レンタサイクルの彼女 #椎名ピザカバー

▼夫、椎名ピザのレンタサイクルの彼女を自己流カバーして書きました。


珈琲とコーラを一つずつ頼んだ。

僕の口の中で想定外の苦味が広がり、彼女の珈琲を間違えて飲んでしまったことに気がついた。

「あっごめん」
「いや、コーラは炭酸のシュワシュワ見れば分かるじゃん」
彼女は上目遣いで子どもっぽく口を膨らまし、抗議した。

腕時計に目を落とし彼女がすっと顔色を変えた。
「ごめん、レンタサイクル返す時間間に合わないから帰るね」
彼女はそそくさと荷物をまとめ、テーブルに500円玉をおき、レンタサイクルで去っていった。



下校中、ゲリラ豪雨に見舞われた。

昨日のあいのりの話で盛り上がり、空の色など気にしていなかった。

ちょうど駄菓子屋を見つけ妖怪けむりで遊んでいこうと提案しようとした僕に、
「ごめん、レンタサイクル返す時間だ」と
カッパを着る時間も惜しみ、彼女はずぶ濡れになりレンタサイクルで去っていった。



大学の合格発表。

学科は違うが、僕らは自然と同じ大学を志望した。
オンラインでも結果は見られるが、アナログ派の僕が合格発表の会場へ行こうと提案した。

僕は自分の番号がなかなか見つけられない中、彼女は早々に自分の番号を見つけ、
「ごめん、レンタサイクル返さなきゃだわ」と慌てて
レンタサイクルで去っていった。



僕らは別々の大学に進むこととなった。
僕の偏差値は彼女には届かなかった。
2人の時間は少なくなったが、彼女に会える予定を組むとその日に目がけ勉強を頑張れた。

今日はファミレスに来た。

高い店ではないが、彼女と間違い探しを楽しんだり、「漫画一冊買うより安い」とミラノ風ドリアを満足そうに頬張った。

そんな彼女を見て幸せを噛み締め、ボリボリとドリンクバーの氷を噛んでいると、
「あ、思い出した。レンタサイクル返却時間」
と彼女は慌てて店を飛び出し、レンタサイクルで去っていった。



大学を卒業し、卒業と同時に同棲も始めた。

僕は普通のサラリーマンで、彼女は画家を目指し定職に就かなかった。

会社ではミスを連発し、同僚とも上手く馴染めず、上司にも怒られてばかりだった。
上司が僕を理不尽に怒るように、僕は彼女へ理不尽な怒りをぶつけた。

「今日はこの絵を描いたの」
そのキャンパスには、青くそびえ立つ富士山と彼女がいつも乗っているレンタサイクルの絵が描かれていた。

立派な絵だった。
素敵な絵だった。

ただ、何にも成長できず焦っている僕の傍ら、朝から晩まで絵に熱中している彼女は素敵で、とても憎たらしかった。

そんな僕を察したのか、彼女は大荷物を持ち
「レンタサイクル返してこないと」といつもと違う声色でレンタサイクルで去っていった。



彼女がいなくなってどのくらい経つだろうか。
富士山とレンタサイクルの絵だけが部屋に残る。

2LDKがこんながらんと広いとは知らなかった。

彼女のいない寂しさを埋めるように、僕は昔遊んでいたロックマンエグゼをやり続けた。
マグネットマンが意外と倒せない。

ただ負けが続き前に進めないとつまらなくなり、気づくとゲームの電源は落とし彼女の絵を眺めていた。


創作物は人間性を表す。
彼女の絵は上手いとかそういう次元ではなかった。
僕は絵のことについて詳しくないが、
「この絵を描いている人はきっと素敵な人なんだろうな」と思わせる何かがあった。

よく見ると何層にも絵の具が重なっていて、失敗した絵を失敗した絵に何回も上書きした跡があった。

人生において上書きできない失敗もあるが、
僕の失敗は上書きできるんだろうか。
僕は彼女に触れるよう丁寧に絵の表面を撫でた。

そんなことを考えていると、去ったはずの彼女が、
「この近くで自転車借りてさ」とレンタサイクルで帰ってきた。



彼女は僕に謝ってきた。
でも謝るのは僕の方だった。

彼女は「私には画家は無理だった」と夢を諦めたことを教えてくれた。

僕は彼女の絵を褒めたことはなかったけど、素人目から見て多分才能はあった。

きっと僕が彼女の夢を奪った。
これが僕の失敗だ。
上塗りはまだできるだろうか。

「ねぇ」
僕は伝えた。
彼女の絵に感動したこと、
彼女にはきっと才能があること、
彼女を心の底から想っていること。

彼女はいつか見たゲリラ豪雨のように大粒の涙で泣きながら、うんうんと頷いた。
彼女はレンタサイクルを返しにいった翌日も家にいてくれた。

そして、いつの間にか部屋の富士山とレンタサイクルの絵は無くなっていた。



彼女と同棲してそこそこの時間がたった。

給料3ヶ月分には届かないけど、一生懸命働いたお金で指輪を買った。

彼女の誕生日、例に倣って指輪の箱をパカっとあけ、「僕と結婚しよう」
と言った。箱はなんだかうまく開かなかった。

すると、彼女は僕の好きな笑顔で「やり直し」と笑った。

いつの間にか家から無くなった彼女の絵は、あるコンクールで入選していたらしい。
彼女は「諦めるタイミング逃したわ」といたずらな笑顔で笑っていた。


「新郎さんもう少し左に寄って」
僕の失敗は上書きできたかな。
ウェディングドレスの彼女は世界一綺麗だった。

「はい、お二人とももう少しいい笑顔で」
富士山をバッグに僕たちのウエディングフォトを撮る。
もちろんレンタサイクルも一緒に。


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