見出し画像

クエラクエラ #シロクマ文芸部


「紅葉鳥って鳥のこと言うんじゃないの?ほらあのちっちゃい鳥」
「いや、違うよ、鹿のことを隠語で紅葉鳥って言うって先生言ってたじゃん」
「えーでもさ〜」

今日もあの馬鹿女がハセベくんに話しかけている。

校則で膝丈の長さにしないといけないスカートは短いし、
部活ばっかりしているから定期テストの順位は低いし、
授業中いつも話ばかりしているし。

なのに、頭の良いハセベくんはあの馬鹿女のすっとぼけた言葉に頬を緩めていた。


ハセベくんはついこの間まで席が隣だった。

家族の話をしたり、
志望校の話をしたり、
好きな音楽の話をしたり毎日楽しかった。

ハセベくんはBUMP OF CHICKENが好きらしく、
「車輪の唄」が入っているアルバムをMDに焼いて私にくれた。

そのアルバムはお兄ちゃんが持っていたけど、ハセベくんから何か物が貰えるならと思って、
お兄ちゃんがCDを持っていることは内緒にした。

ハセベくんは字が綺麗で、
そのMDに書いてあった「ユグドラシル」という字を何度も指で撫でた。



先月席替えがあり、あの女がハセベくんの隣になった。
私も席は近く同じ掃除の班ではあったが、やっぱり隣ではないとなかなか話せなかった。


馬鹿女はソフト部で毎日練習ばかりして勉強もろくにしていない。
あいつがハセベくんと話が合うはずがない。
そう思っていたけど、あの女はいつも明るい声でハセベくんに話しかけていて、ハセベくんも楽しそうだった。



次の日の掃除の時間、
私が一生懸命ホウキで教室を掃いているとき、
あの女はハセベくんと楽しそうに話していた。


「あ〜バンプいいよね。私ガラスのブルース好きだな」
「えっヤマダ、ガラスのブルース知ってるの?もしかしてバンプのCD待ってる?」

ハセベくんは饒舌だった。

私だってガラスのブルースは知ってた。
お兄ちゃんが良く歌ってるし。

「いや、お兄ちゃんが好きでさ〜。家でよく流してるよ」


2人は掃除道具を持ったまま楽しそうに話している。


あのとき、ハセベくんが私に教えたそうにしていたから、バンプをよく知らないふりをしただけだ。

ハセベくんがそんなに沢山話してくれるなら、
私だって色んな曲を知ってるって言えば良かった。



私が掃除をしている姿を見て、その女が言った。
「あっごめんアユミちゃん。ハセベと話夢中になって。私これから掃除するから」

何だよそれ。
途中から掃除するんなら最後までしなくていいよ。

何なんだよ。
この女は明るくて、
運動神経も良くて馬鹿なのに
ハセベくんとも仲良くて、
バンプも知っていて。

私は目頭が熱くなった。
駄目だ駄目だ、駄目だ。
ぐちゃぐちゃになった感情が前に出て口が開く。


「あのさ…」
「え?」
「ヤマダさんさ」

止まらなかった。


「私勉強沢山しててさ、
ヤマダさんも知らない紅葉鳥が何かも知っててさ。
"もみぢ鳥立田の山の夕暮に、おぼつかなくもひとり行くかな"とか分からないよね?授業中話してるからさ。
だって鳥だと思ってたんでしょう?」

「…」

「私だってハセベくんと話したいけど、
2人が話してるから、先生に怒られるし一生懸命掃除してさ。
ねぇどうしてハセベくんはヤマダさんと楽しそうに話すの?ついこの間習った紅葉鳥も分からないんだよこの人」

支離滅裂な私の言葉たちに、2人は呆気に取られていた。
勝手に熱い涙が溢れ、私はホウキを放り出してトイレへ向かった。


あぁ終わった。
クラスで目立つヤマダさんに変なこと言っちゃったし、
ハセベくんには絶対変な奴って思われたし。
私明日から学校行けないじゃん。


トイレの個室で私が泣いていると、誰かが女子トイレに入ってきた。


「あのさ、アユミちゃん。なんか…ごめんね」
それは、ヤマダさんだった。

「嫌な気持ちにさせちゃったよね」
「…」

「でもね、アユミちゃん一個だけ」
「…えっ」

「あのね、紅葉鳥が鹿ってことはさ、私授業中ちゃんと聞いてなかったから理解してなかったんだけど…。
紅葉鳥って鳥、本当にいるらしいんだよ。小さい鳥で他の呼び方はクエラクエラっていう。
この前隣のクラスのやつが教えてくれたの。
まぁ日本には居ないらしいから、古文の授業と関係ないけどね」
ヤマダさんは明るく笑いながら教えてくれた。

「クエラクエラ…」

「そう。だからさ、あの、掃除サボってごめんね。教室戻ろう」

「…うん」

ヤマダさんは、
明るくて、
運動神経も良くて馬鹿なのに
ハセベくんとも仲が良くて、
バンプも知っていて、
性格も良かった。

勝てっこなかったし、
別に勝たなくて良かったんだ。

「あとでさ、携帯でクエラクエラの写真見せてあげるよ。ハセベ、私のこと馬鹿にしてくせに、クエラクエラのこと知らなかったみたいよ?」


ヤマダさんは、屈託のない笑顔で私にそう言ってくれた。







▼以下の企画に参加しました!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?