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買い物はギャンブル

買い物があんまり好きじゃない。唯一楽しい買い物はAmazonフレッシュだけで、億劫なのは洋服である。20代のころは洋服屋さんをめぐるのがあんなに好きだったのに。
お店のひとが絡んでくるのに対応するエネルギーも枯渇してきたし、人目があると自分の意志を貫き通しにくいという弱さもあり、百貨店の地上階にも表参道にも用事がない限り行かなくなった。
体型が標準的じゃないのもあり、上はともかく下は自分に合えば色違いで2〜3本買うという、もはやおしゃれというより消耗品としての買い方になっている。だからいつも同じような格好をしているけど、もういいのだ。

最近のアパレルはモデルだけでなくそのブランドで働くひとが着用した写真をネットで見せてくれるので参考になる。
ただ、こう言ってはなんだが、モデルが着ているとその洋服がよさげに見えて購買意欲が刺激されることが多いけど、一般人の着用写真だと、この身長でも着れそうだなと思って買うに至る場合もあるけど、一方であんまりかっこよく見えないからポチらないこともある。だから、着用イメージを提示してくれるのはありがたいけど、売る側にしてみれば良し悪しなんだろうな。

たまに「おっ、おしゃれ!」と思うひとがたまにいるけど、体型やなにを着ているかよりもそのひとのもつ雰囲気がいちばん影響していると思う。背が低くても太っていてもおしゃれなひといるし。その雰囲気ってなんだろう。
その雰囲気がないと、(わかりやすい奇抜な格好していればともかく)雑誌みたいな格好していても、よく見ないとこのひとおしゃれなんだと気づけない。
なにを着てもおしゃれに見えるひとは、おばあさんを得意客とするような街の洋品店の服を着てもでもおしゃれに見えるんだろうな。

朝の通勤時にとある60歳近くらしき女性とときどきすれ違う。だいたいいつも無地のTシャツにYAECAっぽいジーンズを履いていて、ただそれだけなのにすごくおしゃれだなーと思ってちらちら見てしまう。
たまにこういうおしゃれなひとに出会ったときは、どんな格好をしていたかとか髪型、雰囲気とかを手帳にメモしている。1年に数回しか出会わないけど。こういうのキモいですかね。

ところで、今次の住まいに必要な家具を探しているんだけど、メーカーのホームページに乗ってるきれいな写真だとやっぱりイメージがわきづらく、実際に使っているひとの写真のほうが参考になる。メーカーもちゃっかりとお客さんにインスタでシェアしてね! とか言ってるし。

部屋自体も、もう退去してがらんときれいになったのを見るよりも、まだ居住中の部屋を見させてもらったほうが、ここで自分も生活していけるかどうかがわかりやすい。意外と収納力あるんだとか、こういう家具の配置をすればけっこう広いねとか。売り(貸し)たかったら、住んでいるうちにばんばん見せたほうがいいと思う。

インテリアも日本のごく普通のおうちがいちばん参考になる。現実に生活していない部屋は、物がほとんどないなど生活感がなさすぎて、ここにどうやって住むんじゃ!? となってしまう。
IKEAでもコーディネートされた部屋がいくつも展示されているけど、自分ちをすべて同じもので揃えてもああはならないような気がする。

そんな感じで売る側は消費者がなるべく現実的なイメージができるように努力してくれているけど、実際に食べてみないと着てみないと部屋に置いてみないとわからないから、日々買い物というギャンブルをしているようなものだ。スーパーで買った桃を切ってみたらジャリジャリだったなんて悲しいこともあるし。
ある程度損する覚悟がなければ買い物なんてできないものなんだなと今さら思った。

わたしが買い物が好きじゃないのも損したくないって気持ちが強いからなんだな。そのくせ気が短いからあんまり変なところで妥協してしまったりする。
適度に悩みつつ、ほどほどのところで決断したい。てかもっと楽しく買い物したいものだわ、Amazonフレッシュ以外で。


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