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流れていくもの #シロクマ文芸部

本を書く部屋は川の流れる音がした。

私の父は、本を書く人で、昔小説で何かの賞を取ったことがあるらしい。ただその1回だけで、それ以降は全く本を書いても売れないらしい。
そして、もうほとんど本を書いていない。

父の書斎は沢山の本はあったが、それよりも地域の将棋大会で優勝したときの賞状がずらりと並び、存在感を放っていた。

その部屋からは家の横を流れる小川が見え、ツンとする匂いがした。
ちょろちょろちょろちょろと可愛げな音を立てているが、父曰く色んなものが流していくらしい。


帽子、
子どもの玩具、
雑誌、
風呂敷、
蜜柑の皮、
子猫や子犬、
ダンボール。

父は毎日流れるものを見続け、面白いものが流れているとわざわざ私を呼びつけて見せてくれた。

「ヨシコ、見てごらん面白いなぁ川は。みんな捨てたいものがあるんだなぁ」
父はそう言いながらカラカラ笑っていた。
本当にその川には色んなものが流れていた。


父は良い小説が書けずにずっと部屋にいたが、
母は近くの病院で看護婦として働きながら、父の両親の介護、家の家事を全て行っていた。
私は母が座ったのをほとんど見たことがない。

一方で、父は働かずに川を見ているか、近所の飲み屋で朝まで飲むのはしょっちゅうで、ひどいときは母に手をあげていた。

毎晩父と母の喧嘩は絶えなかった。
2人が喧嘩しているときは、父の書斎から川をボーッと眺めるのが日課だった。


「この川の水はどこへ行くのかなぁ」
「そうだなぁ、この川は天国か地獄に繋がってるはずだよ」
父はなんだか楽しそうだった。

「お父さん適当なこというね。私もう10歳だよ」
「そうかそうか、ついこの前までおしめ履いてたのにな。まぁ、父さんが流れるなら、多分地獄だろうなぁ」
父は口は笑いながらも、目は遠くを見つめていた。


ある晩、
もうテレビの放送が砂嵐になる時間、
父と母の大喧嘩の声で目が覚めた。

階下ですごい音がする。
また、父が母を殴っているのかもしれない。

母の聞いたことのない罵声や、
2人を止めようとするおじいちゃんおばあちゃんの声、
父が何かを投げる音。
今までにない喧嘩だった。

私は胸がドキドキした。
どっちかが死ぬんじゃないか。

私は自分の部屋から父の本を書く部屋へ行き、川を見つめた。
そうすることで自分を落ち着かせた。

ふと静寂が訪れ、
父と母の喧嘩の声が止んだと思ったら、
ドボンッ、
と重量のある何かが川へ落ちた。

私は立ち上がり川を見つめた。
何かが流れる。
そして、声が聞こえた。

「じゃあな〜ヨシコ〜俺は地獄に行くぞ〜」

あぁ、お父さんだったのか。
お父さんが川を流れていく。
父は大きく手を振ってこちらを見ていた。


お母さんはお父さんを捨てたかったんだろうな。
お父さんかわいそう。この部屋から自分が流れるのは見れなかったんだな。


私は父がせめて天国に行くと良いと手を合わせ、天へ祈った。



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