と伊勢丹の息が生む魔物

          第1回読書会 予告された殺人の記録

           宇多川、よしむら、坂津の三人で、ガルシア=マルケス『予告された殺人の記録』(野谷文昭訳)について話しました。 オープニングトーク宇多川「最近はずっと卓球してる」→東京も広島も飲み屋が再開している。 坂津「『アイの歌声を聴かせて』を見てきた」→よかった! 感想よしむら「登場人物が多すぎてぐちゃぐちゃになる」→人物表を貼っておいた→宇多川「主人公のサンティアゴ・ナサールと母親の姓が違う時点で混乱する」→ビカリオ一家は同じ名字。スペイン語圏やアラブ系の特徴がある? よしむら「

          第1回読書会 予告された殺人の記録

          偶然に意味を見出そうとしてしまう話(ガルシア=マルケス『予告された殺人の記録』)

           ガルシア=マルケスの『予告された殺人の記録』は片田舎の町で起きたある奇妙な殺人事件に関する証言を集めた物語です。  事件の被害者となったサンティアゴ・ナサールが殺されることはあらかじめ犯人によって予告されており、サンティアゴと一部の人たちを除く町の人々の大半もその予告を耳にしていました。そして当の殺人犯たちも、あえて殺しを予告することで周囲の人々にその凶行を止めてもらいたがっていた節があります。ところが、町の人々ひとりひとりの無関心や偏見にいくつもの偶然が重なって、予告さ

          偶然に意味を見出そうとしてしまう話(ガルシア=マルケス『予告された殺人の記録』)

          幸田露伴『運命・幽情記』

           西遊記を読んだのは小学三年生頃、岩波少年文庫で上中下巻、当時の私には最も長大な本だった。小学生の読んだ印象としては、斉天大聖とか天蓬元帥猪悟能八戒とか、文中に屹立する漢字のトーテムポールが異様にかっこよかった。のちに北斗神拳や法律用語に対したときに似た、情報が呪文に変身する時の邪悪さだ。また一跳び十万八千里だの七十二通変化だの重さ一万三千五百斤だの数字の列も素晴らしい。多羅尾伴内の十倍以上だから一つずつ数え上げることはできず、「できない」ことを表すためにわざわざ具体値を出す

          幸田露伴『運命・幽情記』

          小澤匡行『1995年のエアマックス』

           エアマックスといえば『遊戯王』の城之内が「エアマッスルハンター」に強奪されていたアイテムというイメージしかなかった。私は1995年生まれなので、その頃の空気感のようなものが知りたくて興味を持っただけだったけれど、思わず何足も登場する名作の商品名で検索してはブックマークしたくなった。  ナイキのシリーズを中心に、そのスニーカーが何を目指して開発されたのか、どこが革新的だったのかをコンパクトに説明してくれるのでスニーカー初心者でも背景のストーリーが理解しやすい。機能を視覚的に

          小澤匡行『1995年のエアマックス』

          江戸っ子VS文明開化 ほろ苦風味(山田風太郎『警視庁草紙』感想)

           山田風太郎の連作長編『警視庁草紙』を読んだ。忍法帖シリーズの後に書かれた「明治もの」の第一作。山田風太郎作品のいろいろな魅力が多面的に詰まっていてとても面白かった。  忍法帖が能力者同士による多対多のチームバトルというフォーマットを開発したように、明治ものも後の小説やマンガに繰り返し採用される方式を広めたといわれる。それが「史実を変えないかぎり歴史上の有名人をバンバン登場させてOK」という約束で、『警視庁草紙』でもたくさんの著名人や古今の名作がクロスオーバーして登場する。

          江戸っ子VS文明開化 ほろ苦風味(山田風太郎『警視庁草紙』感想)

          魯迅の寂寞と大塚愛「SMILY」

           最近は魯迅の小説をよく読んでいる。魯迅は好きな作家で、何が好きかというと悲しい時も悲しい自分自身を疑っているような煮え切らなさが好きだ。有名な「故郷」の「思うに希望とは、もともとあるものともいえぬし、ないものともいえない。それは地上の道のようなものである。もともと地上には道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ」という一節も、希望も絶望もいまいち信じきれない性分が言わせたものじゃないか。 「ノラは家出してからどうなったか」という講演では、一時的な激情に駆られ過激な

          魯迅の寂寞と大塚愛「SMILY」

          あらゆる社会矛盾はバトル漫画に通ず(草野誼『かんかん橋をわたって』)

           草野誼『かんかん橋をわたって』という壮大な嫁姑・サーガを読んだので、それについて話します。 『かんかん橋をわたって』の舞台となる桃坂町は、川東・川南・山背という三つの地区で成り立っています。主人公の萌は、川南から町をつなぐ「かんかん橋」を渡って川東の渋沢家へ嫁いできました。美人で、聡明で、こまやかな義母の不二子に萌は憧れていましたが、ある日萌は不二子が「川東一のおこんじょう(意地悪)」と呼ばれる存在であることを知ってしまいます。萌が不二子の正体に気付いてしまったその日から

          あらゆる社会矛盾はバトル漫画に通ず(草野誼『かんかん橋をわたって』)