米子強姦致死事件における「あの人は好かんわ。いやらしいことばかりする」の原供述に迫る

はじめに

 最高裁の判例に誤りというニュースがあったので,以前から気になっていたこのテーマを取り上げます。

 「あの人はすかんわ。いやらしいことばかりする」

 言わずと知れた米子強姦致死事件(最判昭和30年12月9日刑集9巻13号2699頁)で問題とされた供述です。
 この判例は,伝聞法則の重要判例として,法学部生・ロースクール生であればこのパワーワードとともに記憶していると思われます。

 しかしながら,この最高裁の判断を読んでも,どのような供述が問題とされたのかは明らかにはなっていないのです。更にいえば,第1審,控訴審,そして,あまり知られていないのですが最高裁が上記判例で差し戻した後の地裁判決でも,具体的な供述には言及がありません(なお,伝聞法則に関連するおもしろワード判例としてよく引き合いに出される「白鳥はもう殺してもいいやつだな」で知られる白鳥事件(最判昭和38年10月17日刑集17巻10号1795頁)では,判決文中に確かにこの文言が登場しています。)。
 実は,この判例,伝聞法則の重要判例でありながら,問題とされた供述の表記が揺れていて,伝聞証拠の恐ろしさを別の角度で教えてくれる判例なのです。

実例

パターン1「あの人(は)すかんわ,いやらしいことばかりする」

「A〔被害者〕が〔生前に〕『あの人〔被告人〕すかんわ、いやらしいことばかりする』と言っていた」という供述
(サイ太が受験中に使っていた,田口守一刑事訴訟法第四版補訂版 402頁)
被害者である「H子が,『あの人はすかんわ,いやらしいことばかりする』といっていた」旨のYの証言
(渡辺直行伝聞証拠と非伝聞証拠の区別についての検討
あの人〔被告人のこと〕はすかんわ。いやらしいことばかりする。」との生前の被害者 V 供述を内容とする W 証言
(濱田毅非伝聞の許容性と「要証事実」

パターン2「あの人はすかんわ,いやらしいことばかりするだ」

Aの知人Wの証言「Aは私に対し(中略)『あの人はすかんわ,いやらしいことばかりする人だ』と言っていた」旨の供述
(酒巻匡刑事訴訟法初版 537頁)
証人 W の「V は『あの人はすかんわ、いやらしいことばかりする人だ』といっていた」旨の証言
bexaの教材

パターン3「あの人はすかんわ,いやらしいことばかりするだ」

あの人はすかんわ,いやらしいことばかりするんだ」という被害者の
生前の供述を聞いた旨の訴追側証人の証言
(井上和治類似事実による犯人性の立証

という感じで,表記は大きく3つに分類されます(厳密には,漢字表記か否か,"(あの人)は"や"(すかん)わ"の有無等の問題もあります。)。

 というか,いくらなんでも表記揺れすぎでは。「いやらしいことばかりする」と「いやらしいことばかりする人だ」はかなりニュアンスが違うように思われ,本判例に先例的価値のある伝聞か非伝聞かの判断にも影響しそうです。

検討

 著名な判例データベースでは,唯一TKCのみが本件の上告趣意書を掲載しています(念のため,ウエストロー,判例秘書,D-1,裁判所HPをにはありません。)。それによると,2組の弁護人がそれぞれ上告趣意書を出しており,その中にはそれぞれ具体的な供述が含まれていました。
 それぞれ

あの人はすかんわ、いやらしいことばつかりする人だ
あの人はすかんわ、いやらしいことばかりするんだ

でした(なお,主任弁護人が誰だったのかは不明です。)。弁護人間で既に表現が違っているという。
 昭和30年の判例ですので,判決集に登載する際に,報道されている判決と同様,すなわち「人」と「ん」を取り違えた,「は」や「つ」を落としてしまった等の可能性も高いように思われます。
 おそらくこれら2つのうちどちらかを選んだ表現がパターン2と3で,錯誤論よろしく,構成要件が重なり合う部分を採用したのが人口に膾炙していると思われるパターン1ということになるのでしょう。
 いずれにせよ,本当の原供述は誰にも分からない状況です。こんなものを伝聞法則の題材として扱っていいのか・・・。

 なお,この問題を発展的に解消した

 被害者がその生前,被告人が自分に変な言動をするのでいやらしい旨告白したことがあるという第三者の公判廷における供述
(条解刑事訴訟法第4版 845頁)

という表現も見られました。これが学術的には最も正しい態度かも知れません。
 もっとも,これはこれで「すかんわ」部分の要素が抜けている上,「変な言動をする」が「いやらしいこと」に対応すると思われるところ,「のでいやらしい旨」がどこから出てきたのか分からず,要約不相当な気がしますが・・・。



(令和3年10月22日 TKCで調べていただいたので改稿)

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