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少子化の原因をめぐる諸説(前編)-少子化にどう向き合うか③-


 少子化に対する考察に関する記事です。3回目の今回は少子化と未婚化及び出生数低下との関係、及び未婚化・出生数低下の原因に関する諸説の前編になります。

少子化を問題視することに否定的な説

 まず、少子化を問題視することに対して否定的な見解を紹介したい。東京大学大学院教授の赤川学は、少子化は都市化と生活水準を高めた結果として起きた現象であり、少子化に対して悲観的になる傾向に疑義を唱える。(※1)その理由として赤川は、少子化においても経済成長があれば問題はないからであるとしている。(※2)そのうえで、少子化現象にとらわれず、社会全体の幸福度を上げること、人生における「選択の自由」(筆者注:子どもを産む産まないの自由か)が保障されていることが大切であるとしている。(※3)

 十五年戦争中の1939年、日本は「産めよ殖やせよ」という個人の自由、人格を無視した人口政策を行っており、赤川の「選択の自由」という言葉は軽く扱われるべきではないだろう。

 少子化対策は必要とする立場の松田茂樹は、結婚、出生の選択が尊重されるべきとする今の日本社会のあり方について、

 この深刻な少子化時代に、この社会は、個人が主体的に結婚・出生をしない生き方を尊重しつづけられるのだろうか。少子化研究および少子化対策は、いまこの問いに真正面から向き合うときである。(※4)

との見解を示しており、「産む選択の自由」と少子化対策に伴う出生誘導・奨励政策を行うことに対する葛藤をうかがい知ることができる。また、人口減少抑止政策とは逆だが、中国の予想よりも早い人口減少の動きの原因については「一人っ子政策」による弊害も指摘されており、(※5)国家の人口政策によってリスクが生じる可能性があることを、私たちは認識するべきだろう。

 ただ、少子高齢化によって社会経済にもたらすダメージ、(※6)長期的な労働力不足、社会保障の担い手不足(※7)といった問題について、少子化対策をしないままでこれらの問題を解決できる保証が現時点ではないことも事実である。以上を考えると、現実問題として、私たちが採るべき道は少子化対策の名の下に結婚、出産圧力を一人ひとりの個人に社会が求めないようにしつつ、子どもを経済的理由などで持つことができない人たちへの支援を行い、と同時に少子化社会到来に備えた経済、社会のあり方を構築する(※8)という折衷的かつ妥協的な方向で少子化対策に臨むという手法が求められるのではないか。以上、長々とした少子化に対する私の見解を踏まえつつ、少子化問題について述べて参りたい。 

少子化と未婚化・出生数低下との因果関係

 出生数は出生率によって示される出生傾向である「出生力」に関係している。立命館大学教授で計量社会学、家族社会学が専門である筒井淳也によると、「出生力」は、①どれだけの人数が結婚をしているかという「有配偶率」、②結婚をしている人がどれだけの子どもを産むかという「有配偶出生力」、③結婚していない人がどれだけの子どもを産むかという「婚外出生力」によって決まるという。(※9)

 筒井は2000年までは少子化の原因の7割程度が有配偶率の低下にあるとしている。2000年以後については、相対的に有配偶者の出生率低下が相対的に強まったとしつつ、主因は2000年までと同様に未婚化(有配偶率の低下)にあるとの見解を示している。(※10)ただ、なぜ未婚化が起きたのかに関する見解が研究者の間でも大きく意見が割れており、未婚化要因についての理解が混乱したままであるとしている。(※11)

 筒井自身は未婚化の要因について、説として経済的要因に求める説と、価値観の変化に求める説とに分かれているが、実際には経済的要因が価値観の変化に及ぼすことも、価値観の変化が経済的要因の変化に及ぼすことも両方の可能性があることも否定できず、区別することは難しいとしている。(※12)また、価値観の変化については、各種世論調査からは日本人の結婚・出産について独身や子どもがいないことを積極的に肯定するというよりは無理に結婚をする必要はないという価値観であるとして、結婚・出産を望む人がその希望をかなえられる社会を実現するために未婚化による経済的要因を取り除くことが少子化対策になるとしている。(※13)

未婚化・出生数低下の原因についての諸説及び背景

子育てに伴う経済的負担にあるとする説

 子育てが家族にとって経済的に負担となることが出産抑制にあるとする説としては、日本総研の藤波匠の、東京新聞の取材に対する回答が挙げられる。藤波は出生数低下の加速化した原因について、非婚化のほか、結婚した男女の間で子どもを産まなくなったことにあるが、その原因は現在の生活不安と将来に対する不安があるとしている。そのため、藤波は経済成長と賃金上昇などによる生活基盤の確立と、大学無償化などの高等教育の負担軽減が少子化対策の根本的な打開策として必要であるとしている。(※14)

 山田昌弘は、日本の場合は子どもを育てるにあたって、子どもの将来設計を考慮し、リスクを嫌う傾向が強く、世間並の生活を送れることが子どもの幸せとする傾向が強いため、結婚、出産を控える傾向が強いとしている。そのため少子化対策としては、人々の意識にあるリスクへの対応がなされているとわかる形での対策が必要であるとしている。(※15)

 松田も少子化対策において、家庭における経済的支援が必要であるとしている。具体的には、若年層・壮年男性の雇用が不安定で低収入であることが出産を抑制させる原因になるとして、雇用の安定確保の維持が必要であるとしているほか、併せて子育て家庭への経済的・非経済的な子ども、子育て支援が必要であるとしている。(※16)

性意識の多様性に応えていないことに要因を求める説

 若年層における性にまつわる考え方が変化していることへの指摘もある。東京財団政策研究所が2023年2月27日に発表した調査では性交渉の相手がいないという回答が20代女性で29.7%、同年代の男性では43.0%が性交渉相手なしと回答をした。(※17)この結果について駒澤大学教授の松信ひろみは東京新聞の取材に対し、恋愛観を前提とした結婚ではこの結果は意外ではないとしたうえで、性的志向の実態を調査して対応を検討するとともに、性的少数者で子どもを望むカップルが多いことを踏まえ、生殖医療の提供範囲拡大も少子化対策の一つになるのではないかと回答している。(※18)

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 いかがだったでしょうか。次回後編では「未婚化・出生数低下の原因についての諸説及び背景」について筒井淳也氏の日本型の雇用環境の問題点と未婚率との関係についてを中心に触れて参ります。

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脚注

(※1) 赤川学「これが答えだ! 少子化問題」ちくま新書 P193

(※2) 毎日新聞取材班「世界少子化考」毎日新聞出版 P248

(※3) (※1)同 P250

(※4) 松田茂樹「[続]少子化論 出生率回復と<自由な社会>学文社 P3

(※5) 東京新聞 2023年1月18日 朝刊 1P

(※6) 松田「前掲」P1

(※7) 筒井淳也「仕事と家族」 中央公論社 P118

(※8) 例えば、以下の記事の著者は少子化が避けられない社会を前提にした社会のあり方の必要性を説いている。

警官、自衛官のなり手がいない! 2744集落が消滅! 少子化に打つ手なし「ディストピア日本」の未来図(抜粋) | デイリー新潮 (dailyshincho.jp)

(※9) 筒井淳也「前掲」 中央公論社 P35

(※10) 筒井「前掲」 P36

(※11) 筒井「前掲」 P36

(※12) 筒井「前掲」 P37

(※13) 筒井「前掲」 P38

(※14) 2023年3月1日 東京新聞 P2

(※15) 山田昌弘「日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?」光文社P152,P159,P162~P163,P184~P185

(※16) 松田茂樹「[続]少子化論 出生率回復と<自由な社会>学文社 P124

(※17)

日本人の性的活動、コロナ禍を経てより一層の停滞へ | 研究プログラム | 東京財団政策研究所 (tkfd.or.jp)

(※18) 2023年3月19日 東京新聞 20面

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