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『銀の匙』(中勘助)

私の書斎のいろいろながらくた物などいれた本箱の抽匣(ひきだし)に昔からひとつの小箱がしまつてある。それはコルク質の木で、板の合せめごとに牡丹の花の模様のついた絵紙をはつてあるが、もとは舶来の粉煙草でもはひつてたものらしい。なにもとりたてて美しいのではないけれど、木の色合がくすんで手触りの柔いこと、蓋をするとき ぱん とふつくらした音のすることなどのために今でもお気にいりの物のひとつになつてゐる。
(本文冒頭より)

今日のnoteでは中勘助の『銀の匙』について書こうとしているのだけれど、『銀の匙』とキーを打ちながら頭では違う本のことを考えています。長谷川ちえさんの『ものづきあい』(中川ちえ著/アノニマスタジオ/2007年発行)です。

人生の転機を迎え、東京から千葉の実家へ引っ越しをすることになった著者が淡々と荷造りをしようと思っていたのに「あれ?思っていた荷物が多い・・・?」と気づき、そしてそれらの荷物を迎え入れる実家の方もまだかつての物が残っていて、整理しなければスペースができない。必然的に目の前の「もの」との対話が始まっていく著者のエッセイで、ひとつひとつの思い出深いものたちとの出会いと風景が語られています。ちなみに「ものづきあい」とは辞書にはない言葉だそうで、この本の中で綴られていく"ものとの対話”のことかなぁと、勝手に想像しています。

『銀の匙』は、文庫本のカバーの紹介文に「大人が追想した子どもの世界ではなく、子ども自身の感情世界が、子どもが感じ体験したままに素直に描き出されている」と書かれていますが、それをそのまま『ものづきあい』に当てはめてもしっくりくる気がします。上記で抜粋した「蓋をするとき ぱん とふっくらした音のする小箱」の表現が私は大好きで、銀の匙をしまってあるこの小箱の小さな、小さな音を想像すると、『ものづきあい』で書かれていた「ちまちま」と表現された小さな物たちへのまなざしが自然と浮かんでくるのです。そして本棚にある書籍『ものづきあい』を引っ張り出し、『銀の匙』と行ったり来たり読み、二つのお話は時代も主人公の年齢や性別もいろいろ違うのだけれど、読み進めるうちに「もの」への味わいが、自分の心の内側に広がっていくのです。

普段「もの」にはあまりこだわらない(?)私ですが、こうした心の中の味わい深い世界に覚えがあるような気がして、ちえさんや『銀の匙』の主人公にとっての「もの」が、私にとっては「言葉」なのかもしれないなぁ、と思い当たります。形のないものなのだけれど、私の目には言葉が、そして声が思い出を伴っていて、「 ぱん 」に似たやわらかい音色がしたり、ちまちました表現でかわいらしくそこに存在したりしています。

昨年の夏に組む東京で朗読教室を開催した際、『銀の匙』は昼の回で登場したことがあります。そのときにすでにレッスンされた方で、でも『銀の匙がもう一度読みたい』という方には別の箇所を抜粋してテキストをお渡しすることもできます。(年譜も夏にはなかったですし)あるいは、この機会にアーカイブコースに挑戦!という方も大歓迎です。

タイトルも本当に魅力的な『銀の匙』、改めてこの物語を読むことによって、自分にとっての「もの」との対話を始めてみませんんか?

*オンライン ブンガクコース
11月のテキストは『銀の匙』(中勘助 著)です。
2023年11月スケジュール

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