浮かんでいる #シロクマ文芸部
十二月になっても迎えはこなかった。
八月に入ったばかりの土日、
お父さんとお母さん、
小学生のお姉ちゃん
まだ歩けるばかりになった妹のまどか。
そして私、五人で千葉の海へ行った。
お父さんはお姉ちゃんにクロールを教えていて、
お母さんは砂浜で妹と小さなお城を作っていて、
私は浮き輪で海に浮いていた。
プカプカと浮き輪で浮いていると、
どんどんお母さんと妹の姿は遠くなっていった。
お姉ちゃんはさっきまで私と遊んでくれていたのに、お父さんがクロールを教えるというと私なんてそっちのけでお父さんの方へ行った。
いつのまにか私の足はつかなくなり、
岸は遠くなり、お母さんと妹は米粒くらいになった。
お父さんとお姉ちゃんは少し遠くの海の家の近くでクロールの練習をしていたみたいだ。
お母さーん。お母さーん。お母さーん。
私の声は波に飲まれ消えていく。
お父さーん。お父さーん。お父さーん。
全然見向きもしてくれない。
お姉ちゃーん、お姉ちゃーん。お姉ちゃーん。
クロールの練習に必死なようだ。
まどかー。まどかー。まどかー。
妹のまどかは私をチラッと見たが、
すぐ砂遊びに興味が移った。
皆私に気づいてくれず、米粒のようになり、
私は浮き輪と2人きり。
オレンジのフロートのラインを超え私は浮き続けた。
船が通り過ぎ、大きい声を出したが私に目もくれない。
海の上を飛ぶ飛行機に手を振ったが太陽にキラリと輝くだけ。
誰も私に気がつかなかった。
可愛い娘がいなくなったのにどうして気づいてくれないんだろう。
妹が産まれてからお姉ちゃんは全然遊んでくれなくなった。
誰も誰も迎えにはきてくれなかった。
迎えにくる気はないのかもしれない。
ひとつき、ふたつき、みつきと勝手に時は流れ、
私と浮き輪は流され続けた。
あの流された日から百三十日は経過していた。
十二月になっている。
世間はクリスマスだろう。
お姉ちゃんはクリスマスツリーの飾り付けで、てっぺんの星を私がつけるなんて言ってるんだろうな。
私はただただ浮いているだけ。
これが夢だったらいいのに。
一羽のカモメが飛んできた。
「なんで人形なんかが浮いてるんだ」
「私、メルちゃん。誰も迎えにきてくれないの。ねぇ、世間はクリスマス?」
「気持ち悪い、じゃあな」
お姉ちゃんが小さい時はあんなに可愛がってくれたのに。少しでも探してくれたかな。
また一緒にお風呂入りたかったな。
あぁ、カモメが飛んでゆく。
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