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5分前行動は平和をもたらす

冷蔵庫の調子が悪くて、修理を頼んだ。
土日に頼むとなると、時間指定ができる予約は何週間も先になり、何時でもいいよというのであっても2週間ほど先になった。
ブーンという音がし始めて変だなと思っていたけど、冷凍室に入っている食材は明らかにやわらかくなっている。
寒いからわからないけど、冷蔵室も冷えていなかったんだと思う。
真夏だったらと思うとぞっとする。不幸中の幸い。

他人に対しては、不幸中の幸い的なことをうっかり言うと傷つけてしまうこともあるので、眉間にシワを寄せて大変だったわね―などと共感を現すようにしているが、自分に対しては、何かにつけて不幸中の幸いモードを発動させるのがブームだ。

道に迷っても、たくさん歩いて運動になったからよかったとか。
銀行の窓口でさんざんっぱら待たされても、本が読めてよかったとか。
冷蔵庫が異常事態になったけど、腐らないうちにとせっせと中の物を食べて、その結果整理ができてよかったとか。

べつにポジティブシンキングを心がけているわけではない。
そもそも、感情なんてものは他人はもちろんのこと、自分でだって選択できないんだから、「前向きに考えましょう」なんていうのは大きなお世話だし、そう言われたからといっておいそれと実行できるもんじゃない。
実行できているとか言っているひとは、そう思い込んでいたり、自分をごまかしていたりしているんだと思う。

じゃあ、不幸中の幸いモードはどうして発動するのだろうか。
わたしももう歳だから、無理が効かなくてねえ、だから焦らないことにしたんですよ。
というのは嘘ではないけれど、焦らないことにしたというよりも、焦らないでいいように時間の余裕をもつことにしたのだ。
予定を詰め込みすぎないとか、ぎりぎりに出発しないとか。

焦って、走って、セーフで済む話ではない。やはり焦ることは精神衛生上よろしくない。
そういうのがぜんぜん平気なひともいるけど、わたしは根が小心者なので、美容院の予約に1分でも遅れそうになると、ドキドキしてお店まで競歩してしまう。
何度も出張や旅行で使っているのに、山手線に乗るような気持ちで新幹線に乗ることもできない。

だから余裕を持つ。5分前行動なんてもんじゃない。だいたいギリギリから20分くらいプラスする。
新幹線に乗るときは、え、飛行機じゃないよね? っていうくらいの余裕を持って東京駅に着くようにしている。

以前ボランティアで高齢者を対象にした講座っぽいものを開催していたんだけど、わたしたちが準備のために会場に行った時点で、すでに参加者が待ってたから、まあわたしの行動も年寄りくさいと言われればそれまでだし、暇なのねと言われればそれまでなんだけど。

だけど、なんと言われてもいい。わたしは時間的余裕を持つことをこれからも続けていきたい。
余裕があれば、道に迷っても走って汗だくにならずに済むどころか、約束の時間に遅刻もしない。
余裕があれば、銀行で小一時間待たされても、「ちょっとぉ、まだなの?」「申し訳ございません」などといった無駄なやり取りをしなくてすむ。
余裕を持てば、こうして自分に対してはもちろん、相手に対しても平和が保てる。

だいたい電車が遅れてイライラするとか、駅員に詰め寄るなんてことするひとは、余裕がない自分に対してなぜ余裕を持たなかったのかと詰め寄ったほうがいいと思う。
生きていれば何が起こるかわからないんだから。3歩先でぎっくり腰になるかもしれないでしょ。

もう一つ言いたいのは、平和のためには他人に対しても余裕を持たせが方がいいということだ。
ひとを急かしてはいけない。急かす前に、自分の側のスケジュール管理をしっかりしておくべきなのに、自分がクライアントだからって、納期の無茶振りはよろしくないんじゃないのかなと思う。
あるいは、あのひとお昼に行ったきり1時間以上帰ってこないわよなどという昼休み警察もやめたほうがいい。そいつのほうがよっぽど暇なんじゃないかと思う。

わたしも下僕の身なのですべてにおいて余裕を持てるわけじゃないけれど、せめて自分のコントロールが及ぶ範囲においては余裕を持つことで世界平和に貢献したいと思う。

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