世界の終わり #シロクマ文芸部
最後の日、だと思った。
当時私はまだ小さくて、「皆既日食」なんて現象は理解できなかった。
大人たちは「●年ぶりだ」と大騒ぎだった。
大人のそのソワソワしている様子は楽しそうで、
大晦日の忙しくしながらも楽しそうな、あの雰囲気を漂わせていた。
その皆既日食の日はたまたま休みで、
お父さんとお母さんとお兄ちゃんと庭に出てその瞬間を見届けようとしていた。
「あと5分もしないで始まるぞ」
外では風が吹き始めていた。
段々と月が太陽を覆い始める。
昼なのに夜になっていく。
「戦時中の空襲の時は、爆弾で夜でも昼のように明るかった」
おばあちゃんがいつか言っていた話の逆だな、なんて思っていた。
みるみるうちに太陽は欠けていく。
さっきから吹いている風が冷たく私の頬にあたり、私を不安にさせる。
お父さんはすごいすごいと言いながらホームビデオを太陽に向ける。
いつもおとなしいお父さんのその異様な喜びも怖かった。
私は太陽が欠けていくのも、風が吹いているのも、お父さんの様子が違うことも恐ろしくなり、
「世界の終わりだ」と大泣きした。
もしかしたら、
私が昨日お兄ちゃんと喧嘩したことや、
幼稚園でなおちゃんにおもちゃを貸さなかったことや、
お母さんが作ったカレーのにんじんを残したことや、
そういうことがこれを招いたのかもしれない。
悪いのは全部私だと思った。
太陽が完全に月に覆われるその瞬間、すごい風が吹いた。
お父さんの「すごいすごい」の声も遠くなる。
もう終わりだ、世界は終わる。
その風の中、耳元で声がした。
「とんとんととんと、踊れ、踊れ、やんや、やんや」
意味はわからなかったが、それは明るい言葉たちと感じた。
完全に姿を消したと思った太陽は、姿を徐々に現した。
あれほど希望のある光景は後にも先にも見たことはない。
「さ、お茶にしましょう」
お母さんの一言で私たちは家の中に入った。
後に知ったが、
天照大御神が岩に隠れ世界から光が消えた天岩戸伝説は、皆既日食だったのではないかと言われているらしい。
天照大御神を岩から出そうと周りの神が踊って踊って、天照大御神は外に出たのだと。
その時代の人たちは、私のように皆既日食を世界の終わりと感じたのだろうか。
世界は今日も続いている。
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