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墓地に暮らす

お風呂から上がると、夫は動画を観ていた。

「なにをみているの?」
「食事のやつ。おもしろいよ。」

私は驚く。
私も先ほど湯船の中で「食べる女」という小説を読んでいたのだ。
何人もの女と男が「食べる」を通して紡ぐストーリー。

私はさっき、立派な太刀魚のムニエルを食べ
山ウドとクレソンとラディッシュのサラダをほおばった。
湯船の中で。

「食事の動画はいまいいや」と伝えながら
化粧水をパシャパシャと顔にはたく。
よく浸み込みますようにと念じながら。

ただでさえ、「食べる女」のせいで、お腹が空きそうなのだ。
いま食べ物の動画など目にしたら本格的に空腹になってしまう。
私は9時以降は食べないと決めている。
或いは、眠る3時間前には食事を終えると決めている。
いま食べたら眠るのが明日になってしまう。

こってりとしたクリームを両手で顔にひろげる。
その浸透具合に、もう少しで初夏だ、とおもう。

ふと、パソコンから異国の言葉が聞こえてきた。
激しい口調に、言葉はわからずとも、それが口論であることがわかる。

てっきりグルメ番組か大食い競争を観ているとおもっていたので
なにみてるんだろう?と気になって主人の隣に腰掛ける。

そこに映るのは異国の男たち。
日本人男性が彼らに取り囲まれていた。
カメラを引っ手繰ろうとする無数の手。

しばらく観ていると、段々全貌がみえてきた。
それが「食事」を撮影する番組であること。
ここが、西アフリカ、リベリア共和国で、彼らが元少年兵士だということ。
墓場で寝泊まりしていること。
日本人男性はこの番組のディレクターであること。
彼らの「食事」を撮影したいと交渉していること。

墓場で暮らす彼らは、骸とともに眠っていた。
窃盗したものを売りさばき食事とコカインを購入し、墓場で眠る人々。

食事の撮影を許可したのは、元少年兵士の28歳の女だった。
名前はラフテー。身体を売り、食事代を稼ぐ。

ラフテーの年齢を聞いて、自分も同い年だと告げるディレクター。
その無邪気な返答に私は内心はらはらしてしまう。

ラフテーは傷付いていないだろうか?

あたりが夕闇に包まれると
ラフテーは空き地へ行く。
客を探しに。

彼女のその晩の稼ぎは200円。
男性1人。30分。

ラフテーの夕食はお米だった。そこにカレー味の蕪の葉を追加する。
「今日は特別よ」と言って。

ラフテーは、娼婦であることをカラリと話す。
その言葉に温度はなかった。
ただ事実を伝えているだけよ、というような。

彼女は独りで立っているのだと感じた。

夢や希望、挫折や苦しみ、善と悪
そんなものではとても追いつけない
言葉と、心の場所に。

ラフテーのその日の稼ぎは夕食代で消えた。


その後、同番組を何本か観た。
上海マフィアの食事やギャングたちの食事。
エボラ出血熱から生還した女の食事。

彼らは口を揃えていう。
「生きるために」と。


今夜の夕食は餃子だった。
既製品とは違い少々不格好だけれど
生姜と野菜をたっぷり入れてつくるそれを
夫はとても気に入ってくれている。 

生きているうちにあと何回食べられるかな?
そんなことを考えながら私は眠りについた。















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