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大坂なおみ(テニス選手)ー「アスリートたちが変えるスポーツと身体の未来」ーより(後編)

 山本敦久編「アスリートたちが変えるスポーツと身体の未来」より、私たちの「常識」と戦っているアスリートについて考察しています。前回(※1)と今回の2回は大坂なおみ選手(以下敬称略)について取り上げています。後編の今回は大坂選手の人種、性について日本社会はどうみなしたのかについて考察して参ります。

大坂なおみの例

異なる価値観を認めない風潮

 田中によると、日本社会が大坂を語る際には、人種と性の点で定型表現があるという。人種については、お笑い芸人Aマッソが大坂の肌の色を日焼けしすぎだから漂白剤を使えといった発言への批判に対する反発、日清食品CMで大坂の肌の色をきちんと描かなかったことを差別ではないと反発する風潮について、田中はポリティカル・コレクトネスを嫌う定型表現の表れであると述べている。(※2)また、性については、日清食品が大坂なおみの「おしゃれさ」、「原宿」、「ファッション」といった女性性を強調した広告(※3)が、大坂がBLM運動に賛意を示すべく黒人犠牲者7人の名前を記したマスクを着けていた日に行われたとして、BLM運動を支援する大坂の政治性を覆い隠しており、女性アスリートにかわいらしさを求めるものであるとしている。(※4)

 私は日清食品の広告が大坂の政治性を覆い隠す意図で行われたとは思わない。ただし、私たちの中に、① 大坂なおみという人物を私たちが望むイメージとしての「アスリート」としてだけ見ることで、大坂自身が社会の不当性に対して、発言し、行動する人物であるという側面を軽視、嫌悪していること、② 人種差別の深刻さへの無理解さ、鈍感さがあること、③ 議論を忌み嫌い、その場を何とか収めようという事なかれ体質の問題があることは田中の主張から改めて知らされる。

 私は、日本社会のアスリートが政治的、社会的発言を忌み嫌うのは、日本社会の事なかれ体質に加え、以前note記事で紹介した(※5)平尾剛が指摘するように日本社会においては、アスリートへの健全性、フェアネス、(※6)さわやかさ(※7)を求める傾向が強いからではないかと考える。健全性、フェアネス、さわやかさを強調することは世俗性を否定し、世俗の問題である政治や社会問題にかかわることと対立させる側面を持つが、日本のメディア、広告サイドは健全性、フェアネス、さわやかさを強調する傾向にある。そして、私たちもこうしたメディアや広告サイドの姿勢を問題視することはほとんどない。

 また、一部のスポーツファンを除けば、ほとんどのスポーツ観戦者は、スポーツにおける競技の技術性、能力を楽しむといったことを欠いている傾向にもある。もし、競技の技術性、能力を楽しむという側面があれば、仮に、政治的、社会的発言が異なったとしても、アスリート自身のスポーツの技術性を評価するという価値観の多様性を認める社会への可能性を見出せるのではないか。私たちに問われているのは、スポーツを本当の意味で楽しむことは何かということであろう。

スポーツも政治、社会から切り離せない

 大坂が自らの問題として政治、社会の問題に対して積極的に行動するのに対し、日本ではアスリートから政治、社会の問題が積極的に発言をされることはあまりない。オリンピック汚職においてアスリートからの声がほとんど聞かれないこと(※8)、浦和レッズ横断幕差別事件については当時在籍しており、差別の対象とされた可能性が高い李忠成(り・ただなり/イ・チュンソン)自身が何も声を上げることができなかったこと、そして浦和レッズやその選手、ファンが李への差別を許さないという姿勢をきちんと示さなかったことに問題の深刻さがある。(※9)

 私たちは、大坂なおみがテニスプレーヤーであると同時に一人の人間としてジョージ・フロイド事件の不当性を強く訴えるという行為から、主体的に行動すること、不当性に立ち向かうべきどうすればいいのかを学ぶべきだろう。大坂のように、アスリート自身が自立した人間として不当性に声を上げることができる社会こそが、真の意味でスポーツ界に求められるべき健全性、フェアネスだと私たちが言える社会を築くためにどうするべきか、私たち一人ひとりが問われているのではないか。

私、宴は終わったがは、皆様の叱咤激励なくしてコラム・エッセーはないと考えています。どうかよろしくご支援のほどお願い申し上げます。

(※1)

大坂なおみ(テニス選手)ー「アスリートたちが変えるスポーツと身体の未来」ーより(前編)|宴は終わったが|note

(※2) 山本敦久編「アスリートたちが変えるスポーツと身体の未来」 田中東子 「大坂なおみ」岩波書店 P46

(※3)

大坂なおみ、かわいいだけ? 差別反対には黙る日本企業:朝日新聞デジタル (asahi.com)

(※4) 山本敦久編「アスリートたちが変えるスポーツと身体の未来」 田中東子 「大坂なおみ」岩波書店 P54

(※5)

東京オリンピック汚職の陰で-平尾剛のアスリート批判-|宴は終わったが|note

(※6)

不勉強で無知なのにプライドは高い…日本のアスリートが「鼻持ちならない存在」になりがちな根本原因 「結果だけ出せばいい」を信じ続けた選手たちの末路 (2ページ目) | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)

(※7)

「五輪汚職」アスリートはなぜ沈黙? 元ラグビー日本代表が指摘する「当事者意識の欠如」のワケ(3/3)〈AERA〉 | AERA dot. (アエラドット) (asahi.com)

(※8) (※5)参照

(※9) こうした現象は浦和レッズ関係者のみの問題ではなく、私たち一人ひとりが他人事のようにしか考えていないことに起因している。

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