デジタルヘルスケアと医療AIに関する簡易レポート(2023):保険制度改革に関する視点の提示

最近はどうやら、健康保険制度について”議論”が巻き起こっているらしい。

昨年、医療AIと遠隔医療の現状についてレポートを取りまとめた。ここにシェアしようと思う。


1:医療AIの国別普及率(2022)

2022年において、AIによる予測分析の国別採用率は、シンガポールが92%(1位)、中国が79%(2位)、ブラジルとアメリカが66%(3位)。国民皆保険制度を導入しているフランスでも64%の普及率となっている。

Statista:Rate of adoption of predictive analytics in healthcare in selected countries world wide in 2022
https://www.statista.com/statistics/1316683/predictive-analytics-adoption-in-healthcare-worldwide/

2:医療AIの世界市場規模は2030年までに1,879億5,000万ドルに達すると予想

AIin Healthcare Statisticsによると、人工知能を導入した医療プラットフォームは大幅な成長を遂げ、2023年から2030年までのCAGR(年間複合成長率)は40.1%となり、世界市場規模は2030年までに1,879億5,000万ドルに達すると予想されている。

・米国:2023年の第2四半期において、55%の医療機関がAIを導入済。医療AI関連の特許出願件数は2500件を超える。

・中国:2023年には医療AIの世界シェア15%を獲得する見通し。中国国内の市場規模は24億USドルに達する。

・ヨーロッパ:AIベースのヘルスケア部門は、2023年までに58億1,000万USドルに達すると予想されている。

・アジア太平洋:2023年までに55億米ドルに達すると予想されており、2018年から2023年にかけて50.2%のCAGRで成長している。

Barry Elad, AI In Healthcare Statistics 2023 By Market Share, Users and Companies, Updated · Oct 31, 2023
https://www.enterpriseappstoday.com/stats/ai-in-healthcare-statistics.html

3:医療AIと遠隔医療の先進事例

3.1:アメリカ

・Mercy Virtual Care Program:アーカンソー、カンザス、ミズーリ、ノースカロライナ、オクラホマ、ペンシルバニア、サウスカロライナ) の 600,000 人の患者に遠隔医療サービスを提供。「ベッドのない病院」とも。
https://www.mercy.net/about/virtual-care-program/

・Teladoc Health:遠隔医療分野の最大手企業。リモート操作可能なリアルタイム遠隔医療システムを提供。スマートフォンアプリによる遠隔ホームケア、専門医の少ない医療機関と遠隔地の専門医とのオンライン接続など。
https://www.teladochealth.com/

・Viz.ai:人工知能(AI)とディープラーニング(深層学習)を活用して医療データを分析し、救急医、プライマリーケア医などを最適な専門医につなぐサービスを提供。脳の血流をCTスキャンし解析する「ConatCT」等、CMS(公的医療保険)対象も。
https://www.viz.ai/

3.2 : 中国

・平安好医生:家庭医のように随時問診ができるアプリ。主要な機能は、電話問診、病院予約、医薬品のオンライン購入、医師によるライブ配信など。
https://healthcare-international.meti.go.jp/files/document/29fy_integrity_tagcards_12_15.pdf

・東軟熙康:クラウド型医療プラットフォーム、インターネット医療サービス、遠隔健康管理、スマートクラウド薬局などを中国全土にて展開。
https://www.xikang.com/

・Airdoc Technology:網膜写真をAIで画像解析し、診断に役立てるシステムを提供。
https://www.airdoc.com/

3.3 : シンガポール

・Biofourmis:患者の健康管理を最適化するためのリモート監視AIデバイスとプラットフォーム。
https://www.biofourmis.com/

・UCARE.AI:AIベースの疾患予測ソリューション。
https://www.ucare.ai/

・Bimoind:Hanalytics社製医療AI。神経学的状態を診断する。
https://biomind.ai/

・Blade:タン・トク・セン病院(TTSH)血液内科と台湾Asusが共同開発。白血病やマラリア等の血液診断に活用される。
https://onl.sc/UJgrVSP

4:医療費の削減に関して

デジタルヘルス介入は、ケアの安全性、効果、および品質を向上させる可能性があり、医療費の無駄を削減する可能性がある。
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fpubh.2022.787135/full

医療AIの利用は、人口の健康を改善し、患者のケア体験を改善し、ケア提供者の体験を強化し、ケアのコストを削減するという医療の「4重の目標」を達成する上で重要な挑戦を扱う可能性がある。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8285156/

遠隔医療は、時間、距離、および困難な地形による健康サービス提供の課題を克服し、コスト効果とアクセスの向上を可能にする。
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6697552/

遠隔医療の初期導入コストは遠隔医療の普及にとって重要な障壁となる可能性があるが、これらのコストは中長期的には相殺される可能性がある。遠隔医療介入が個人中心の高品質で費用対効果の高いケアを提供する場合、これらすべての要素が重要になる。
https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0237585

5:ヒアリングと意見交換

上記データを元に、何人かの人々と話し合いを行った。その際に挙げられた主要な論点を以下にまとめる。

◆医療AIと遠隔医療が広く普及している国もあり、カルチャーショックを受けた。
⇒日本は大幅に後れをとってしまっているのでは?
⇒医療AIや遠隔医療の前に、まず医療ICTそのものが進んでいない現状がある。

◆シンガポールに長期出張していたことがあるが、その際に利用したクリニックでは医師らしき人物は見当たらず、遠隔医療システムを操作するオペレーター(コメディカル?)だけだった。

◆皆保険制度を導入しているフランスでも医療AIの普及が進んでいる。

◆多くの国で、医療費の増加に対する問題意識がデジタルヘルスケアの急発展の原動力になっている。
⇒費用対効果の詳細は不明だが、可能性を指摘する論文が複数ある。

◆制度的な違い等はあるが、医療AIと遠隔医療は、日本においても様々な課題の解決策になり得るのではないか。
⇒医療サービスの品質を下げずに、現役世代の負担を一定程度軽減できるのでは。
⇒無医村問題の改善も期待できる。
⇒医療へのアクセス性が良くなる。
⇒デジタルが苦手な高齢者等も、機器の操作をするオペレーター(コメディカル)さえ居れば良いので、たとえば地域の公民館などで医療を提供できる可能性がある。
⇒地域の診療所が高齢者の社交場化している問題も解決できそう。
⇒医療従事者の超過労働問題の軽減にもつながるのでは。
⇒遠隔医療システムの操作など、コメディカルの役割はむしろ重要性を増す?
 
◆外資系ヘルステック企業が、莫大なビッグデータと資金力を持って日本国内に進出してくるのでは?日本の医療市場をこれら外資が見逃すとは思えない。
⇒世界的な潮流は明らかに推進トレンド。このままでは日本が“また取り残される”ことにならないか?
⇒スマートフォンやオンラインサービス(GAFA)で起きたことが、今度は医療で起きる?
⇒もしそうなった場合、日本国民の健康=生命と医療費=財産が海外資本に握られることになる。総合安全保障の観点から大きな問題になるかもしれない。

6:私見

多くの国がそうであるように、デジタルヘルスケアの推進は、我が国においても必要性に迫られる課題であると思う。しかし、とりわけAI技術が、既存の医療従事者との間に利害関係の衝突を招くリスクについても、度外視はできない(他の業種でもそれを引き起こしているのと同様に)。

そうした利害関係の調整に腐心している間に、海外医療テック各社が、ぬるりと我々の生活に入り込んでくるのではないだろうか。

思い返せば、iPhoneやAndroidの普及も、GoogleやAmazonも、FacebookやYoutubeやInstagramもそうだった。いつの間にか気が付けば生活に入り込み、当たり前にみんなが使っているものになっている。

同じことが、医療テック分野でも起きるのではないだろうか。


「高齢者はデジタルに馴染まない」という問題については、別に我が国固有の問題ではない。世界中どこにいってもだいたいそうだ。それでも”既に成功している”のだから、高齢者のデジタル・ディバイドを解決するサービスデザインとビジネスモデルも、既に確立されていると考えないほうがナイーブだ。実際、その方法はいくつか具体的に想像もできる。

気が付いたらお年寄りでもスマホを持ってLINEを自然と使っているのと同じように、海外医療テックのプラットフォームが我々の生活に入り込んだ時、何が起きるのか。

日本国民の健康=生命と、医療費=財産が、海外資本に握られることになる。

それを防ぐために、国産の医療テクノロジーや医療AIを強力に推進しようと考えても、もはや遅すぎる。相手は既に遥か遠くに先行している。よしんば技術的には日本も負けていないとしても、その技術の社会実装と普及率、運用実績に関しては、すでに埋め合わせが難しいほどの遅れを取ってしまっている。AI(機械学習)技術の社会実装で後れを取るということは、『21世紀の石油』とも言われるデータ資源で後れを取っていることを意味する。


医療費の抑制を考える上で、財源の付け替えだけでは、結局のところ”誰がどのくらいシワ寄せを受けるのか”の違いにしかならない。医療費の自然増を抑制するため、ありとあらゆる有効な手段を採る必要に、我々は今、直面している。医療テックの存在は無視できない。

しかし、既に確立された海外医療テック/プラットフォームを受け入れることは、国民の健康(生命)と医療費(財産)を海外資本に明け渡すことをも意味する。かといって、それを厭って国産の医療テック/プラットフォームの開発と推進に舵を切ったところで、既に埋めがたい差をつけられている以上、優位性の確保は極めて難しいだろう。

他のテクノロジー産業で起きていることと同様に、『国産プラットフォームを育てる間もなく、先行する海外プラットフォームに市場を制圧される』未来が、どうしても見えてしまう。