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死んだら海に骨撒いて

土曜日の昨日、去年5月頃に亡くなった母の海洋散骨をしてきた。
正式な遺言ではないが、姑たちと同じ墓には入りたくないから死んだらお骨は海に撒いてほしいと生前から何度となく言っていた。
遺骨の保管場所が同じだからって墓石の下でみんながみっちみちになって過ごすわけでもないだろうし、私のお墓の前で泣いても意味ないからやめてねみたいな歌もあるし、おそらく感覚的なことにすぎないのだけど、まあ、でも気持ちはわかるので、わたしたちは彼女の希望を尊重した。分骨もしない。
でも、なにも残らないのもどうなのかと思って、お墓に名前だけ彫ってもらった。祖父母と父と母の4名。

葉山港からクルーザーで出る。暖かくなってきたからか、港には大学のヨット部らしきひとたちがたくさんいた。天気予報みたいな言い方だけど、風もなく波も穏やかだった。風がなくてもヨットは進むんだろうか。

沖合まで行ってお骨を海に流す。それが最初は海面近くを漂っているのだけど、だんだんバラけながら沈んでいく。手向けた花だけがぷかぷかと浮いていた。

わたしは母と折り合いが悪くなって、最後の5年間くらいは会うこともなかったので、悲しいという気持ちはまったくない。だけど、海に沈んでいくそれを見届けたら、彼女はこの現実世界から完全に消えたんだなとほんの少し感傷的になった。お骨自体はただの物体なのにね。
それこそ感覚的なことなんだけど、ここまでの儀式が終わって、やっぱり区切りがついたという気持ちになった。

***

久しぶりに姉と会ったので、ついでにわが家のお墓をどうするか相談する。どちらも子どもがいないから、生きているうちに墓じまいをしないといけない。
どちらかが死んでから残ったほうが手配するのでは遅いと思われるので、わたしが60歳になったら墓じまいしようかということになった。

てなこと話してたら、自分が死んだときのこともちゃんと考えておかなければいけないと思い至る。
わたしは合祀でぜんぜん構わないのだけど、そのことをボケないうちに法的に書面にして意思表示しておいたり、葬儀屋さんに頼んでおいたりしたほうがいいんだろうな。これからちゃんと調べる。
受験、就活、婚活、終活……。あとなんかあったかな。ともあれ人生には節目が多々あってけっこう忙しい。

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