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歴研部員「橘の君」事件簿【第4話】消えた妖刀 Ⅳ

「ごめんなさい!」

先手を取られた。

ホタルちゃんが住んでいるところは蓮華大から近く、歩いて行ける距離だった。

アンナちゃんは事前にLINEで次のようなメッセージを送ったという。

大牟田の刀剣イベントで松尾のおじさんに会ったよ~
ホタルちゃんの話題が出たので久々に顔を見たくなっちゃった
草木饅頭買ってきたから一緒に食べない

ほどなくして返信があり、学生マンションの住所と訪問の仕方を教えてくれたそうだ。

約束の日、ホタルちゃんは部活を終えて夜8時には帰宅できるらしい。私はアンナちゃんに付き添う形でついていった。

するとオートロックを解除して部屋に入れてもらうや、ホタルちゃんが土下座して詫びるではないか。

私とアンナちゃんは無言で目を合わせた。お互いに拍子抜けしたような顔をしていたことだろう。

「いったいどうしちゃったの? あなたが刀を盗むなんていまだに信じられない」

アンナちゃんが辛そうに問い詰めたところ、ホタルちゃんは剣道をしていることから松尾さんのお店を訪れた経緯までとつとつと話した。

妖刀の行方

ホタルちゃんの実家は筑後市にあり、子どもの頃から剣道を習っていた。中学生になると地元に敵がいないほど腕を上げ、福岡市にある剣道の強豪校に進学した。学生マンションでひとり暮らしをしているのはそのためだ。

ちなみに九州新幹線の主な停車駅で位置関係を見ると「博多(福岡市)」から南下して「久留米(久留米市)」⇒「筑後船小屋(筑後市)」⇒「新大牟田(大牟田市)」⇒「熊本(熊本市)」と下っていき鹿児島市にいたる。

今年の1月13日に大牟田市で他校との練習試合があった。彼女は松尾さんのことを思い出して会いたくなり、顧問の先生に実家に顔を出して帰るからと嘘をついてまで単独行動の許可をもらったという。

「お店に顔を出したら、松尾のおじさんはすごく喜んでくれたの。刀剣の話で盛り上がるうちに、いわくつきの“波平”が奥に眠っていることまで教えてくれたんです」

ホタルちゃんが吐露した内容は松尾さんの証言と一致する。まあ、彼女はその後で松尾さんが奥さんから大目玉を食らったことまでは知らないのだが…。

「で、2月2日にまた練習試合があって…」

彼女は続けようとしたが、アンナちゃんが先に推理を披露した。

「どうしても“波平”のことが気になって、また松尾さんのお店に行った。しかし松尾さんは不在だったため、鍵がかかってないお店に侵入して盗んだ。というところかしら」

すると先ほどまで落ち着いていたホタルちゃんが泣き出した。

「違うんです!お店のドアが開いたから中に入ったのは間違いないですが、奥の方から呼ぶ声がしたので松尾さんかと思って覗いたの。そしたら“波平”が飾られていて…」

「神棚に祀られていた“波平”を思わず持って帰ったんでしょ」

今度は私が詰め寄った。

「それが、なんというか、うまく言えないけど…“波平”に操られるように手が伸びて…ごめんなさい!」

松尾さんに聞いた逸話から“波平”は不思議な力を持っている可能性が考えられる。涙ながらに詫びる彼女の言葉を全面的に否定できないのが悩ましいところだ。

するとアンナちゃんが角度を変えて質問した。

「日本刀を盗んだとして、街中をどうやって持ち帰ったの? 公共交通機関だと目立つし、タクシーに乗ったとしても怪しまれるはずよ」

「それはその…」

涙ぐんでいたホタルちゃんが動揺したように見えた。

「私は刀剣が好きすぎて、竹刀を持ち運ぶときに皆と違う袋を使うんです。まず一般的な帆布の竹刀袋に入れて、さらにそれを合皮製のキレイな刀袋に入れるんです。だから竹刀は竹刀袋、“波平”は刀袋に入れて二本を肩からかけて運んだんです」

つまり、はじめから日本刀を運ぶ方法を考えていた節もある。

まあいい。それをハッキリさせるのは警察の仕事だ。それより今は彼女が盗んだ“波平”を持った途端に暴れ出さないよう、慎重に対応せねばならない。

にわかに空気が張り詰めて手汗をかいた。アンナちゃんもそれを察したようだ。生唾を飲むのがわかった。

私はアンナちゃんと目配せしてから、ホタルちゃんに確認した。

「それで、“波平”はどこにあるの?刀袋に入ったままゆっくり出してちょうだい」

「ごめんなさい!」

「もう事情はわかったから。とにかく“波平”を出して」

「ごめんなさい!どこかにいっちゃったんです!いくら探してもないんです“波平”が!」

「えーーーーーー!」
「はぁーーーーー!」

私は「茫然自失」という意味を身をもって知った。アンナちゃんを見ると鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていたので、心境は似たようなものだろう。

辻斬り犯の正体

追い詰めたつもりが、またしても辻斬り事件の真相解明が遠のいた。

「あなた。本当に無くしたの? 辻斬り事件のことは知ってるわよね」

私が苛立って強めに詰めたのが効いたようだ。ホタルちゃんが漏した。

「あの…もしかしたらお姉ちゃんかも…」

「え?何言ってんの!私は今日初めてここに来たのに。とんだ濡れ衣だわ」

松尾さんの言葉に続き、ホタルちゃんの言葉を勘違いしたアンナちゃんが焦った。

私だってさすがにアンナちゃんを疑ってはいない。

「違います違います!オオデンタのお姉ちゃんじゃなくて、私の姉の望です」

ホタルちゃんにしてみれば、姉を疑うのは辛いだろう。しかし今となってはその確信めいた口調に賭けるしかない。

「お姉さんの家は?」

「近くです。歩いて5分ぐらい」

「急ぎましょう」

私は有無を言わさず、彼女に案内させた。

やがてその分譲マンションに着いた。エリアでは目立つ豪華な外観から姉の暮らしぶりが想像できる。

インターホンで呼び出すが返事がない。

「合鍵があるから…」

ホタルちゃんが姉のことを心配して覚悟を決めたようである。

合鍵を使って部屋に入ったが人の気配はなかった。

「“波平”があるかもしれないわ」

3人で手分けして捜したところ、アンナちゃんが何かを見つけたらしい。

「これってそうじゃない?」

「あっ、“波平”を入れていた刀袋です。間違いありません」

「ということは…大変よ!」

私が声を上げると2人も顔色を失った。

時計を見ると夜10時になろうとしていた。次の事件が起きる前にお姉さんを見つけなければ。

外に飛び出そうとしたら、テニスラケットとボールが目に入ったので拝借した。

「何もないよりはましでしょ」

私は刀を持った相手にどう対峙するかシミュレーションしながら駆け出した。

鬼面の下の素顔

マンションを出て辺りの気配を感じるために集中した。

「キィヤァアアアアーーー」

「キキキキーーッ」「ゴズッッ」

叫び声に続き、車が急ブレーキをかけて衝突する音が響いた。

「あっちよ!」

一目散に向かった私はその光景に我が目を疑った。

電柱に左側面をぶつけて動けなくなった車の前で鬼の面を被った女性が日本刀を振り上げているではないか。

「キィエエエエーーーィ」

「ギャアア!許してくれっ」

車から逃げ出した男は、鬼から斬りつけられそうになり命乞いをするも届かない。

「危ない!」

私は咄嗟にラケットでテニスボールを打ち込んだ。

「顔面をとらえたわ」

「バシュ」

渾身のサーブは一撃で決まるはずが、刀で受けられた。

手持ちのボールはあと2球しかない。一か八かロブショットで緩いボールを山なりに上げた。

相手がタイミングを外されて戸惑ったところにスピードボールを叩き込む。

「バキッ」

ヒットする音とともに鬼の面が宙に舞った。

「まさか…」

私は鬼の面の下に隠れていた素顔を見て言葉を失った。

「しまった」

敵が一瞬の隙をついて間合いを詰め、斬りかかろうとしたその時…。

「てぇーーー」

「ガシャン」

かけ声とともに刀が地面に落ちる音がした。ホタルちゃんが持ってきた竹刀で小手をキメたのだ。

「お姉ちゃん!もう止めて!」

織絵おりえ…」

妹に気づいた姉は正気に戻って呆然と立ち尽くす。

鬼の面をつけていたのは売れっ子キャスターの光延望みつのぶのぞみだった。

「警察に連絡しといたわ」

アンナちゃんが姉妹を見守りながら私に知らせてくれた。

その空間だけ時が止まったように感じたのも束の間。やがてサイレンの音が近づいてくるのがわかった。

光延望は膝から崩れ落ちると、地面を拳で叩きながら泣き叫んだ。

「なんで!なんでなのよ!あの人はもう帰ってこない!でも飲酒運転する連中は平気な顔で生きている!私は絶対に許さない…ウワアアーーー」

エピローグ

アンナちゃんが“ホタルちゃん”こと光延織絵を慰めながら聞いたところによると、姉の光延望は数年前に婚約者を交通事故で亡くしたそうだ。

仕事を終えて夜遅く、駅から歩いて帰っていたところをひき逃げされたという。犯人は数分後に自損事故を起こして飲酒運転で捕まった。

ローカル局のキャスターである光延望はそれ以来、飲酒運転撲滅運動を率先して訴えていた。飲酒運転する者を恨むようになったとはいえ、“妖刀”に遭遇しなければあのような凶行に及ぶことはなかっただろう。

アンナちゃん曰く、光延望が刀を振りかざし「キィヤァアー」と叫び声を上げて斬りつけていたのは、薩摩示現流の“猿叫”に酷似しているらしい。

だがホタルちゃんによると、姉はスポーツと言えばテニス一筋で剣道の経験はないという。やはり“妖刀”の不思議な力によって操られていたのではないか。

私とアンナちゃんはパトカーが到着してから状況を聞かれたのでざっと経緯を話した。警察はそれを受けて凶器の刀を捜したのだが、どこにもなかった。

“妖刀波平”はまた誰かに取り憑くため姿を消したのかもしれない。

 

          -【消えた妖刀の章 終わり】-


『歴研部員「橘の君」事件簿【第5話】猫塚にて…虐待の事情 Ⅰ』へ続く



画像は『無料の写真素材・AI画像素材「ぱくたそ」 刀を抜くウェディングドレス姿の女性の無料写真素材 作者:安西成文』

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